29-4 手にしがたい価値のあるものを手に入れていた
ランドとアウリューは巧みに騎馬を操り、モーニンが率いる騎士達と戦っていた。
(こいつら腕前はからっきしだ。剣の腕も馬の扱いもまるで大したことない。そいつに救われてはいるが……)
問題は敵の数だった。ランドも相当な腕前の剣士であるが、十数人相手は流石に辛い。しかも先程とは違い、敵にも腕の経つ者が何人かいるうえに、数にものを言わせたコンビネーションを用いて、間断なく攻撃を仕掛けてくる。
たちまち劣勢になった二人は、ほぼ逃げの一手になった。そうせざるをえなかった。まともに戦っていたらもたない。
(飛び道具を持っていないのが救いか。文化の違いかねえ。ア・ハイの騎士団なら部隊にクロスボウ使う奴は絶対入れるが)
平野を全速力で馬を走らせながら、ランドは後方をチェックし続ける。アウリューはランドの前を走っている。
(賭けになるが、少し数を減らす)
ランドは馬の速度を落とした。当然、先頭を走っていた騎士に追いつかれる形になるが、その先頭の騎士に向かって剣を振るう。
「ぎょふっ!」
顔を斬られた騎士が悲鳴をあげて落馬する。
さらにもう一人の騎士の喉に剣を突き刺すと、ランドはその騎士が乗っていた馬をも斬りつけ、馬が転倒するよう仕向けた。
転倒した馬に妨害され、後続の騎士達の馬が速度を落とす。その隙をついて、ランドはまた距離を取る。
「父上っ、この先はどうするのっ!? ずっと逃げ続けても埒が明かないよ!?」
「わかってるよっ!」
叫ぶアウリューに、ランドが叫び返す。
「もう一度今のやって! 今度は私もフォロー入る!」
「了解!」
アウリューの要請に即応じて、ランドは再び馬の速度を落とす。
騎士達は左右に散開し、速度を落とす。ランドの誘いに乗らなかった。
馬の速度を落としたアウリューが、ランドの横につく。
「流石に同じ手は食わねーぞ。走れっ」
「うんっ」
ランドに命じられ、アウリューが速度をあげたその時だった。
騎士の一人がクロスボウを射出し、アウリューの馬の臀部に当てた。
(持っていやがったのか……。ここぞという時に取っておいたのかよ。いや、射程範囲が短い、性能のあまりよろしくない原始的なクロスボウみてーだな)
騎士の持つクロスボウを見て、ランドが思う。
馬が大きくパランスを崩した所に、他の騎士達もクロスボウを射出する。どれもアウリューの馬を狙い撃っている。
馬が転倒し、アウリューが地面に投げ出される。
「アウリュー!」
ランドが思わず叫び、馬を反転させ、アウリューを救いに行く。この行動は敵の思うつぼであるということはわかっている。しかしそうせざるをえない。
(二人まとめて殺される未来しかねえ……)
わかってはいるが、見捨てられない。
ランドが倒れたアウリューに手を伸ばす。だがそれより早く、騎士の槍がアウリューに迫る。
蒼白な顔になるランドの前で、騎士の槍が弾かれるようにして宙を舞った。
「ぷぴょお!」
寄声をあげて、槍を突き出した騎士も、全身から血を噴き出して弾け飛んでいた。
「な、何だ!? ぷばはっ!」
すぐ後ろの騎士が戸惑いの声をあげた瞬間、地面から血の触手が生えて、馬を避けて騎士だけを貫いた。
「ぎゃああああっ」
血の触手によって体内をシェイクされた騎士が、凄まじい断末魔の絶叫をあげ、全身から大量の血を噴射させて果てた。
その壮絶な死にっぷりを見て、他の騎士達は慄き、馬を止めて硬直する。
「あらあらーん。危機一髪だったわね~ん。アウリューちゃん」
聞き覚えのある声で頭上よりかかった。
ランドとブラッシーが見上げると、空に銀髪の美青年が浮いていた。
「ブラッシー様っ!」
アウリューが泣きそうな顔になって声をあげる。
