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3-3 正義の味方を気取る者が犯した悪魔の所業

 人喰い絵本の存在は誰もが知っているが、嬲り神の存在を知る者はそう多くはない。人喰い絵本の中に赴く騎士と魔術師の一部、人喰い絵本を調べている研究者、人喰い絵本に興味を抱いて文献に目を通した者、人喰い絵本の中に引きずり込まれて遭遇した者くらいだろう。

 だがスィーニーは嬲り神の存在を知っていた。人喰い絵本の話に関する知識に興味を抱き、学んでいるうちに、その存在を知った。


「あの人、何なの? ゴミ漁り?」


 チャバックからすると、ゴミ漁りをする者は珍しくない。それどころか昔、チャバックもやっていた。


「嬲り神。人喰い絵本の『イレギュラー』の一人。いや、一つ?」

「おーいおいおいおい、個数はやめてくれよォ。つーか物と人と現象とを、十把一絡げにしてイレギュラーとか呼ぶのもさ、俺としてはやめてほしいんだよな~」


 スィーニーの言葉を聞いて、嬲り神はへらへら笑いながら肩をすくめる。


 人喰い絵本は一つの小さな世界で完結している。その絵本の中の登場人物は、他の絵本には出てこない。嬲り神はそんな人喰い絵本を渡り歩く『イレギュラー』であり、人喰い絵本そのものに干渉し、内容を書き換えてしまうという。嬲り神による書き換えがあった人喰い絵本は、脱出の難易度が跳ね上がるという話だ。


「絵本の中のこの二人は今、止めてある。まずは俺の話を少し聞いてもらおうか」


 完全に動きを停止しているジヘパパと怪しい男を指し、嬲り神が言った。


「そっちの子――チャバックは……面白いな。常人とは違う世界の見方と考え方が出来る。しかし人はそう見ない。ただの頭の悪い子と、知能の劣る子と、蔑むんだろうな。蔑まれているんだろうな。可哀想になあ~。そういうのとは違うのになあ」

「私はチャバックを蔑んでなんかないっての」


 嬲り神の言葉を聞いて、スィーニーが怒ったような口振りで否定する。


「わかってるよォ、スィーニー。お前達がこの世界に来てからのやり取り、ずっと見ていたし、聞いていたからよ~。スィーニー、お前のチャバックへの接し方を見てわかったぜィ。お前も俺と同じで、チャバックの容姿や頭を蔑む気持ちは無ぇんだなって」


 蔑む気持ちは無いと言葉では言うものの、嬲り神の顔には嘲笑が張り付いている。


「人喰い絵本の中だけでなく、私達の世界のこともわかるのね。しかも人の心の中まで覗いてくるの?」


 ぞっとしながら尋ねるスィーニー。この嬲り神なる者は、かなりおぞましい存在で、しかも計り知れない力を持っている。関わりたくないし、会話したくもない。しかし出来るだけ情報は仕入れなくてはならない。


「そうだよ、スィーニー。お前の名前も、隠された真実も知っているぜ。ま、ここでバラすような真似はしないぞ? どうだァ? 安心したか~?」


 嬲り神の小馬鹿にするような物言いに、スィーニーは恐怖でも安堵でもおぞましさでもなく、激しい怒りを覚える。


「しかし俺は、お前達を別の意味で哀れんではいるぞ。お前達は哀れだよ。つきたくない嘘をついている。ジヘパパと同じだ」


 口元を大きく歪めて嘲笑を浮かべ、嬲り神は言った。その歪んだいやらしい笑みがまた、スィーニーの神経に触る。ここまで見ていて不快な笑顔を、スィーニーはこれまでの人生で見たことがない。


「こっから本題に繋げるぞ? そんな嘘吐きのお前達二人は、ジヘパパの気持ちもわかるだろ? チャバック、お前の嘘は何のためだ? 友達を心配させないためか? プライドか?」

