24-6 精霊さんは語らない
数時間前、ユーリとミヤは町から大分離れた街道に現れた。
「僕と師匠だけですか。他は離れ離れです」
「うむ。そして嬲り神の妨害であろうな、念話も通じん」
二人が街道を歩き、シャクラの町に到着した時には、町は夜の帳に包まれていた。町を探すために魔法での移動も途中で行ったが、町が見えてからは徒歩で移動した。
シャクラの町中を歩いている際、ユーリはあるものに興味を抱き、足を止める。ミヤもそれは気になった。
「これ、何でしょうね? 強い力を感じますよ」
「何らかの術をかけられているものだね」
石碑のようなそれを解析する二人。
「解析してもわかりません」
「魔法だけではなく、魔術も――うん、魔術の知識や概要だけでいいから、今後少しずつ習った方がいいかもね。これは封印術の類だ。世界が異なっても術式は似ているよ」
解析しても理解できなかったユーリを見やり、ミヤが言ったその時――
「お前等ここで何をしている!?」
「余所者だな? ここはケロン様の私有地の近くだぞ! とっとと立ち去れ!」
ガラの悪い男二人組が現れ、がなりたてる。
ミヤが問答無用で念動力猫パンチを放ち、二人の男を吹っ飛ばした。
「先に口を出したのはお前達だからね。恨むんじゃないよ」
(出されたのは口だけなのに、手を出してそれはないでしょ……)
倒れた男二人を見下ろして小気味よさそうに言い放つミヤを見て、ユーリが啞然としながら、心の中で突っ込んだ。
「こいつら、もしかして……」
「異界から来た者ではないか? それにこの力……ケロン様の役に立てるかもしれんぞ」
男二人が身を起こし、口にした台詞を聞いて、ミヤとユーリは少なからず驚いた。
「おやおや、風向きが変わったか?」
「僕達のことを異界の者と認識している」
ミヤがおかしそうな声をあげ、ユーリは神妙な面持ちになる。
「そして異世界のことも認知しているとはね。興味深いよ。今回、これまでとは大分趣旨が違うようだねえ」
キャットフェイスに不敵な笑みをたたえるミヤ。
「どうします? 師匠?」
「ふん。お前一人だった場合、どう判断を下す? その通りにしようじゃないか」
「もちろん乗りますよ。探るために」
「はん、ポイントプラス1やるよ」
ユーリの判断を聞き、ミヤが満足げな声を発する。
「腕の立つ者が入用かい? それとも異界の力が目当てか? 話を聞かせてもらおうか」
「は、はい……。この町は今問題を抱えていまして……」
ミヤが不敵な口調で伺うと、男の一人が態度を改めて頷いた。
***
酒場に入るチャバックとアリシア。
「こんばんはー」
「よー、アリシア。来たのか」
「おお、ラッキーだにぃ~。今夜はアリシアの歌が聴けるだに~」
「ほら、賭けは俺の勝ちだ。今夜はアリシア来る気がしてたしよー」
「ちぇっ。でもアリシア来て欲しかったから、負けてもいいのさ」
アリシアが元気よく挨拶をすると、酒場にいた客達が一斉に顔を綻ばせる。
酒場の中にある小さなステージの上二進むと、アリシアが歌いだす。先程とは異なるバラードだ。
「暖かい笑顔に照らされて、私も笑顔で照らし返して、でも私の心は寒い♪ 本当に大事な人はもう帰ってこない♪ 二度と帰ってこない♪」
またしても悲しい歌詞だった。酒場が静まり返る。チャバックは複雑な想いで聴く。
(歌詞はアリシアが? 確認するの怖い。そうではない方がいい。オイラと同じくらいの歳なのに、オイラみたいにいっぱい辛い目にあって、それでこんな歌詞を作ったの?)
そうではない方がいいと思うチャバックだが、そんな気がしてならない。
歌が終わると酒場にいる全員が拍手を送る。
その後、四曲ほど歌って、アリシアがステージから降りる。拍手と共に喝采もあがる。
「凄いなあ、アリシア人気者だあ」
「えへへへ。でも私の好きな歌では無いからちょっと微妙な気分。嫌いってこともないけどね」
チャバックに褒められ、アリシアは照れる。
「でも下手糞とか言われないで、皆に喜んでもらうと、やっぱり嬉しいから。お金も貰えるしー。これも精霊さんの導きなんだ」
「精霊さんの?」
「酒場の前で歌ってみるといいよって。ここの酒場は音楽するステージが用意されているし、マスターは親切だから、雇ってくれるって。ただしいつもの歌ではなく、お母さんみたいにバラードがいいって」
(お母さんみたいに?)
