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4-1 格差ヤバい国のガイドしまっせ

 ユーリの母親は、ユーリが五歳の頃に他界している。


 ユーリはその時のことを少しだけ覚えている。ユーリと共に人喰い絵本の中へ引きずり込まれ、母親は死に、ユーリは助かった。助けられた。

 そして救助したミヤが、ユーリを引き取ると言いだした。


 ミヤの家に連れてこられたユーリは、ただ呆然としていた。ユーリのためのベッドが運び込まれ、服の替えなどが用意されていた光景は、ぼんやりと覚えている。


 ベッドの中でシーツを頭から被り、ユーリはずっと目を見開いていた。

 時間が止まっているような感覚。感情が麻痺しているかのように、思考が死滅している。しかし時間は流れている。


 眠れないまま時が過ぎ、ふと思う。


(母さんは死んだんだ)


 その事実を再認識した事で、突然感情が決壊した。涙が溢れる。


「う……うううう……」


 枕に顔をうずめて、ユーリはすすり泣く。


 一人で泣いていたユーリのベッドの中に、ミヤが入ってきた


「買ったばかりのベッドを涙でびちょびちょにする気かい」


 優しい声が耳元で響く。


「ほれ、今夜は儂が抱っこしてやる」


 そう言ってミヤがユーリの胸に身を寄せる。


 ユーリはミヤを抱き、ふと思った。


「こっちが抱っこしてるんだよ。これ」

「ふふん、生意気言いおって」

「生意気なのかな?」


 ユーリは微笑んだ。そして自分が笑っている事実を意識し、それがおかしく感じられた。


「可哀想にの。辛かろうな。今日からは儂がお前の家族だよ。お前のお母さんが心配せぬよう、儂がしっかり育ててやるよ」


 ミヤが優しい声で、同時に力強く語りかける。


「強くなるんだよ。そして……人の気持ちを思いやれる、優しい子になりな」


 ミヤの言葉を受け、ユーリの孤独感が少しだけ和らぐ。安心感が湧いてきてしまう。この猫は確かに自分を守ってくれようとしている。それがはっきりとわかった。


「そして賢い子にならなくちゃ駄目だ。儂のような立派な魔法使いになるんじゃ。お前にはその才があるんだよ」


 ミヤがなおも語りかける。


「そして感受性の豊かな子になりな。あと、食わず嫌いは許さんからな。目上の者と話す時は敬語を使えよ。それと、儂の毛並みの手入れは毎日するんじゃぞ。部屋の掃除はお前の役目だからね。古時計の掃除は気を付けるんだよ。それと……」

(もう寝たいんだけどな……)


 ここでユーリはふと思った。自分は厄介な猫に拾われてしまったのではないかと。


***


 ミヤとユーリが住む家は、首都ソッスカーの山頂平野にある。市街地とも繁華街とも離れた場所で、平野の中にぽつんと建つ一軒家だ。


 その日、南方人の行商人スィーニーが、ミヤの家を訪れた。


「ユーリ、暇? ちょっと頼みがあるんだ。あ、にゃんこ師匠、おはよー」


 スィーニーが広間の奥の祭壇で祈るミヤに向かって手を振ると、ミヤは尻尾を軽く振って反応した。


「頼みって?」


 玄関に出たユーリが尋ねる。


「あのさ、あたしここに来てもう四ヶ月になるんだけどさ、このア・ハイ群島の歴史とか社会情勢とか、首都ソッスカーの事とか、わりと知らないことが多いんだよねえ。だから暇な時でいいから、色々ガイドしてほしいんだけど。もちろん金は出すよ」


 これは半分以上嘘だった。ほとんど知っている。しかし知らないこともあるので、何も知らないということにして、知らないことをユーリから聞き出そうと考えた。

 そしてスィーニーの目的はそれだけではない。ユーリにガイドをして貰うという口実で接近し、より親しくなるという目論見もある。むしろそちらの方が強い。


「師匠、行ってきてもいいですか?」


 祭壇で祈っているミヤの方に振り返り、伺うユーリ。


「好きにしな。あんたもそろそろ、浮かれ話の一つや二つあってもいい年頃さね」

「いや……そういうんじゃないと思いますけど……」

「ごめん、そういうつもりではないかな……」


 ぶっきらぼうな口調で告げたミヤの言葉を聞いて、ユーリとスィーニーは揃って困り顔になる。


 ユーリは急いで身支度を整える。


「じゃあ首都ソッスカーの見所を一通りガイドでいいかな」

「よろしくん」


 ユーリが伺うと、スィーニーは並びのいい白い歯を見せて、らかっと笑う。


「今更だけど、山頂部に住んでるってことは、ユーリ達もお金持ちなのよね?」


 首都ソッスカーは一つの大きな山に造られた都市だ。山の上はなだらかな平野になっている。ア・ハイではこのような平野は珍しい。この平野に、複数の居住区や繁華街が存在する。山頂の居自由区には、貴族、豪商、高給職人、魔術師といった上級国民が主に住んでいる。ミヤとユーリも山頂平野に住んでいた。そのためスィーニーは、ミヤの家が金持ちだし見なした。


