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24-26 格好悪くない死に方をしよう

「精霊さん、町をこんな風に破壊するのは君の本意じゃないだろう? 君の過去を僕は知っているよ?」


 空中に浮かぶアリシア――精霊さんに向かって、ユーリが静かな口調で語りかける。精霊さんがユーリに視線を向け、目を細める。


「君がかつて町に災いをもたらして、でもその結果お婆さんを歩けなくして、それで君は心を痛め、町に災いをもたらすのをやめた。それなのにまた君は町を破壊している」

「そうだな……。でも俺は、あの時の俺じゃない。今までの俺じゃない。自分でもおかしいってわかっている。でも……こんな風にシャクラの町が壊されている様を見ても、全く心が痛まない」


 ユーリの言葉を聞き、言葉とは裏腹に憂いを帯びた口調で言う精霊さん。


「フレイム・ムアの術の効果だろう」


 ミヤが言った。


「全ての元凶はケロンかと思っていたが、フレイム・ムアも裏で動いておった。ふん。こちらの方が厄介であったな」

「精霊さんとアリシアの分離は出来なくても、フレイム・ムアの洗脳なら、魔法で解くことが出来ないでしょうか?」


 ユーリがミヤに伺う。


「試してみる価値はあるね。二人がかりでね。チャバックももっとあれに呼びかけな」

「わかったあ」


 ミヤに言われ、チャバックはジヘパパの方を向く。


「余計なことをしなくていい。俺は洗脳なんてされてない……」

「本当にそうかな? そう思い込んでいるだけで、気付かない所で実は洗脳されているんじゃないか? あんな奴の思惑通りになって、それでいいのかい? その先には破滅が待っているかもしれないんだよ?」


 精霊さんの反発の言葉を遮り、ミヤが珍しく優しい声音を発して説得する。


「あんたらのことだって、信用できない」


 なおも反発する精霊さんだが、その表情には明らかな動揺の色が浮かんでいた。


「父さんっ、オイラがから揚げに勝手にレモン汁かけただけで、店の中で大声で怒鳴って、逆に店員さんに叱られたこと――」

「ガアアァァっ!」


 チャバックが説得するが、ジヘパパは憤怒の咆哮をあげ、炎を吐いて攻撃してくる。


 ミヤの防壁が効いているので、ジヘパパの炎の吐息(ファイアブレス)は届かないが、最早チャバックの説得も届かなくなっている状態のように思えた。


「何だかわからないけど、変なスイッチが入って、お怒りモードになったようだ」

「そ、そんなにから揚げにレモン汁かけたことで怒ったの?」


 ミヤの言葉を聞き、信じられないといた顔になるチャバック。


「そうじゃなくて、フレイム・ムアの術の効果なんじゃないかい? どうも個体差があるようだ。精霊さんには今一つのようだしね。仕方ない。こういう場合は少し痛めつけてやった方がいい。ユーリ」

「わかりました」


 ミヤに促され、ユーリがジヘパパとの戦闘を再開した。


「お前は儂が遊んでやるよ」


 ミヤが精霊さんの方を向き、不敵に笑う。精霊さんは無言でミヤを睨む。


 ユーリが魔力の刃を形成する。今度は小さい刃を対利用では無く、四枚の巨大な刃を展開し、再び竜の翼を切り刻む。


 再び落下するジヘパパに、ユーリは追撃した。巨大な四枚の魔力の刃をそのまま維持し続け、地面に落ちたジヘパパの体に突き刺した。

 体中に穴が開き、大量に血が噴き出て、地面に繋ぎ止められる格好になったジヘパパめがけて、ユーリがさらに追撃する。地面に巨大な肉球マークがつき、ジヘパパを押し潰す。ユーリが放った師匠譲りの念動力猫パンチだ。


「ちょ……やりすぎじゃ……」


 ジヘパパに対するユーリの容赦無い攻撃を見て、チャバックははらはらする。


 精霊さんが空中に竜巻を巻き起こす。


 竜巻は瞬時に消え、無風となる。それを見て精霊さんは目を丸くする。


「その程度かい?」


 魔法で精霊さんの攻撃を完全に封じたミヤが嗤う。


「別の芸も見せてみなよ。ほれ。頑張りな」

「舐めやがって……」


 ミヤの挑発に対し、精霊さんは怒りと焦燥と恐怖を同時に覚えながらも、闘志を奮い立たせる。

 半端な攻撃は防がれてしまうとして、精霊さんはあらんかぎりの力を凝縮させて、ミヤめがけて解き放った。


(へえ、中々重そうだね)