「あううう……」


 嬲り神にねちっこい口調で指摘され、チャバックは弱り顔になって動揺する。


(チャバックの嘘って何……? 嘘をつくタイプの子には見えなかったけど。そしてチャバックの性格や、嬲り神の言葉を聞いた限り、悪意ある嘘とかじゃなくて、何か事情がありそうなんだけど……)


 スィーニーはチャバックを不思議そうに見た後、嬲り神を睨みつけた。


「ていうかあんたムカつくんよ。人の心までお見通しって感じで、何様よ」

「俺は神様だよ。人の心と命を嬲る神様だよ」


 スィーニーが険のある声で言うと、おどけた口調で返す嬲り神。


「おっと、話がそれちまってる。俺さ~、お前達なら可能性が高いと感じたぜ。この絵本の物語を良い形に出来そうだとね。悲劇から救えるとさァ。絵本もそう思ったからこそ、いつも人を選んで引きずり込んでいるんだろうよ」


 それまで張り付いていた笑みを消して、嬲り神は語る。


「必ずしも、登場人物の役を担わされた者が、進行しなくてはならないとも限らないんだわ。そいつは物語次第。色んなパターンがあるんだよ」

「私達に何をさせたいの?」

「だからあ、お前達は絵本の物語をハッピーエンドに終わらせる可能性が、一番高い人材だってことだよ。それができりゃ、お前達も解放ってわけさ~。こっからの選択と判断、いろんな頑張り次第ってね。特にチャバック。ジヘというキャラに共感を抱くお前の選択――言動は重要になってくるぜ~」


 思わせぶりに言った後で、嬲り神はにやりと笑う。


「じゃ、動かすぞ。頑張れよ」


 嬲り神が指を鳴らすと、それまで動きが止まっていたジヘパパと怪しい男が動き出した。


「しかしこの数の魔物相手に敵いますか?」


 怪しい男が指を鳴らすと、暗闇の中から大量の魔物が姿を現す。種類は様々。その数、明らかに二十匹以上はいる。


「おい、待ってくれっ。ジヘだけは殺さないでくれっ!」


 ジヘパパが懇願するが、怪しい男は冷然と無視する。


「スィーニー……こんなに敵が多いと……」


 チャバックが不安そうにスィーニーを見るが、スィーニーは平然とした様子だ。


「お……オイラも少し手伝う……」


 そう言ってチャバックがしゃがみこみ、地面の泥を手ですくう。


「我がサファイアの瞳に宿りし力、解き放たん。なんちゃって」


 スィーニーが呪文を唱えると、両手に持つハルパーの刀身から、同じ形状の青い光の刃が伸びる。ハルパーから伸びた青い光の刃は、スィーニーの身長を遥かに上回るサイズだ。


「すごーい、スィーニー、魔術も使えるんだー」


 チャバックが完成をあげた刹那、スィーニーが魔物の群れに向かって飛び出した。


 一度ハルパーを振るごとに、敵複数が青い刃によって切り裂かれ、瞬く間に敵の数が減っていく。


「へー、瞳に高濃度の魔力を蓄積しているんだ~。こいつは面白いが、その呪文はダセーよ。イヒヒヒ」


 嬲り神がからかうが、スィーニーは無視する。


「そ、そこまでですよ。これが目に入りませんか?」


 狼狽気味の声をあげる怪しい男。

 ジヘパパの首筋に、怪しい男のナイフが突きつけられている。


「はははっ、こりゃまた陳腐な手を」


 嬲り神が嗤う。


「ぐぺっ!?」


 その怪しい男の顔めがけて、泥がぶつけられた。チャバックが地面の泥をこねて、玉にしていたのだ。


「お、いいぞ。これは良い展開だ。ふへへへ、チャバックやるじゃ~ん。お前がそこで動いたことで、高得点出した感あるぜ」

「そ、そうなの? えへへへ」


 感心して称賛する嬲り神の方を向き、チャバックは照れて頭をかく。


「そんな……がっ!?」


 怪しい男が引け腰になった所に、スィーニーが迫り、首筋をハルパーの柄で思いっきり殴って昏倒させた。


「ジヘ……お前が助けてくれるなんて……」


 解放されたジヘパパが、チャバックを見て半泣きになって震えていた。


「えっと……ジヘパパ……じゃなくてお父さんて呼べばいいのかな? 何か恥ずかしい。お、お父さん、悪いことしてまでお金稼ぎしちゃ駄目だよー。何ならオイラも働くからさー」


