23-11 真っ先にユーリの目を気にするスィーニー
Aの騎士がジャン・アンリのいる方に、一直線に突っ込んでいく。
走りながらフランベルジュを何度も振るう。その度に飛ぶ斬撃が生じて、ジャン・アンリに向かっていく。
すでにジャン・アンリの周囲には大量の巨大昆虫がいる。彼等は人間と混ぜられており、魔術を行使できるようにされている。しかもそのうちの一人は元魔法使いですらある。
虫達が呪文を唱える。魔力の防護壁が多重に展開され、斬撃は尽く防がれる。しかし幾つかの防護壁は斬撃によって砕け散った。
Aの騎士がジャン・アンリに迫るが、虫達が一斉に殺到し、Aの騎士の行く手を阻む。
フランベルジュを振るうAの騎士。しかし虫達は器用に避ける。飛ぶ斬撃ですら避け、虫の一匹が口から怪しい液体を噴射する。
液体を避けたAの騎士に、虫達の魔術が一斉に浴びせられた。炎に包まれ、衝撃波に吹き飛ばされ、倒れた所に石つぶてと無数の魔力の光弾が降り注ぎ、Aの騎士を打ち据えた。
甲冑のあちこちが歪み、へこみ、もしくは穴が開いたにも関わらず、穴はすぐに塞がり、歪みも直り、Aの騎士はゆっくりと立ち上がる。
「ふむ、報告通りだと言っておこうかな。再生する鎧。面白いのではないか?」
Aの騎士を見て感心するジャン・アンリ。
「そちらの虫は、面白いが同時におぞましい」
ジャン・アンリが使役する虫が、人と混ぜられたことを見抜き、Aの騎士が言った。
「では問おう。虫は嫌いかね?」
「嫌いではない。虫による。そして人と虫を混ぜる行為がおぞましい。人が虫として、奴隷として生かされる。それがおぞましい」
「虫の愛くるしさを少しでも理解していると受け取ってもよいか?」
「虫によると言ったし、こちらの発言を理解していないのか? 話の噛み合わぬ輩のようだ」
不毛な問答と感じて、Aの騎士は戦闘を再開した。呪文を唱える。
「これまたアザミの報告通りと言っていいか? 私と同じく、術師にして魔法使いをも凌駕する力の持ち主であると」
「悪因悪果大怨礼」
ジャン・アンリが喋っている間に、Aの騎士は呪文の詠唱を終えた。黒い光の奔流とも呼べるものがAの騎士より、ジャン・アンリに向けて直線状に放射される。
その術の威力は、虫達が張る魔力の防護壁では間に合わず、例え間に合ったとしても防ぎきれないであろうと、ジャン・アンリは一目見て判断した。すぐさまその場を飛びのく。虫達も飛びのく。
二匹の虫が逃げ遅れて、黒い奔流に飲まれ、体の大部分を消し飛ばされて絶命した。
「ふっふ~ん♪ これは千載一遇のチャンスだな。K&Mアゲインとの猛者と交戦中のAの騎士、K&Mアゲインと共闘する格好で攻撃すれば、Aの騎士を仕留めることも出来そうじゃねーか?」
ジャン・アンリとAの騎士の戦いを見て、マグヌスがほくそ笑む。
「管理局にとって不俱戴天の敵を討つ好機だぜ。逃す手は無い。ア・ハイ群島に築いた俺達の足場を台無しにしてでも、やる価値はある」
「無理に手出ししない方がいいって、この前は言ってたじゃんよ……」
マグヌスの台詞を聞い、て突っ込むスィーニー。
「ふっ、女にはわかんねーだろうなあ。男ってのは、言うことがころころ変わるものなのさ」
「そうなの? それは男も女も変わらないような……」
「んがふふ!」
ミーナがンンガフの方を向いて問うと、ンガフフは首を横にぶんぶんと大きく振った。
(ユーリが見ている前で正体を明かせっていうの? 冗談じゃない)
スィーニーは手出しをしない事に決めた。
「私は拒否します。管理者メープルCより直々に、ターゲットM監視の任を与えられている身ですから。そのターゲットMが目の前にいる状況で、正体は明かせません」
「ああ、お前はしょーがないな。手出しせず離れていろ」
マグヌスはスィーニーの不参加を認めた。
「かかれ! お前等! Aの騎士を討て!」
マグヌスが叫び、教会の僧に扮した管理局の戦士達が、一斉にAの騎士へと殺到する。ミーナとンガフフも続く。
「あれれ? どういうことだろうねえ。僕達と戦っていた教会の人達が、僕達に味方しだしたよう?」
