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3-4 真実をはぐらかす者達

「人喰い絵本が悲劇から救われたくて、助けてほしくて、僕達の世界から人を吸い込んでいるというのに、嬲り神、貴方は逆のことをしている。絵本を改ざんして、絵本攻略の難易度を上げているじゃないか」

「ははは、そういう役割だからしゃーねーよ。人を嬲る神なんだからよ」


 ユーリが指摘すると、嬲り神は肩をすくめる。


「そもそも俺が人喰い絵本を改ざんするのは、あくまで一時的なものだ。まやかしみたいなもんだ。物語を本当に変える力は無い。絵本の世界を変えられるのは、そっちの世界の住人だな。そして最も可能性が高いのは、絵本世界の住人と同じ魂を持つ者なんだわ。だからこそ人喰い絵本は選んでいる。同じ魂の者を探し、呼び込む」

「同じ魂?」


 嬲り神のその台詞に、スィーニーが反応する。


「おっとっとっ、喋りすぎちまった~。機嫌よくてつい口が軽くなっちまったね~。えっへっへっ」


 スィーニーに向かってへらへら笑う嬲り神。


(同じ魂……つまりはメープルCが口にしていた、魂の横軸のことね)


 スィーニーには何のことかわかっていた。


「しかしこれで、物語はきっと変わる。俺に言われた通りにしろ。それで終わるはずだ」


 チャバックの方に視線を向け、嬲り神は告げた。


「オイラ……やっぱりジヘと同じだから、人喰い絵本に目つけられたんだね」

「そうだな。でもさ、その結果、お前はこの絵本の世界を救えそうだよ。ジヘと一緒にな。ジヘになって助けたんだ。お前は救世主だ。もちろんそっちのエロ女もだ」

「誰がエロ女じゃ」


 チャバックの言葉を嬲り神は肯定する。スィーニーは半眼になって頬を膨らませる。


(チャバック……嬲り神に目をつけられてないかい? 隋分と気に入られているように、儂の目には見えるよ)


 密かに危ぶむミヤ。


「じゃーな、また会おうぜ~」


 嬲り神の姿が再び消える。


「あいつって悪い奴なの? いい奴なの?」

「悪い奴に決まってるよ。人喰い絵本をいじくりまわして、犠牲者を増やしている。先遣隊の騎士と魔術師も殺しているし。あいつが干渉した絵本世界は、それだけで攻略難易度が上がっちまうからね」


 スィーニーが誰とはなしに問うと、ミヤが吐き捨てた。


(セント、嬲り神の秘密、いつかわかるのかな?)


 ユーリが声に出さずに問いかけると、心の中で宝石百足の姿が浮かび上がる。


(私の口からは何も言えない。でも、貴方とミヤと嬲り神は、強い縁で結ばれている。いつか必ずその真実を知る事になるわ)