精霊さんとやらは、アリシアの母親まで知っているという話だ。そして歌を母親から習っていたから、バラードは上手いのかと、チャバックは考える。
「精霊さんがいたから、私は今ここにいる。精霊さんがいなかったら、生きてもいなかったんだよ」
「生きても……」
その台詞を聞いたチャバックが顔を曇らすと、アリシアは安心させるかのように微笑んだ。
「私、殺されそうになった所を精霊さんに助けて貰ったんだ。それからもずっと精霊さんに護られていたの。歌を聴いてくれるの。私の歌が精霊さんの力に変わって、精霊さんはまた多くの人を助けられるようになっている。これって素晴らしいことだと思うんだけどなあ」
チャバックが精霊を拒否したことを示唆し、アリシアは遠回しに精霊さんへの理解を求めていた。
「精霊さんて何なの?」
どうせはぐらかされると思いつつも、再度疑問をぶつけるチャバック。
「ずっと町を見てきた精霊さんだよー」
「声が聞こえるんだよね? 聞いてみることできない?」
「じゃあ聞いてみるね。精霊さん、カモーン」
アリシアが呼びかけると、夜空のあの少年の姿が浮かんだ。精霊さんはアリシアに微笑みかけながら両手を広げている。まるで歓迎しているかのように。
(何だろ……。嫌な人の気配はしない。いい人みたいにも思えるし。でも人を殺しているし。どういうことだろ。オイラにはわからない)
空に浮かぶ、精霊さんと呼ばれる少年を見上げ、チャバックは戸惑う。
「チャバック君が尋ねてみなよー」
「う、うん。精霊さん。貴方は何なの?」
アリシアに促されてチャバックが問いかけると、精霊さんは怪訝な顔になって、チャバックを見た。
アリシアに向ける表情とはあからさまに違うことに、チャバックは臆した顔つきになる。
(やっぱりオイラ達のこと、快く思っていないみたい)
精霊さんと初めて会った時もそうだが、今回もそれをはっきりと感じるチャバックであった。
精霊さんはそんなチャバックの反応を見て、気まずそうな顔になった。自分がチャバックを怯えさせてしまったと、意識したのだ。
精霊さんすぐに答えようとせず、少し間を置いてから口を開いた。
「ずっとこの町の移り変わりを見てきた。俺のことを見える者達を――純粋な心を持つ者達を護ってきた。不当に虐げられている者達を助けてきた。不当に虐げる者達が許せず、罰してきた。君はそれに不満があるようだな」
精霊さんは確かな肉声で、チャバックを見透かしたかのように語る。
「人の考えはそれぞれだ。それも仕方ない。でも俺は君が危機に陥ったら助ける。君に害を成す者がいたら罰す」
「罰を与えるにしてもやりすぎだよう。殺さなくても……」
「殺しただけでは済まない。それでは物足りない。あいつらの魂に、自分のしたことを心底悔いてもらう。苦痛の声をずっとあげてもらう。あいつらは死んでも死なない。俺がそういう体にした。あいつらは同じ過ちを繰り返す。何度でもアリシア達を虐めて、何度でも罰せられる。それが相応しい罰だよ」
精霊さんの言葉を聞いて、死んだはずなのに、再び現れた者達の謎が解けた。チャバックはその恐ろしい行為と、歪なやり口に慄然としていた。
「ひどすぎるよう。やりすぎだよう。それに……おかしいよ。何度でも虐めるのはおかしい。生き返らされて、またアリシアやインガさんを罵ったり殴ったりするのは変だよう」
「なにもおかしくない。だからこそ罰する意義があるんだよ。罪を犯さなければ罰も与えられない。彼等は永久に罪を犯し続けてもらうんだ」
笑いながら語る精霊さんに、チャバックは心底ぞっとする。
「でもそんなの、アリシアやインガさんが可哀想だろっ」
「アリシア達も理解し、納得している。だから皆、虐げられても安心していられる。アリシア達の命が脅かされることはない。俺が必ず護る。俺だけじゃなく、別の精霊達も目を光らせている」
声を荒げるチャバックであったが、精霊さんは優しい口調で語る。
突然、精霊さんの表情が険しくなった。
「見られているな。俺のことも特殊な方法で見ているようだ」
精霊さんの声も、これまでの優しさが嘘のように、苛立ちに満ちた代物へと変わる。
「気付かれた」
「逃げろ」
囁き声と共に、気配の主達はその場を去った。その声が聞こえたのは精霊さんだけだ。
「逃げた。アリシアが尾行されて――いや、監視されていたみたいだな。そして俺から逃れる術も……隠れる術も身につけている。俺達精霊を認識して忘れない術もな。これは厄介だ。色々と手を回しているみたいだ」
「誰なの? そんな人達がいるの?」
アリシアが不安げに問いかける。
「アリシア、君とも縁のあるあいつの手の者だよ」
精霊さんの言葉を聞き、アリシアは顔色を失った。
「封印を施すだけでは飽き足らず、何か企んでいるようだな」
精霊さんが空を見上げる。見上げた先には、オレンジの柱が建っていた。