その光景を見て、シクラメがおかしそうに笑う。
Aの騎士がさらに呪文を唱える。Aの騎士の周囲に、夥しい数の小さな光の明滅が現れる。それは緑色で、三日月状に上から下へ光っては消えていく。
「人喰い蛍」
三日月状の光滅が一斉に放たれた。百以上はある光滅の全ての軌道が異なる。直線的に飛ぶものもあれが、大きく弧を描くものもある。速度も異なる。まるで一つ一つが意思を持っているかのようだ。
管理局の戦士が全身を小さな光滅に貫かれ、倒れていく。ンガフフも足に二発食らって倒れた。ミーナは全て回避することに成功したが、Aの騎士と距離を置く格好となった。
(ああ……あの死体はこうやって作られたんだ……)
穴だらけになって果てた管理局の戦士の亡骸を見て、スィーニーはかつてAの騎士の襲撃現場で、同様の死体の処理をしたことを思い出す。
「マジかよ……」
呆気なく殺された同胞を見て、慄くマグヌス。
「では、横から手出しをするタイミングが悪かったと言っておこう」
ジャン・アンリがマグヌスを一瞥して呟いた。
「捻くれ坊主」
巨大なバネのようなものが出現して、Aの騎士はそのバネの内側に入る格好となる。バネは肉のような材質だった。いや、実際肉だ。その肉は衣服を身に着けており、情報にある先端には、歪な顔のようなものも見えた。ようするに、人間が巨大化かつ長大化して、バネ状になった存在が現れたのだ。
(シモン先輩が身に着けているような服)
肉のバネが纏う衣服を見て、ノアは思う。
(ふんっ、もう隠す気も無いようだね)
ミヤがAの騎士を見て小さく息を吐く。Aの騎士が用いる術を、ミヤは知っていた。
肉バネが大きく跳び、落下する。落下地点にはジャン・アンリの使役する虫達が三匹いる。二匹は回避したが、一匹は潰された。
「あんな魔術見たことないな」
Aの騎士の術を見て、ユーリが言う。
「あれは東方魔術。向こうでは妖術というらしいけど、昔見たことがある」
と、ノア。
「ふん、シクラメは手出しせずか」
少し離れた所にいて、見物モードに徹しているシクラメを見て、ミヤが鼻を鳴らす。
(あいつが手出しするようなら、儂も黙って見てはいられなくなるね)
ミヤは常にシクラメの動きを意識し、警戒していた。
「中々ユニークだなと称賛していいか? ユニークは称賛か?」
ジャン・アンリが呟き、呪文を唱えた。新たに虫が数匹召喚される。Aの騎士に殺された分を補充した格好だ。
「あのテントウムシが一番手強いぞ。わかっているだろうけどね」
ミヤがAの騎士に届く声で言う。
「あれは魔法使いか」
絶望の表情をした女性の顔が胴体に張り付いている巨大テントウムシを見て、Aの騎士が呟く。
「新緑の魔女アデリーナという名があるのだ、と言っておこう」
ジャン・アンリが言った直後、テントウムシが魔法を発動させる。少し遅れて、他の虫達も呪文の詠唱を終え、魔術を行使する。
細いビームが、空気弾が、黒いスパークが、複数の氷雪の刃が、不可視の魔力塊が、片栗粉の嵐が、黄緑の炎の帯が、地面から突き出す木の根が、ありとあらゆる攻撃がAの騎士に降り注いだ。
Aの騎士はそれらの攻撃の回避、もしくは防御を試みたが、全て凌ぐことは敵わず、次々と攻撃をその身に受けて、やがてうつ伏せに倒れる。
「相変わらず手数の多さがヤバい」
「魔術師十人以上と魔法使い一人と、同時に戦闘していることになるからね」
ノアとユーリがジャン・アンリの猛攻を見て感心する。
「ふむ。君のその姿、中々絵になるという事にしておこう」
鎧のあちこちが破壊された状態で、ゆっくりと身を起こすAの騎士を見て、ジャン・アンリは顔の前で筆を立てる仕草をとりながら、そんな台詞を口にする。
「んがふふ!」
その時、脚の傷を癒したンガフフが立ち上がり、呪文を唱え始める。
「そうね。今の台詞はわかったわ。今度という今度こそ好機」
ミーナがンガフフの声を聞き、Aの騎士を見据えて構える。
ミーナはAの騎士に再び攻撃しにいくことを意識した瞬間、激しい恐怖に襲われ、躊躇した。
(これは……無理。私一人ではとても勝てない相手。でも……やらなくちゃ!)