 宝石百足は優しい声で答え、姿を消した。


「絵本世界から解放されないということは、まだやらなくちゃならないことがあるんですよね?」


 ユーリがミヤを顔から剥がして、スィーニー、チャバック、ジヘパパを見やる。


「うん。嬲り神が言ってたよ。寮に戻って皆で話してハッピーエンドにしろって」


 チャバックが言った。


***


 一向はジヘとタルメが預けられている寮に戻り、ジヘパパ、祖父、寮長を交えて今後どうするかを相談していた。


「ジヘ達を危うい目に合わせたのです。今後……もう二度と危うい商売はしません。真面目にこつこつ働いて借金を返します」

「八百長試合はしろよ」


 反省するジヘパパに、祖父が笑顔で告げる。


「これでいいん? めでたしめでたし感はあるけど」

「これ以上どうすればいいのかわからないよう」


 スィーニーとチャバックが言った直後、周囲の空間が激しく歪む。


***


 父と怪しげな男が立ち去った所で、タルメとジヘは、こっそりと父が運び込んだ荷物へと近づき、中身を調べてみた。

 中には武具の数々がぎっしりと詰まっている。こんな場所に大量の武具が運び込まれているなど、あまりにも異様だ。


「見てしまいましたねえ」

「ジヘ……どうしてここに……」


 ジヘの父と、父と取引していた怪しい男が現れ、ジヘとタルメに声をかける。


「これらは他国へと輸出が禁じられている、御禁制の武具の数々ですよ。見られたからには、生かして返すわけにはいきません」


 怪しい男が合図を送ると、大量の魔物が現れ、二人に襲いかかる。


「ジヘ! あんただけでも逃げて!」


 タルメが叫んだその数秒後、タルメの体が魔物達によって引き裂かれてばらばらになり、魔物達は美味しそうにタルメの体を貪り出す。


「あ……あああ……あ……」


 タルメの凄惨な最期を目の当たりにして、ジヘはあんぐりと口を開けてか震えだす。


「待ってくれ! ジヘだけは助けてくれっ!」

「貴方にも責任をとって頂きましょうか」


 怪しい男が槍を手に取り、ジヘの父親を突き殺した。


「さて、子供を殺すのは心苦しいのですが、余計な真似をする君が悪いのです。勇者ごっこでもしていたのですか? その代償がこれですよ」


 恐怖で固まっているジヘの喉も、槍で貫かれる。


「来世ではもっと賢く生まれてくるといいですね。それとももう二度生まれてこない方がよいですか?」


 廃鉱に転がるジヘの亡骸を見下ろし、男は嗤っていた。


***


 全員、人喰い絵本の外へと脱出する。絵本を出る際に、絵本の本来の物語が頭の中に流れていた。


「今のは……?」

「気にしなくていいよ。ハッピーエンドに出来なかったらこうなっていたっていう、絵本の本来の結末を、出る時に見せられるんだ」


 訝るスィーニーに、ユーリが告げる。


「酷いよう……絵本の本当の内容は、あんなことになるんだ……」


 哀しげな顔で肩を落とすチャバック。


「人喰い絵本の話は、大抵が何の救いも無い話――悲惨な結末よ。死んで終わり。殺されて終わり。殺して終わり。滅ぼして終わり。失って終わり。でもさ、気にしなくていいんだ。チャバックとスィーニーはちゃんとハッピーエンドにしたよ。あれが真実だ」


 ユーリが明るい声で言った。


「そっか。よかった。何だかあっさりとハッピーエンドになった感あるよね」

「余裕だったー」

「皆さんお疲れ様です」


 スィーニー、チャバック、アベルが言ったその時だった。


「げふっ! けほ! けんっ!」


 ミヤが一際大きい咳を続けて行ったかと思うと、激しく喀血し、蹲る。その様を全員が目撃する。


「え……? にゃんこ師匠……」

「ミヤ様!?」

「猫婆~っ!」

「師匠! しっかりしてください師匠!」


 スィーニー、アベル、チャバック、ユーリが、それぞれ声をあげる。


 昏倒したミヤの体を膝の上に乗せ、魔法で回復を試みるユーリだが……


「何で……効果がほとんどないんだ……」


 ミヤの意識が戻らず、回復魔法が効いている気配も無い事に、ユーリは絶望する。


***


 その後、ユーリは意識の無いミヤを抱えて、自宅に戻った。


 寝所に寝かせたミヤの側で、ユーリはずっとうなだれている。


 やがてミヤの意識が戻る。


(不味い所を見せちまったね……。あーあ、ユーリの奴、すっかりしょぼくれちまってまあ……)


 起き上がり、寝所から出るミヤ。


(しかし……どんどん悪くなってる。そろそろ駄目かねえ。思ったより早く、シロの隣に埋められちまうのか? せめてこの子が一人前になるまでは、生きていたいものだがね)


