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30-3 高次元すぎてついていけない

「ボクはココニイルヨ……ダレカ……ダレカキヅイテ……タスケテ……」


 暗闇の中で、彼はずっと叫び続けている。


「ソコニイルボクは、ホントウのボクジャナイ。ボクガホンモノナンダ。ダレカキヅイテヨ。ダレカタスケテヨ。ココカラボクをトキハナッテ」


 彼は諦めることなく懸命に叫び続ける。訴え続ける。足掻き続けた。


 心が折れないことが、彼がいる無明の闇の檻の苦痛をさらに増大させる。

 しかしあるいは――彼は本能的に悟っていたのかもしれない。無為と思えるこの呼びかけが、いつか誰かに届くと――


***


「昔のメッサラーは、素直で優しい好青年だったよ。しかし不死の術を求めて、禁忌に手を染めて、その人格まで変貌してしまったようだ」

「禁忌……人体実験とかかな」


 ミヤの言葉を聞いて、真っ先にそれを思い浮かべるノア。


「自分の体で人体実験したのは確かね。あの子は……高次元生命体の力を取り込もうとしたのよ。取引したと言ってもいいかしら」

「高次元生命体って、あれか……」


 オトメの言葉を聞いて、ユーリはフェイスオンと戦った際に、彼が呼び出した者達を思い出した。


「儂等の世界とは一線を画する、高次元領域というものがあって、儂等とは精神性も生物の法則性も、何もかも違う生命が存在するのさ。儂等の常識が一切通じない連中だよ」


 改めて解説するミヤ。


「人間性まで変わってしまうって……人格がまるっきり別人になるってことですか……」


 ユーリが沈鬱な表情になる。すさまじくおぞましいことのように思えた。そしてメッサラーが可哀想と感じられた。


「奴は不死であっても不老ではない。それどころか不死を得て、一気に老化が進んで、老人になってしまった。魔術師ならともかく、人間の魔法使いとあれば、二百歳程度で老人にはならん」


 ミヤが言う。


「皮肉なものね。あの子が求めていたのは不死ではなく、不老だったのに。そしてそれは、自分の欲のためでもなかったのよ」


 悲しげな声音で語るオトメ。


「それで、メッサラーはどう危険なの?」


 ノアが問うた。


「奴は――いや、奴等は、高次元生命体を利用しようとして失敗したにも関わらず、懲りずにそれらを利用し続けようと考えた。で、今度は他人を使って人体実験を始めたってわけさ」


 ミヤがげんなりした顔で答えた。似たような事例は過去幾つも見てきたことがあるし、対処もしてきた。欲に憑かれた者の行き着くパターンだと思っている。


「メッサラーの不死の力の源はわからない。しかしこの次元の狭間のどこかにあることは間違いない。奴の体に送られてくる生命エネルギーを辿って、そこまではわかった。正確な位置まではわからないけど、まあ大体の察しはつくね」


 再度念入りに解析と探知を行えば、それが判明するであろうとミヤは見ている。


「残念ながら、私にはもう戦う力も、封じる力も無いの。今、こうして命を維持しているだけで精一杯でね」


 オトメが申し訳なさそうに言った。


 ミヤがやにわに立ち上がる。


「今、メープルTから念話が入ったよ。騒動が起こったとさ。行くよ。オトメさん、行ってきますね」


 弟子達に告げ、オトメに一礼してから、ミヤは部屋を出た。


「行ってらっしゃいである」

「サユリ、貴女も行くのよ」


 手を振るサユリに、柔らかな声で促すオトメ。


「えー? 嫌でしてー。師匠にずっと抱っこしてるのだーっ」

「サユリは頭の中って三歳くらいなのかな。人前で恥ずかしくないのかな」


 駄々をこねるサユリを見て、ノアが呟いた。


***


 ミヤ、ユーリ、ノア、サユリが現場に着くと、そこには何人もの術師でひしめいていた。


 橋と橋の間に設けられた修行用のスペースの中で、複数の術が飛び交っている。激しい戦闘が繰り広げられている。戦闘している術師よりは、見物の術師が多い。


「大体が術師だね。呪文を唱えたり、印を結んだりして、魔力を形に変える。念じただけで超常現象を引き起こす魔法使いって、あまりいない?」


 戦闘の様子を見て、ノアが疑問を口にした。


「うむ。他の世界を見ても、儂等は稀有な存在だよ。儂等の世界だけというわけではないけどね。それよりあの糸くず人間を見な」


 ミヤが前足を揚げ、術師達と戦っている異形を指した。

 カラフルな糸が大量に絡みあった人型が、糸を全方位に放射し、糸の一本一本が石を持った触手のように動いている。攻撃の術は糸くず人間に一切当たることがなく、糸に当たった瞬間に消えている。


「糸が片っ端から、術の効果を霧散しているのだ」

「でも全部ではないですね。届いている攻撃もある」


 サユリとユーリが言った。確かにユーリの言う通り、糸の防御をすり抜けた攻撃が、糸くず人間の本体にも届いているが、あっという間に糸が復元している。


「魔力や妖力や信仰の奇跡が、そのまま攻撃の形になっているものは無力化されているね。一方で、それらの力が別の現象に完全に変換したものは、消されてはいない。ようするにあれは、術の源となる様々な力そのものを無力化する力があるようだよ」