「誰かのピンチにタイミングよく間に合うのって、物語のお約束ではあるけど、何かとってもいいわよね~」
ブラッシーが言った直後、いつの間にか開いていた空間の扉から勢いよく褐色の肌の少女が飛び出してきた。スィーニーだ。
鎌剣から伸びた青い光が、騎士の一人の胴体を切断した。
「スィーニー、お前も来たのかよ」
「ランドさんが吸い込まれたって聞いて、ブラッシーさんについてきたよ」
ランドが声をかけると、スィーニーが不敵に笑う。
「お、ランドさんがいるぞっ」
「何か危機一髪だった所に間に合った感じか?」
「あいつら敵だろ。ここ入ってきた時見た、絵本にいた奴と同じ奴がいるぞ」
「よーし、野郎共、やっちまえーっ」
『応!』
スィーニーがくぐってきた門から、旧鉱山区下層部の住人が大量に現れる。そして騎士達に向かって怒涛の勢いで襲いかかった。
「これだけの人数通す空間の門作るのって、超疲れるのよね~。私は疲れたから、あとはお任せ~」
ブラッシーが手をひらひらと振る。
突然現れた大人数を目にして、騎士達も及び腰ではあったが、反撃する。旧鉱山区下層部の住人に剣が振るわれる。
しかし騎士の剣は途中で弾かれた。旧鉱山区下層部の住人達は、魔力の防護膜で護られていた。
「ふん、世話を焼かせおって。まあ、たまにはこんなお祭り騒ぎもよかろう」
空間の門から現れたミヤが、鼻を鳴らした。旧鉱山区下層部の住人全員に、魔力の防護膜をかけたのだ。
「モブに花を持たせる師匠。プラス1あげる」
「師匠にポイント付けするなというておろうが。マイナス0.6」
遅れて現れたノアが言うと、ミヤは不機嫌そうな声で注意した。ユーリもいる。
「それだけでマイナスはひどいよ師匠。でも小数点とかレアな点数マイナスだからいいか」
「いいの?」
ノアが不満を口にし、ユーリは微笑んでいた。
気がつくとモーニン含めて、騎士達は全滅していた。
「お前等……ここに入ってきちまったのかよ」
ランドが呆れ顏で、旧鉱山区下層部の住人達に声をかける。
「応、ランドさんのピンチと聞いて、皆いてもたってもいられなくてよ」
「黒騎士達は俺達を通してくれなかったけど、ブラッシーさんのおかげで入れたわ」
「よかったなー、ランドさん達が無事でよ」
「ブラッシーさんとミヤ様がランドさん達の居場所も探してくれたぜ」
旧鉱山区下層部の住人達が笑顔で言う。
「探すのに苦労したわーん。皆私に感謝しなさーい。」
地上に降りてきたブラッシーが言った。
「お前等、ここは危ねえ場所だってわかってんだろうに。全くよ……。そっちに犠牲者は出てねーか?」
ランドが頭をかきながら伺う。
「危ねえからなんて理由で放っておけるわけねーから、皆ここに入ってきたんだぜ」
「そうだそうだ」
「犠牲者はゼロだ。ま、ミヤ様の魔法のおかげだけどさ」
旧鉱山区下層部の住人達に言われ、ランドはミヤ達を見て、申し訳なさそうに会釈する。
「今後人喰い絵本の攻略は、こうやって数で押し切る形にしたらどうだろう」
「馬鹿なこと言ってるんじゃないよ。今回は犠牲者が無くて済んだが、下手すりゃ死体の山になってる所さね」
ノアの提案をあっさりはねのけるミヤ。
「父上……私、今ね、父上のこと素直に凄いって思える。尊敬できる」
アウリューが目を輝かせながら言った。
「おいおい、いきなりどうした……」
「だってさ、普通に騎士として出世しただけなら、手に入れる事ができないものを、父上は手に入れていたんだもの。こんなに素晴らしいものをさ」
戸惑うランドに、アウリューは旧鉱山区下層部の住人達を見渡して、臆面も無く告げた。
「ははは、ランドの旦那、娘さんに褒められて照れてやんの」
「いい話のネタが出来たわー」