「どうしたの? アリシア」
「ん……大丈夫……」
案ずるチャバックに、顔色が悪いまま無理して微笑むアリシア。
「心配するな。君達のことは、俺達精霊が総力をあげて護るよ」
優しく微笑みかけながら告げると、精霊さんは姿を消した。
***
ディーグルとアルレンティスは肩を並べ、シャクラの町を歩いていた。人喰い絵本に吸い込まれた後、二人だけで町の中にいた。
「人喰い絵本の中に入るのは随分と久しぶりです。二回目ですね。以前は興味本位で入っただけですが、特に何事も無く出てきました」
「そうなんだ……。僕はしょっちゅう入って、この世界の謎を解こうとしていた。あと……イレギュラーをゲットして、力を高めたかった」
「そうらしいですね」
アルレンティスが人喰い絵本探索に熱を上げていたことは、ディーグルもブラッシーから聞いていた。
「こうしてディーグル様……いや、ディーグルと二人で夜の街を歩いていると……昔のこと……思い出すよ」
「そうですね。貴方がまだ未熟だった時代のことを思い出します。実に手のかかる子でした」
「そうだっけ……? いや、ディーグルの目には、僕のことそう見えてたんだ」
雑談を交わしながら歩いていた二人であったが、同時に足を止める。同時に視線を一ヵ所に向ける。
柵で覆われた空き地だった。立て札には二人にもわかる文字で、立ち入り禁止と書かれている。
空地の中には石碑のようなものがぽつんと置かれている。二人はその石碑に注目していた。
「力を感じますね」
「解析してみる……。んー……封印系? それくらいしかわからない。今は迂闊に手出しをしない方がいいかも。でもこの場所とあの存在は覚えておいた方がいい」
「人喰い絵本のシステムに詳しいアルレンティスに従っておきますよ」
アルレンティスの発言を受け、ディーグルが柔和な笑みをたたえて言ったが、その笑みが消えた。
「血の臭いがします」
「あれじゃない?」
ディーグルが言うと、アルレンティスが十字路の向かいの横側を指す。
やたら大柄なピンクのドレス姿の女性が、中年男に杖で殴られている。
「お前みたいな醜い女など! 顔も見たくないんだ! 同じ家で呼吸するのも嫌だ! お前なんかなあ、生まれてきたことが失敗のっ、おぞましいクリーチャーなんだあっ! 首でも吊って死ねえっ!」
男の悪罵を聞いて、ディーグルは眉をひそめる。
「女性を殴ることもさておきながら、酷い罵倒です」
そう言ってディーグルが止めに入らんと駆け出したが――
ディーグルは突然足を止めた。異様な気配が複数発生したからである。
(霊体?)
複数の靄のようなものが、霊であることを一目で見抜くディーグル。彼は死霊術に長けている。
「うぎゃああぁぁぁ!」
霊達にまとわりつかれた男が、断末魔の悲鳴をあげた。顔が腐れおちていく。露出した手の部分も腐っている。おそらく全身が同様に腐敗していると思われた。
「今の光景、見ましたか?」
遅れてやってきたアルレンティスに、ディーグルが伺う。
「霊体のようなものが突然現れて、殺したね。そしてあの女の人、目の前で人が死んだのに、少しも動揺していないね……」
「ええ」
アルレンティスの言葉を聞くと、ディーグルは女性の前に進み出た
「失礼。殴られていましたが、大丈夫ですか? それにこの男性はどうしてこのように?」
ディーグルが声をかける。
女性はディーグルを見て、大きく目を見開いて息を飲んだ。
「どうなされました?」
女性の反応を見て、ディーグルは怪訝な顔になる。
「だ、大丈夫……です。私……ファユミと……言います」
我に返り、自己紹介するファユミ。
「しかし今の反応は? 私が何か失礼なことをしたのであれば、遠慮なくおっしゃってください」
「み、見とれていました……。失礼……しました……。陳腐な表現ですが……まるで神話の世界から抜け出してきたような……神々しい美貌……」
「これはどうも」
ファユミの称賛を聞き、ディーグルはにっこりと微笑む。
「貴方をモデルにして絵を描きたい……。嗚呼……初対面で……しかもこんな醜い私が、唐突……あつかましいお願いを……」
「絵か……」
ファユミの発言を聞き、アルレンティスはジャン・アンリのことを思い出す。気にいった者を見ると敵味方構わず、すぐに絵を描いたうえに、その絵を相手に送りつけるという困った性分であったが、このファユミも同類なのだろうかと、疑ってしまった。
「構いませんよ。代わりにというわけではありませんが、この町に関して、色々と教えて頂けないでしょうか?」
「あ、ありがとうございますっ。是非……ガイドもさせて頂きます。もし泊まる所も決まっていないであれば、是非……私の屋敷にどうぞ……」
ディーグルに承諾され、かつ要望を受け、ファユミは心底嬉しそうな顔で告げた。