「まあ……魔法使いだから。階級的には貴族より上だよ」


 頭をかきながら、気まずそうな顔になるユーリ。ア・ハイ群島の階級社会を、ユーリはあまり好ましく思っていない。しかし階級的には最上位に位置する立場にいるので、複雑な気分だ。


 山頂平野を歩き、居住区に近付いた所で、大勢の人間が向かい合い、がなりあっているという光景が目に飛び込んできた。

 居住区を背にしている者達は身なりがいい。貴族だと一目でわかる。その貴族達と向かい合って凄い剣幕で怒り狂っている者達は、明らかに平民だった。


「あれは? はい、ガイドさん解説っ」

「うーん……いきなりあんなののガイドしなくちゃならないとは……」


 スィーニーが面白がって二つの集団の対立を指すと、ユーリは渋い表情になる。


「あれは貴族の政策に反対している庶民のデモだよ。それに貴族が向かい合って、色々反論して、言い合いになってるみたいだね」

「なるほどねえ」


 ユーリの説明を受け、納得するスィーニー。


「つかさ、ア・ハイ群島って格差やべーよな。収入低い人の住む山の下の方に行っても、商売にならねーんよ。買ってくれねーんよ」


 だからこそスィーニーは山頂平野にいる事が多い――という事にしている。


「王制が廃されるまでは、ここまで酷くはなかったらしいよ。一揆とかも度々起きてるんだ」

「聞いたよ。貴族の議会制なんだってねー。そんで貴族が搾取しまくりでやりたい放題らしいじゃん。つか、私も何度か見たよ。貴族が平民相手に威張り散らしている場面とか、言い合いしている場面とか」


 もっと酷い場面も見て、非常に不快な気分になったスィーニーだが、それは口にしないでおくことにした。


「貴族には選民派と正道派の二大派閥があってね。選民派は貴族こそ選ばれた民だとして、優生思想と選民思想を振りかざし、貴族の特権階級化を推進しているんだ。汚職も凄いし、一般人相手に犯罪を働いてもみ消したこともあるね。どう考えても、貴族の腐敗の原因だと思う。正道派は民を護り、ノブレス・オブリージュを果たすことが、貴族の務めと考えている人達だよ。騎士団も皆正道派だね」

「どっちの派閥が強いん?」

「今は正道派が若干強いけど、貴族全体の2~3割の選民派の政策が、何故か通っちゃっている状態だね。それを改正して是正しようとしているけど、無派閥層をどれだけ取り込めるかの、微妙なバランスみたい」

「何をどう聞いても選民派が悪っぽい」

「実際悪以外の何者でもないからね」


 きっぱりと断言するユーリの表情が、少し強張っていた。きっとユーリも嫌なものをいっぱい見ているのだろうと、スィーニーは察する。


「でも凄いよね。そんな貴族達より、魔術師や魔法使いの方が立場は上だなんて」

「ア・ハイ群島は魔術文明が盛んだからさ。エニャルギーの供給だって、魔術あってこそだし。ただし、制約もあるんだ。貴族より立場が上でも、政治には参加できないし、数人以上の魔術師同士で組織化もしてはいけない。昔は魔術師ギルドや魔術学院があったらしいけど」

「政治は貴族のものってかー。でも魔術師で組織化禁止って? 魔術師に力をもたせないためなん?」

「うん。それと、魔術師達が王政寄りで、王室支持派だったからだって、師匠が言ってた」


 貴族達は再び王政が復活して、自分達の権限が無くなる事を恐れているともミヤは言っていたが、ユーリはスィーニーの前でそこまでは語らなかった。


***


 その後、ユーリとスィーニーは旧鉱山区に入った。

 首都ソッスカーは山一つがまるごと首都という扱いだが、山の上や中腹の表層ではない。山の内部までもが街になっている。鉱物を取りつくした大空洞に、庶民達が居住区を築いたのだ。


「うわ、初めて入ったけど、中も明るいんだ」


 鉱山内に入ると、魔法街灯がそこら中に灯っていて、外と大して変わらない明るさに驚くスィーニー。


「やっぱりア・ハイ群島ってエニャルギーが豊富なのね」

「旅人や行商人は皆言うね。魔術師が他国に比べて多いみたい」


 心なしか誇らしげな口振りのユーリ。


(ア・ドウモもエニャルギー豊富ではあるんだけど……)


 口には出さずにこっそり付け加えるスィーニー。


「おー、すげえ活気じゃーん」


 繁華街の人ごみを見て、スィーニーが目を輝かす。


「ここはもう鉱石取りつくして、他国の観光客目当ての繁華街になっちゃったけど、ア・ハイ全体を見ると、まだ鉱山資源が豊富なんだ。でも農業と畜産業はいまいちで、輸入に頼りがちだけど」

「流石にそれは知ってるわー。全体的に標高が高いし、でこぼこが激しく、崖だらけで平野部があまり無いから、農業は段々畑ばかりだねー。首都ソッスカーに来る前に見てきたんよ」