「当分こいつでからかえるなー」
旧鉱山区下層部の住人達が笑う。ランドは渋い表情だ。
「これからどうするん?」
スィーニーが騎士達の亡骸を見て、誰とはなしに問う。
「騎士モーニンが死んだから、これでハッピーエンド――で終わりでもないみたいだね。脱出の気配がない」
と、ユーリ。
「ああ、実はな……かくかくしかじか」
ランドがこれまでの経緯を語った。
「なるほど。ャザイン族を国外に送ろうとしていたのかい」
「いい手ですね」
ミヤが納得し、ユーリが感心する。
それから皆で、ャザイン族の前に移動する。
「族長、無事でよかったですが、その方達は?」
「知り合いだよ。味方だ。気にするな。移動を再開するぞ」
尋ねるャザイン族に、あっさりと答えるランド。
「命の輪を作る装置って、あれかな? かなり大きいね」
「馬数頭で運んできたみたいだね」
馬に繋がれた謎の装置を見て、ノアとユーリが言った。
「あれ、持って帰れないかなあ」
「お前、あれが何だかわかってて言ってるのかい?」
ノアの台詞を聞いて、ミヤが険のある表情になる。
「もちろんわかってるよ」
「人の命を加工する装置を持っていって、どうするつもりなんだい?」
「わかったよ……。今のは無しで」
ミヤの声に怒気が孕んだので、ノアは渋々言った。
(勿体無いなー……。持って帰れたら、絶対有意義なものなのに)
未練がましく謎の装置を見るノアだった。
***
ャザイン族の族長ヒラアーは、モーニンに言わるがままに、娘のペコペを加工して命の輪にしました。
モーニン達はそれを見て大笑いすると、娘のペコペで加工した命の輪を、ヒラアー族長につけます。
「お似合いだ。よかったなあ」
「あ、ありがとうございます……」
モーニンが笑うと、ヒラアーは泣きながら御礼を述べました。
***
ャザイン族と共に移動し、彼等と共に国外まで出た所で、全員絵本の外へと出る事が出来た。その際に、絵本の本来の結末を見る。
「酷い結末だ」
「族長も……ていうか、あの一族も大概じゃんよ」
ランドとスィーニーが言う。
「あなた……アウリュー……よく生きて帰ってきてくださいました」
ランドとアウリューの姿を見て、メルルが泣き崩れる。
「ここにいる皆さんのおかげで助かったのよ。お母さんも御礼を言っておいて」
「皆さん、ありがとうございます。本当にありがとう……」
アウリューに促され、メルルは旧鉱山区下層部の住人達に向かって泣きながら深く頭を垂れた。
「こいつも結構勇ましい所見せたんだぜ。正に騎士の娘って感じでよ。将来は俺よりずっといい騎士になるさ」
ランドがアウリューを指して褒める。
「父上……こんなに大勢のいる中で、親馬鹿晒さないでほしいんだけど……」
「いやいや、大勢の前だから親馬鹿してみたんだよ。お前の名も知れて、今後の役に立つと計算したんだよ」
抗議するアウリューに、ランドはからかうような口振りで言った
***
誰もいない広間。誰もいないタイミングで覚醒した幸運に、彼は感謝する。
「ふう……大魔法使いミヤ、老いたものよ」
しゃがれた声で嘲る、一人の老人。
「封を強めるその力量は……魔力の強さは未だ健在。しかし……だ。前と同じ魔法を使うとは、舐めておるのか? 力ずくで解かずとも、魔法の封式パターンは覚えている。解くのは容易い。いや、解けないはずがない。いやいや、私がそれを覚えてないとでも思ったのか……?」
喋りながら老人は振り返り、壊れた柱時計を見やる。
柱時計が修復されて元に戻る。彫像も元に戻ったかのように見せかける。
自分と同じ顔の彫像を見て、老人は眉をひそめた。
「サユリに会いに行くかな……? いや、別にいいか」
家のドアを開き、老人は呟く。
「目指すべき場所は一つ」