 精一杯頭を働かせて、チャバックがジヘパパに訴える。


(チープな三文小説なら、これであっさり改心する流れなんだろーけどさー。果たしてどうなることやら)


 そんなことを考えながら、スィーニーは展開を見守る。


「わかった……。ジヘに心配させて、危ない目に合わせて……あまつさえ助けて貰って……これ以上こんな仕事するわけにはいかないな……」


 ジヘパパが額を押さえて口にした言葉を聞き、チャバックが表情を輝かせてスィーニーを見る。スィーニーは満足そうに頷き、チャバックに向かって親指を立てた。


「おっと、まだ油断すんな。まだ終わりじゃねーぞ。その後を見極めるんだ。寮に戻って、ジヘの祖父も交えて話をして、本当のハッピーエンドにするんだ」

「あんた……私達の味方なの?」


 釘を刺す嬲り神に向かって、スィーニーが問いかける。


「ははっ、馬鹿を言え~。お前達の味方じゃねーよ。ただ、個人的には、そこにいるチャバックみたいな奴は、嫌いじゃね~な。嫌いじゃない理由は、スィーニー、お前さんと同じかなあ?」


 嬲り神がへらへら笑って告げる。


「スィーニー、チャバックっ」

「嬲り神も……」


 と、そこにユーリ、ミヤ、アベル他が到着した。ユーリが二人を見て驚きの声をあげ、ミヤは嬲り神を睨む。


「あーっ、ユーリと猫婆だーっ」

「ありゃりゃ、あんた達が来たんだ」


 チャバックが歓声をあげ、スィーニーは目を丸くしていた。


 ミヤは嬲り神を睨んでいたが、しかし嬲り神は好意の目でミヤを見ている。


「よっ、ミヤ、ユーリ、相変わらず無駄な努力を頑張っているようで何よりだ~。感心感心~。ははは。でもお前達が助けたかった魔術師と騎士、おっ死んじまったぞ? 弱かったな~。楽しかったな~。戦う前はイキってた騎士が、死ぬ間際に涙ぐんでチビってるのは最っ高にウケたけどね~。はははっ」

「お前が殺したんだろうに……」


 嬲り神の言葉を受け、ミヤはふーっと猫の声で唸り、毛を逆立てる。騎士達がミヤの言葉を聞いて、嬲り神を険しい顔で見る。


「弱いから殺されたんだよ。あいつらじゃ見込みないし、邪魔になりそうだったし、そんなもんは掃除しとくに限るさ~」


 嘲る嬲り神に、騎士達はますます険しい表情になるが、流石に抜刀したり声を荒げたりする者はいない。


「ふん。今日こそはとっ捕まえて、人喰い絵本に関することを洗いざらい吐かせてやるわい」

「あれれ~? 人助けのためじゃなくて、人喰い絵本に興味があって、人喰い絵本に入ってたの~? 知的好奇心を満たすため? ははは、やるじゃん。そういう奴好きだぜ~。つーかミヤは人喰い絵本の知識をかなり――」

「アホかい。ポイントマイナス3のくだらん返しだね。人喰い絵本は依然として謎だらけだ。儂はより多くの情報を欲している」


 嬲り神の台詞をミヤが遮り、ぴしゃりと告げる。


「ほっほ~、ミヤですら知らないことがまだいっぱいだとは、驚きだねえ~」


 大袈裟に肩をすくめる嬲り神。


「んじゃ、確認♪ 人喰い絵本が人を選んでいることくらいは、もうわかってるかい?」

「ふんっ、そういう傾向は確かにあると、認知されておるよ……。登場人物と被る人間を選んで吸い込んでいる。ただしその対象が死んだら、見境なく、一緒に吸い込まれた者を、登場人物化してしまうようだがね」


 嬲り神の確認に対し、ミヤが答えた。


「うんうん、いい答えだァ。つまり人喰い絵本は望んでいる。悲劇の物語から救って欲しがっている。助けて欲しいと叫んでいる。そういうことかもな? そして俺はその手伝いをしているだけってね~」

(やっぱりそうだったのか……。そして手伝いをしているって言うからには、嬲り神も、絵本の物語を悲劇から救いたいんじゃないか?)