 ミヤが解析結果を述べる。


「つまり、魔法で炎とか水とか作って攻撃した方がいいってことだ」


 ノアが言った。


「炎が魔力帯びたままとかだと駄目なのである。完全に自然の炎に変えまして」


 サユリが補足する。


「ただし、それも力の程度によるだろうさ。奴の力で処理しきれない量の魔力をぶつければいいんだよ」


 ミヤが言った直後、糸くず人間が潰れてぺちゃんこになった。広間に巨大な肉球マークがつく。


「こんな風にね。ふんっ」


 念動力猫バンチで問答無用で糸くず人間を潰したミヤが、ドヤ顔で鼻を鳴らす。


 しかし糸くず人間は再び動き出した。ゆっくりと身を起こす。


「おや、思ったよりしぶといじゃないか」


 面白そうな声をあげるミヤ。


「師匠、仕留め損ねたくせに、仕留めたかのようにドヤ顔してて恥ずかしい。これはマイナス2」

「ノアちん、ナイスマイナスでして」

「師匠の儂にマイナスするなと何度言わせるんだい。ポイントマイナス1っ」


 ノアが指摘し、サユリが親指を立て、ミヤは不機嫌になる。


「あの糸くずはそもそも何なのだ?」

「高次元生物と融合しているんだろう。メッサラーに実験台にされた人間の成れの果てさ」


 サユリの疑問に答えるミヤ。


「あれが高次元なのか。低次元な存在に見える。まあいいや、俺も攻撃してみよう」


 ノアが魔法を発動させる。水の嵐が渦巻き、糸くず人間を襲う。

 糸くず人間は大きくよろめいたが、ダメージを受けた気配はあまりない。


「糸が水吸えば動きが鈍くなると思ったけど、水分吸ってないや」

「まあ発想は悪くないよ」


 ノアが残念そうに言うと、ミヤがフォローした。


「魔力を霧散させるだけではなく、防御もある程度しているみたいだね。これはどうかな?」


 今度はユーリが攻撃する。魔力そのもので攻撃することを得手としているユーリだが、物質や化学現象に完全変換ができないわけではない。


 凄まじい勢いで旋風が巻き起こり、糸くず人間の体が風に巻き取られる。


「効いているであるか?」


 旋風の中で回転する糸くず人間を見て、サユリが言う。


「消耗はさせているようだが、決定打ではないね」


 ミヤが言う。


 旋風が収まる。糸くず人間はばらばらにほつれ、それまで以上に絡まって、人型ではない、本当にただの糸くずの塊になって転がっていいたが、すぐに糸が人型へと戻り、立ち上がる。


「サユリは何もしないの?」

「失敬でして。サユリさんは来たくもないのに無理矢理連れてこられた身なのだ。何もしなくても非難される謂れは無いのである」


 ノアがサユリを見て声をかけると、サユリはむっとした顔で言ってのけた。


「みそメテオ!」


 叫びと共に、無数の茶色の塊が空中から糸くず人間に降り注ぐ。


「こ、これは……みそ妖術っ」


 サユリが呻く。サユリの仕業ではない。そして今の声には聞き覚えがあった。


 みそ玉流星群を次々と糸くず人間に直撃する。糸くず人間がよろけ、倒れ、やがてみそ塗れになって、みその中へと埋まって動かなくなった。


「終わり?」


 ノアがミヤの方を向いて伺う。


「うむ。仕留めたようだね。まあ……その前にも術師複数によって散々攻撃を受けて、消耗していたから……」


 ミヤが釈然としない顔で言った。


「ふんっ! みそがあれば何でも出来る! これがみその偉大さだ! 諸君らも朝は味噌汁をすすれ! そうすればもっと強くなる!」


 東洋術師風の男が現れ、居丈高に叫ぶ。

 ミヤ達はその男を知っていた。人喰い絵本の中で会ったことがある。祈祷師と呼ばれる男だ。


「おお、お主等、ここにいたのか。久しぶりじゃのー」


 祈祷師もミヤ達の姿を見つけて、声をかけてきた。


「祈祷師さん。そういえばイレギュラーだったっけ」


 ユーリが祈祷師を見て言う。


「我が弟子よ、其方もいたか。息災で何よりっ」

「弟子になった覚えは無いのでしてっ」


 サユリを見て喜ぶ祈祷師に、サユリは憮然とした顔で否定した。


「ふー……終わった……」

「おつかれさままままー」

「何だったの? 今のは……」

「早く負傷者の手当てを」


 集まって戦っていた術師達が、ほっとした顔で解散していく。


「皆さんお疲れ様でしたー」


 メープルTが複数の術師を連れて現れ、労った。


「遅い登場だね、メープルT。管理事務所に務める術師の犠牲は出さないよう、わざと遅刻したのかい?」

「じょ、冗談じゃないですよっ。最初に交戦して不肖した怪我人の治療や、解析や、遠隔からの防御とか、色々していたんですよっ」


 意地悪い声で言うミヤに、メープルTは顔色を変えた。


「冗談だよ。そっちも御苦労だったね」

「ひどい冗談です。こっちも頑張っていたのに。それと、ミヤ様にこの事態の調査依頼をしたく存じますが」

「ついでに解決も依頼しておきな。そうしておけば、ここで儂等がメッサラー達と交戦できる大義名分にも繋がるだろう」


 急に腰を低くしてお願いしてきたメープルTに、ミヤが告げた。


「メッサラーは何を考えているんでしょうね? 隠れていればいいのに、わざわざ目立つことをして」


 ユーリが疑問を口にする。


「誘き寄せているつもりなのか、あるいはただの事故か。いずれにせよ、奴等が潜んでいる場所には行かないとね」

「師匠は敵が潜んでいる場所、わかっているの?」


 ノアがミヤに尋ねる。メッサラー達の潜伏場所も、わかっているかのような口振りだった。


「この修験場ログスギーの中でも、禁忌の領域――深淵と呼ばれる場所さ。そこは高次元領域と繋がっていて、高次元生命体がうようよいるんだよ」

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