 本腰を入れて防がないといけない攻撃であると、ミヤは判断する。

 転移して避けてもよいが、それでは身も蓋も無い。精霊さんが精一杯の力を振り絞って、想いを込めての攻撃を、こちらも力を尽くして防いだ方が、精霊さんの心にも響くであるとして、ミヤはこれを避けずに受ける事にした。


 不可視の力と力が衝突する。精霊さんが歯ぎしりする。ミヤは力の比べ合いを楽しみ、楽しそうに笑っている。


「む……」


 力比べの途中、ミヤは猛烈な気持ち悪さを覚えていた。内臓がひっくり返るかのような感触。頭の中に渦が巻くような感触。それはかつてよく感じていた感触であり、最近はあまり発生しなかったものだ。


「ごほっ」


 ミヤが血を吐く。しかし吐く前に、周囲に目撃されないように、吐血を魔法で隠している。


(やれやれ……坩堝のおかげで、しばらく収まっていたと思ったら、またかい……。時間経過で効果が薄まった所で、飛ばしすぎちまったせいかねえ……)


 ミヤの中で、落胆、諦観、自虐といった感情が沸き起こる。しかしここで気は抜けない。


「な、何……」


 精霊さんが驚愕の表情になる。力が防がれているだけではない。力が押し返されてきたのだ。ミヤは防御だけではなく、防御壁に注いでいる魔力をそのまま攻撃へと転化した。

 自分の力を押し返し、より強い力の奔流が向かってくる光景を見て、精霊さんは強い恐怖を覚える。そして攻撃を食らう前に、確かな敗北を予感する。


 精霊さんの体が、ミヤの放った力の奔流によって大きく吹き飛ばされた。


「あ……」


 その時、精霊さんの精神に大きな変化が生じた。ミヤの強い魔力の影響で、精霊さんの心を蝕む力の影響が砕け散った。


 精霊さんは解放感と同時に、徒労感と虚脱感のようなものを覚える。


(あいつに洗脳されてはいないと思っていたけど、わりと影響受けていたのか……)


 その事実を受け入れざるえない精霊さんだった。


 一方で、ユーリは地面に落下して動かないジヘパパに向かって、両手をせわしなく交互に突き出す。手を突き出す度に魔力弾が放たれ、魔力弾のラッシュを雨あられと降り注ぐ。魔力弾の直撃を受ける度に、ぼろぼろの竜の体が大きく弾む。


「猫婆、ユーリがやりすぎて、ジヘパパが死んじゃいそうだようっ」


 チャバックが悲鳴じみた声をあけで訴える。


「ユーリ……お前は……おやめ! マイナス2!」

「あ……す、すみません。これでも加減したつもりなんです……」


 ミヤに怒鳴られ、ユーリは慌てて攻撃の手を止めた。


「これでかい? 死にかけてるだろ」


 地面についた巨大肉球マークの中心で、体中穴だらけ血塗れの状態で痙攣しているドラゴンを見下ろし、呆れるミヤであった。


 そこに精霊さんが戻ってきた。


「もう戦う気は無いよ。洗脳が解けたみたいだ」


 身構えるミヤに、精霊さんは小さく両手を上げて告げた。


「憑き物が落ちた憑き物ですね」


 ユーリが精霊さんを見て言う。


「それは上手いこと言ったつもりかい? マイナス6」

「えええええっ? マイナス多くないですか?」


 呆れ切った口調で告げるミヤに、抗議するかのような声をあげるユーリ。


「手間をかけさせたな。ありがとう。でも……アリシアと離れることは出来ない。どうすれば離れられるかわらかない」


 精霊さんが悩ましい顔で言ったその時、ノア、サユリ、ガリリネ、宝石百足がやってきた。


「丁度終わった?」

「まだだよ。肝心のことが……」


 ノアが尋ねると、ユーリが悩ましい表情で、精霊さんとジヘパパを交互に見た。


「精霊と分離させる呪符……一つしかない。どちらか一つにしか使えないなんて……。魔法でコピーできないの?」


 呪符を出し、チャバックが憂い顏で問う。


「魔法はそこまで何でもありじゃないんだよ。時間をかけて研究すれば出来るかもしれないが、どれだけ時間がかかるかわらかない」


 ミヤが重々しい口調で告げる。


「じゃあ時間かけてよう。それで皆助かるんだよ?」

「あのねチャバック、出来るかもしれないが、出来ないかもしれないし、何時までかかるかわからないんだよ。儂等はお前達を助けに来たんだ。それが最優先だ」

「ぶひぃ、この世界で長時間留まるのは危険なのだ。あくまで噂だけど、あまり長時間いると、元の世界に帰れなくなるという話なのだ。確認した者はいないし、確認してもそれは伝えようがないのでして」