 嬲り神から明かされた情報を聞き、ユーリは以前から抱いていた疑念が余計に強くなった。しかしそれはミヤによって、人前では口にするなと釘を刺されている。


「絵本の内容も改ざんしまくっていて、よくそんな台詞を吐けるもんだ。お前はただ掻きまわしているようにしか見えん。お前は一体何者なんだい? 人喰い絵本を渡り歩き、干渉できるお前は――」


 問いかけつつも、ミヤは嬲り神の正体を全く推測出来ていないわけでもない。皆の前では口に出せない可能性を考えている。


「お前達はと、複数形で質問したらどうだァ~? 宝石百足にも同じ質問をしたのかァ? 答えてくれたかぁ? はい、知ってま~す。答えてくれませ~ん。お前達の味方である宝石百足も答えませ~ん。敵である俺としては、尚更そいつは答えられないなあ。ぎゃはははははっ」


 嬲り神が揶揄しながら指摘する。


(セント……。嬲り神があんなこと言ってるけど……)

(ごめんなさい。私の口からは答えられないわ。心を通じてでは、尚更答えられないの)


 ユーリが心の中で問いかけると、柔らかな女性の声がユーリの中で響いた。


「教えられるのはこのくらいかなあ。じゃ、鬱陶しい連中がぞろぞろと来ちまったことだし、俺はこの辺でお暇するぜ~」

「嬲り神、待って! 僕も訊きたいことがあるんだ!」


 消えようとする嬲り神を、ユーリが大声で引き留めた。


「よしな! ユーリ!」


 ユーリが何を問おうとしているか察し、ミヤが制止する。しかしユーリは構わず質問した。


「僕の母さんを殺したのは貴方なのか!? そうだとして――どうして僕のことを助けたんだ!?」

「やめろと言うてる! 儂の言うことが聞けんのか!? 悪い子じゃ! 儂の言うことが聞けぬなら破門で勘当だよ!」


 ユーリが問うが、嬲り神は口をつぐんで答えようとしない。ミヤはユーリに飛びかかって、その顔にへばりつく。


「何それ……? どういうことなん? 嬲り神に助けられた?」

「すまん……皆、今のユーリの発言は忘れてくれぬか?」


 スィーニーが呆然として問うと、ミヤはユーリの顔にへばりついたまま振り返り、真摯な口調でお願いした。


「ミヤ、ユーリ、お前達は気付いてないけど、酷いことしまくってるぜ? 俺から見れば大悪党だ。人喰い絵本が助けを求めて人を吸い込んでいるのに、物語を悲劇から救おうとせずに、悲劇のままエンディングにしちまった事が何度もあるだろ。この前の王様と婆やの話もそうだ。あれはひでーよなあ~。悪魔の所業だぜ~」


 ユーリの質問を完全に無視して、嬲り神は全く別のことを喋り出した。


「よかったな~、いい情報ゲットできてよ~。今のはとびっきりの情報だと、俺は思うぜ? よかったな~、自分達を正義の味方だと思ってやっていたことが、実は悪魔の所業だって知ることが出来て。本当によかったよかった。真実を知ったんだから、もう人喰い絵本の邪魔しちゃ駄目だぜ? まさかこれだけ知ってまだ、人喰い絵本の中に入ってきて、場を荒らすような真似は、しないよな~?」


 嘲弄する嬲り神に対し、ミヤは何も言わず、ただ憎々しげに嬲り神を睨み続けていた。

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