 雑踏の中を歩きながら、スィーニーはきょろきょろと周囲を見回す。


「雰囲気もいいなあ。こういう雑然とした場所、私、好きなんだよねー。旧鉱山区、もっと早くに知って入っておけばよかったー」

「商売もこっちの方が出来ない?」

「さっきも言った通り無理なんよ……。私の取り扱う品、世界各地の名産品や珍品で、わりと値張るんよ。ア・ハイの庶民はあんまり買ってくれなくてさー」

「そっかー、残念だね」

「ユーリもいいお得意さんだしね」


 スィーニーがにやりと笑う。


「そいやユーリは、にゃんこ師匠から結構お小遣いいっぱい貰ってるの?」

「いっぱいってことは……。あまり言いにくいけど、魔法使いとしての仕事を一緒にするようになってから、わりと貰ってる。命懸けの仕事なんだから、相応の報酬だって言われてさ」

「なーるほどー。にゃんこ師匠、筋通ってんねー」


 スィーニーが話している合間に、屋台を見つけて目を輝かせる。


「少し早いけど昼飯にしない? 私、あれ好きなんだよねー」


 スィーニーが指した屋台は、麺類を出している店だった。ア・ハイ群島名物の麺類で、観光客からは人気があるものだ。


「わかった」


 そんなわけで二人は屋台について、食事にする。


「ふぬー、めっちゃ美味ーい」


 麺をすすり、スィーニーは上機嫌になった。


「山の中は繁華街オンリーなん?」

「旧鉱山区は居住区もあるよ。ここは中層だけど、下層はもっとごちゃごちゃしてる。下層の方が貧しい人達が多いね」

「チャバックも下層に住んでるって言ってたわね。運搬の仕事で、山頂にもよく足を運ぶって」


 スィーニーもユーリも、チャバックと会うのは山頂の市街地でだ。ユーリは人喰い絵本が現れでもしない限り、旧鉱山区下層に足を運ぶことは無い。


 昼食を終えた後、旧鉱山区から外に出た二人は、道沿いに山を下りていく。


 中腹の道で、ペガサスに乗った白騎士団が飛んでいく様を見て、スィーニーが足を止めた。


「あの白騎士隊っての? たまに見るけど、いつも天馬に乗ってて、降りてる所は見ないね」

「白騎士団は地方への遠征が多いんだよ。だから機動力あるペガサスに乗ってるんだ。黒騎士団は都市部の守護を担当している。で、黒騎士は主に犯罪者の取り締まりや、人喰い絵本の対処に携わるけど、白騎士は魔物退治が主な任務なんだ。地方は人喰い絵本はあまり出ないし、魔物の脅威に晒される可能性の方が高いからね」

「なるほどー。黒騎士団は重装だけど、白騎士多選は軽装なんね」


 ユーリの説明に、スィーニーは納得した。


 しばらく歩き、中腹表層にある居住区へと二人はやってくる。


 立ち並ぶ家屋を見て、スィーニーは眉根を寄せる。スラムとまでは言わないが、その一歩手前だ。家屋は全て木造で小さい。汚くはないが、安い家であることは一目瞭然だ。


「この辺は家が凄く簡素だね。理由あるの? 貧困格差のせい?」

「山の中腹は土地が一番安いんだ。旧鉱山区の中の方がまだましだね。台風の後の崖崩れとかもあるからさ……」

「なるほど……。あ、あっちの家はわりと立派」

「あれは農家だよ。農家はましな方だね。農家は仕事の関係上、中腹に住むんだ。段々畑が中腹にあるから」


 ア・ハイ群島の農民はわりと地位が高く、資産を有している。第一次産業の人手不足の問題で、厚遇される政策になった。しかしユーリとしてはこれまた、あまり説明したくない事だった。色々と闇も深く、よくない話が多いからだ。


「ふーん。ところで、女の子と一緒にあちこち歩くのは、これが初めて?」

「えっ、ええっ?」


 スィーニーが悪戯っぽく笑って問うと、ユーリはあからさまに動揺する。


「デート初めて? でもない? モテそうな顔してるしー」

「デートじゃないでしょ、ガイドでしょっ」

「うおー、顔真っ赤になって否定してる~。つまり初めてってわけだ」


 ユーリの反応を見て楽しげに笑うスィーニー。


 それからまたしばらく歩いた所で、ユーリが突然顔色を変えて立ち止まった。


「大変だ……」

「どうしたの?」


 ユーリの様子がおかしいことを訝るスィーニー。


「旧鉱山区下層の病院にいる魔術師から念話が入った」


 青ざめた顔でユーリは報告した。


「チャバックが病院に運ばれて……命の危険だって」

「ええっ!?」


 驚くスィーニーの手を、ユーリが掴んだ。


「な、何?」

「急ぐ。飛ぶよ」

「飛ぶ?」

「魔法で飛ぶ」


 ユーリが言うと同時に、二人の体が宙に浮き上がったかと思うと、高速で飛翔した。山の下腹部へと、斜め下の向きで飛んでいく。


(どうかチャバックが無事でありますように……。神様、意地悪せず、チャバックを無事でいさせてください)


 飛びながら、ユーリは祈りを捧げていた。

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