 涙声で訴えるチャバックであったが、ミヤとサユリが二人がかりで否定する。


「長期間いることで、帰れなくなるということはないわ。物語を進行できなくなって、帰れなくなった人はいたけどね。今まで私がそれらの人を無理矢理送り返したこともあるけど、嬲り神の力が働いていた世界では、それも出来なかったし、その世界の住人になってしまった人はいた」


 サユリの説を否定したのは宝石百足だ。


「そして今の私にはもう、物語の強制終了も出来ない。禁じられてしまったから。そして今回はダァグ・アァアアの実験だから、あまり長いこと留まることはお勧めできないわね。どんな事態になるか、私にも見当がつかない」


 現状を伝え、警告もする宝石百足であった。つまりは、呪符をもう一枚こしらえる選択は考えない方がいいということだ。


(こんなことお願いするの、凄く残酷だけど、お願いだよ……チャバック。僕のお父さんを助けて……お父さんを見殺しにしないで……)


 ジヘがチャバックの中で泣きじゃくりながら、必死に懇願する。


(わかってるし、その予定だったよう。でも……それはつまり……)


 チャバックが精霊さんを見る。


「チャバック君……貴方は、ジヘ君を助けに来たんでしょ? ジヘ君を助けるってことは、ジヘ君のお父さんを助けるってことよ。私にもジヘ君の声、今聞こえた。それがチャバック君のするべきことなの」


 精霊さんではなく、アリシアの意識が現れ、屈託の無い笑顔で告げた。アリシアの意識を一時的に出したとはいえ、精霊さんが憑いているままであることに変わりはない。


「私はチャバック君を恨まないから」

「駄目だ……ジヘ……」


 アリシアが言った直後、竜が首をもたげて声を発する。ジヘパパの声だ。


(父さんっ……意識が戻ったの!?)


 チャバックの中でジヘが歓声をあげる。


「それは……アリシアに使え。私はいらない」


 ジヘパパが口にした台詞を聞いて、ジヘは凍り付いた。


「これでもな……私は冒険者の端くれだぞ? 女の子と天秤にかけられる命ではない。こんなおっさんなんかよりも、その子の命の価値の方が高いに決まってる。私は……私の半分も生きていない女の子と、命を天秤にかけられ、その代わりに生きたくなんてない。そんなの冒険者として、恥さらしもいい所だ」

「死ぬわけじゃないけどな。ただ、精霊と離れられないだけだ。体の主導権は精霊が持つだろうが、ジヘパパが消滅するわけでもない」


 精霊が訂正する。


「嗚呼……限界だ……もう……精霊に意識を……」


 ジヘパパの体から力が抜け、また首を地面につける。


(嫌だ……そんなの嫌だ……)

「ジヘ……」


 嗚咽するジヘを意識しつつも、チャバックは意思を固めた。


「ごめん、ジヘ」

(やめろーっ! 父さんの方を助けてようっ!)