しかしその恐怖を飲み込み、戦意を奮い起こす。
ンガフフが攻撃魔術を用いる。副数の呪いのお菓子がAの騎士に飛来する。
Aの騎士は剣の一振りで、呪いのお菓子を粉微塵にする。
呪いのお菓子に注意が向いた隙を突き、ミーナが再びAの騎士に突っ込んでいく。
(ふむ。よい連携となっているということか? 彼等が攻撃しているこの間に、次の呪文を唱える余裕が出来た)
Aの騎士に仕掛けるンガフフとミーナを見て、ジャン・アンリは思う。
ミーナが手をかざす。掌の中心が開き、透明の太い長針が伸びる。
透明の長針は途中まで直線状に伸びていたが、Aの騎士に迫った所で、波打つようにして曲がりくねった。
Aの騎士が針に気付いて剣を振るう。しかし針は切れることも消し飛ぶことも無く、まるで突風に吹き飛ばされる紙切れのように、一瞬大きく軌道を変えただけだった。
吹き飛びかけた針がさらに伸び、とうとうAの騎士に辿り着く。甲冑の隙間へと潜り込む。
この魔道具を暗殺用として多用してきたミーナであったが、正面からの近接戦闘でも役に立つ。防御も回避も困難なこの伸びる透明針を使って、数々の成果を上げてきた。
甲冑の隙間に潜り込んだ透明針が、いよいよAの騎士の体に突き刺さり、その体内にまで及ぼうかとしたその時――
「黒蜜蝋」
Aの騎士がぽつりと呟き、術を発動させる。
「え……?」
魔道具の反応が消えたことに、ミーナは愕然とした。使用者の意思で自由に伸び、曲がる透明針が、動きを完全に止めてしまった。
見ると透明だった針が、黒く変色しつつある。鎧の隙間に潜った部分から浸蝕するかのようにして、黒い変色部分が伸びてきて、ミーナの手元まで迫る。
危険を感じ、ミーナは掌の中から透明針を完全に射出して、手放した。
落下した透明針を見て、ミーナはぎょっとする。針に目がいっていて、気が付かなかった。黒い影のような物が地面を滑り、自分に向かっていたことを。
影のようなものがミーナに触れた瞬間、ミーナは両足の感覚を失い、転倒した。
混乱しながらミーナが足を見ると、両脚の膝から下が真っ黒に変色している。おまけに質感もおかしい。靴とズボンも含めて、蝋のようになっている。
倒れて動けなくなったミーナにとどめを刺すべく、剣を振るおうとするAの騎士。
「んがふふ!」
ンガフフが倒れたミーナに駆け寄り、ミーナを助けようとする。走りながら呪文を唱えている。
「一緒に殺されるだけじゃんよっ」
見物に徹しているつもりだったスィーニーも、見ていられず、ンガフフとミーナを助けるために、呪文を唱えながら二人の元へと駆け寄る。
Aの騎士が飛ぶ斬撃を放つ。スィーニーとンガフフは同時に呪文を唱え終え、魔力の防護壁を完成させていた。
二重の防護壁が飛来してきた斬撃を防いだが、防護壁は二つとも砕け散った。
(スィーニーが危ない)
ユーリも黙って見ていられなくなり、Aの騎士がまたスィーニーに攻撃した際、魔法でガードできるように身構えた。隣にいるノアも同じことを考えているようで、警戒の構えを取っている。
ジャン・アンリの虫達が呪文を完成させて、再びAの騎士に魔術攻撃のラッシュを見舞わんとする。
しかしそれらの攻撃は全て阻まれた。空間が大きく歪み、全ての攻撃が上へと逸らされて、空高くへと飛んでいく。
「ふむ。今のは……彼の防御ではないと見ていいか」
ジャン・アンリがAの騎士を見て呟く。Aの騎士が今の防御を行った気配が感じられなかった。別の者が発動させた力で護られたと感じた。
実際Aの騎士が行った防御ではなかった。そしてAの騎士は誰の仕業か気付いていた。自分を護った者の方へと顔を向ける。
「はあ~……この騒動、全て儂が原因とも言えちまうね。ああ、嫌だ嫌だ……」
Aの騎士と視線を合わせる格好になったミヤが、気怠そうに言った。
「師匠?」
「教会も、盲神教も、K&Mアゲインも、そして西方大陸の連中も、儂のために振り回されているようなもんさ。ま、直接的な原因は、あいつだけどさ」
訝るユーリの前で、自分だけ理解している台詞を呟きながら、ミヤはAの騎士を見据えた。
「やれやれだね……。その姿、その暴れ方は、お前と、かつての儂の怒りを体現しているかのようだよ。お前はまだ、儂の怒りと憎悪を引き継いだ気でいるのか?」
ミヤのその台詞は、側にいるユーリの耳には届いていなかった。ミヤが魔法で届かないようにしていた。しかし確かに声に出して、視線の先にいるAの騎士の耳にだけは伝わるようにしていた。
「お前の怒りはまだ消えていないというのかい?」
ミヤがさらに問いかけたその台詞は、今度は皆に聞こえていた。これ以上は隠す必要も無かった。
「ええ? ディーグルよ」
ミヤが口にした名を聞き、Aの騎士は戦意を失ったかのように、フランベルジュを下ろした。