 寝所から出たミヤは溜息をつき、すぐ側にいるユーリの暗い顔を見上げた。ユーリは目を閉じていた。


「何をしょぼくれとるか」


 ミヤが声をかけると、ユーリは目を開いた。目を開くとすぐ間近に、自分を見上げるミヤの顔があった。


「師匠……大丈夫ですか?」

「もう治った。いや、治した」

「え? 僕の魔法では回復しなかったのに……」

「そりゃ重複はしないよ。すでに儂が自分に魔法による回復を行っていたし、儂の魔法の方が強かったからね」


 ミヤが事も無げに言ってのけるが、ユーリには納得できない。


「でもずっと意識を失って……」

「ちょっと体調が悪かった。それだけのことだよ」

「ちょっと? あれでちょっとですか?」

「うるさいねえ。弟子に過剰に心配されても悪い気しかせんわ。ポイント1マイナス」


 ミヤが不快感を滲ませた声を発する。


「前から咳ばかりして……今回は血を吐いて倒れて……過剰な心配とか、ちょっととか……」

「ふー……最近健康管理を怠った結果だよ。儂が歳なのはわかっているだろう? ちょっと油断すればああなっちまう。お前も老いぼれたら気を付けな」


 自虐的な口調で言うミヤ。


 ユーリは言葉を失い、ただ呆然としてミヤを眺めていた。そんな弟子の表情を見て、ミヤは再び溜息をつき、ユーリの膝の上へと乗る。


「もう大丈夫だよ……。心配するんじゃないよ」

「マッサージします」


 膝の上に移動してきたミヤに、ユーリが断りを入れて、マッサージを開始する。


(お医者さんに診てもらった方がいいのに……。師匠は医者嫌いだし、本当に頑固で困るよ)


 マッサージしながら、ユーリはミヤの体調を憂う。


「何か良い治療薬が無いか探してみますよ」

「はん、そんな余計なことせんで修行でもせい」


 案ずるユーリを、ミヤはつっけんどんに突っぱねた。


「余計なことって何ですか!?」

「ああっ!? 誰に向かって怒鳴っておるんじゃ!」


 カチンときたユーリが声を荒げると、ミヤも大声を出す。


「儂の言うことが聞けぬのなら破門で勘当だよ!」


 怒鳴り散らすミヤ。この台詞はこれまで何度口にしたかわからない。ミヤがユーリに最大級の怒りを表す時だ。


 ユーリの表情が変わった。


 紅潮して涙ぐむユーリを見て、ミヤの怒りは急激に引いていく。自分が大人げないのもわかっている。ユーリが何で珍しく荒ぶっているかも。


 いきなりユーリが両手を合わせて、祈り出す。


「何を祈ってる?」

「師匠の回復を祈ってました。いけませんか?」

「いけなくはないが……。本人の前でするでない。しかも言うでない。どうにも気まずいじゃないか」


 ユーリが涙声で答えたので、ミヤはやるせない気分マックスになり、三度目の溜息をついた。


「探してみます……。何か良い薬」


 マッサージを再開しながら、ユーリは改めて言う


「ふん。バカタレが……。ポイント4引いておくわ。ま、お前は行動力だけは人一倍だし、口で言っても止まる奴じゃないからね。せいぜい……儂のために頑張るといいさ。まったく……本っ当に問題児だよ……」


 憎まれ口を叩くミヤの声は、心なしか震えているようにユーリの耳には聞こえた。


***


 スィーニーは宿屋の中で魔術を発動させた。


「伝えたいことは二つあります。ターゲットMが血を吐いて倒れました。弟子が魔法で回復させようとしたのですが、治癒しませんでした」


 遠方の相手と音声を繋げ合う魔術を用いて、報告を行うスィーニー。


「もう一つは、人喰い絵本の中に引きずり込まれました。そこで嬲り神と遭遇して……」


 包み隠さず全てを報告し終えて、スィーニーは微かに胸の疼きを覚える。


『お前達は哀れだよ。つきたくない嘘をついている』


 嬲り神に言われた台詞を思い出す。胸の疼きの原因はそれだ。


『御苦労様でした。ターゲットMに関しては引き続き監視をお願いします。そしてターゲットMの情報をより多く得るため、弟子のユーリという少年と、より懇意になってください。できますね?』

「了解しました」


 酷く淡々とした事務的な口調で確認を取られ、スィーニーも硬質な声で応答した。


 ふと、スィーニーは屋の中に飾ってある肖像画を見る。


 黒いマントを羽織った銀髪の美男子の肖像画。ア・ハイ群島でも、別の国でも、この人物の肖像画はよく見る。画家達が題材として好んで描くからだ。


(本物は本当にこんなイケメンなのかしらね?)


 スィーニーは疑問に思う。絵で美形化の補正がなされて、本人はそれほどでもないという話はよくあるからだ。

 肖像画の男は、吸血鬼ブラム・ブラッシー。かつて魔王の配下『八恐』の一人であったが、魔王を裏切り、勇者ロジオと共に戦い、魔王討伐の立役者として英雄視されている人物だ。吸血鬼であるが故に、三百年経った今もまだ生きていると聞く。彼にまつわる逸話も多い。

これにて三章は完であります。

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