 ジヘの嘆願に心苦しさを覚えつつも、チャバックはアリシアに向かって呪符をかざす。


 呪符がチャバックの手から離れて、アリシアの額にくっつく。その瞬間、呪符とアリシアが眩い光に包まれた。


「そうだ。それでいい……。ありがとうな、チャバック君。ジヘもそのうちきっとわかってくれる……」


 ジヘパパが掠れ声で礼を述べた。


 そこにケロンがやってくる。


「君達のおかげで、フレイム・ムアを処罰することが出来た。感謝する」


 上機嫌ににやにや笑いながら告げるケロン。


「殺したの?」

「聞くまでもなかろう。奴こそがこの騒動の元凶だった。死刑以外に無い」


 ユーリが問うと、ケロンはさも当然といった具合に答える。


「はっ、裁判もせずに処した時点で、お前が私怨を晴らしたとしか見えないね」


 ミヤが侮蔑たっぷりに吐き捨てたが、ケロンは憎々しい笑みをたたえたままだ。


「ついでにアリシアも引き渡してもらおうか。その子にも当然責任はある。町の秩序を乱した大罪人だ」

「ふざけるな!」


 ケロンの台詞話聞いて怒鳴ったのはチャバックだった。


「精霊さんの家族を奪い、殺し、アリシアの家族も殺して、今度はアリシア!? いい加減にしろ! お前こそ殺されろ!」


 チャバックがここまで激昂し、罵倒したことは、生まれて初めてだった。これほど他人に怒りを抱いたことも初めてだった。


 ケロンが何か言い返す前に、ケロンの体はうつ伏せに倒れた。地面には巨大肉球マークがついている。ミヤが問答無用で念動力猫パンチを見舞ったのだ。


「アリシア、大丈夫なの? 空っぽになってない?」


 へたりこんでいるアリシアに、ノアが声をかけた。


「うん……平気……。ちょっと疲れてるけど、精霊さん……いなくなったよ」


 言いつつアリアは、伸びているままのジヘパパを見る。


「精霊さんが今、ジヘパパに憑いている精霊を説得している。この町に近付かないようにって」

「そっか……」


 アリシアの言葉を聞き、チャバックは申し訳なさそうに頷いた。ジヘはチャバックの中でずっと泣いている。


「一旦ファユミさんの家に戻らない?」

「うむ。ディーグル達を待つとしようか」


 ガリリネが声をかけると、ミヤが頷き、全員で移動した。


「おのれ……あいつら……」


 土埃塗れのケロンが立ち上がる。鼻血も流れている。ミヤは殺さぬよう手加減していた。


「私がこのままでいると思うか……? アリシアを放っておくとでも? ふふふ、あいつらは元の世界に戻ってめでたしめでたしか? 違うな。私がその後で――」

「ふーん、俺達が――邪魔者がいなくなったら、アリシアを殺してめでたしめでたし?」


 安堵して毒づいているケロンの前に、ノア一人が戻ってきて、ケロンの台詞を遮った。


「婆は甘い……と言いたいけど、存外、婆も先輩も、俺がこうすることも見抜いているかもね」

「な、何だ?」


 ノアを見て狼狽えるケロン。


「何だじゃないよ。お前は幸せなんだろう? 俺より幸せなんだろう? 金持ちで、権力があって、やりたい放題やって生きてきたんだろう? そして生きていればこれからもそうするんだろう? それがただムカつく。俺にとってムカつく。お前が死ぬ理由は、ただそれだけ」


 笑顔で殺気を漂わせるノアに、ケロンは恐怖した。そんな滅茶苦茶な理由で自分が殺されるのかと考え、混乱した。


「わ、わたっ、私がお前に何をしたというんだ!?」

「殺されるようなことをしたかって問いたいの? うん。殺されるだけのことをしたよ? 俺より幸せな奴が、俺の視界に入った。重罪だ。死刑より重い罰が必要」


 ノアがガントレットを装着する。紅玉から赤い刃が伸びる。


 逃げようとしたケロンの背を、赤い光の刃が貫いた。

 それと同時に、ケロンの目の前の空間が歪む。


(誰かが現れる?)


 警戒するノア。


 ケロンの魂が肉体を離れる直前に、嬲り神がケロンの前に現れた。


「お前が手放さなかったそれは、奇貨なんかじゃなかったのさ。お前を破滅に導くジョーカーでしたあっ。ざまーねえなァ! ぎゃははははっ!」


 嬲り神の耳障りな高笑いを聞きながら、ケロンの魂は紅玉の中に吸い込まれる。魂を失ったケロンの体が転倒する。


 嬲り神はケロンを嘲っただけで、すぐに姿を消した。


「嬲り神にたぶらかされて、嘲られて、無様な最期」


 倒れたケロンの体を見下ろして肩をすくめると、ノアは篭手の方に視線を移す。


「丁度いいタイミングだったね。これも運命かな。運命がお前に相応しい罰へと導いた」


 ノアが笑顔でミクトラをなぞる。ミクトラはレベルアップし、二人分の魂を吸えるようになっていた。二人分の苦痛を抽出して蓄積できるので、その分パワーも上がる。キャパシティも上がる。


「未来の魔王の糧になること、光栄に思いなよ」


 ルビーの中のケロンに向かって告げると、ノアはミクトラを消した。


 そのノアを遠巻きに見ていた者がいた。ノアはその者の存在に気付いていなかった。


「未来の魔王? ふふふふ、面白いことを言う子だネ」


 その少年は、ノアの呟きも聞こえていた。おかしそうにくすくすと笑っていた。


「ノア、君は本当に面白いナ。流石はマミの子だ。僕は君が気に入ったヨ。その顔が絶望に歪む様を見てみたいナ。そう遠くないうちに、君がとっても気に入るプレゼント、あげるからネ」


 ノア当人に届かない言葉で、アルレンティス=ミカゼカは楽しげに語りかける。

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