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23-6 三百年生きた猫が問う「誰得?」

 それはまだスィーニーが工作員になって間もない頃の話。


「麒麟の宮の任務にあたっていた部隊が壊滅したらしい。反管理局勢力も全員取り逃したそうだ」

「壊滅? マジかよ。どうして?」

「担当の部隊は急ごしらえではあったが、それなりに精鋭が集められていたと聞きましたよ」

「現場にAの騎士がいて、交戦したそうだ」


 先輩にあたる同僚達がAの騎士の被害を喋っていた。


 その翌日、さらにAの騎士が出没し、管理局の重要施設を襲撃したという報告が入った。そしてスィーニーは施設の後始末のために、現場に駆り出された。


 そこでスィーニーが見たものは、地獄の光景だった。何十人もの管理局の兵と局員が、様々な殺害方法で惨殺されていたのだ。切断されて殺された者もいれば、体中に小さな穴を穿たれて死んだ者、上半身を吹き飛ばされた者、潰されてぺちゃんこにされて床に張り付いた者、全身が黒蝋化した者など……。


「Aの騎士一人の仕業らしい」


 そんな呟きが聞こえて、スィーニーは戦慄したものだ。


 その後も、Aの騎士関連の話は幾度か聞いたことがある。赤と黒の二色で彩られた鎧で身を包んだ姿で現れ、剣と術を駆使する等の話を聞いた。


 正直関わりたくないと恐れていたスィーニーであった。


 あれから成長した今も、スィーニーの中にAの騎士への恐怖はある。しかし今のスィーニーにはそれ以上に、任務を遂行する強い意思がある。例えAの騎士絡みの事件だろうと、逃げ出すという選択肢は思い浮かばない。


***


 盲神教のデモ隊と教会が乱闘になった日の夜。スィーニー、ミーナ、ンガフフの三名は、マグヌスの元に報告に赴いた。


「ふっふ~ん♪ まー……えらいことになっちまったもんだな。いや、面倒なことになったと言い直すか」

「んがふふ!」


 緊張感の無い口調で言うマグヌスに、ンガフフが何か言う。


「俺も抑えようとしたんだが、駄目だった。すまん」

「不可抗力ですよ。お気になさらず」


 マグヌスが謝罪し、ミーナが社交辞令を口にする。


「ターゲットMに救われる形になるなんてね」


 スィーニーが皮肉げに呟く。


「全くだ。しかしあれは何であそこにいたんだ? 理由があったとして、その理由はわかるか?」

「弟子に教団を探らせていました。彼女は彼女で、盲神教に興味があったようです」


 マグヌスが口にした疑問に、スィーニーが答える。


「そうか。探る理由が何であるかまでは聞けなかったのか?」

「弟子曰くそれは喋れないとのことです」

「そうか。スィーニーは、ターゲットMの弟子達と信頼関係を築いているんだったな。それならその繋がりを大事にした方がいい」


 スィーニーに向かってにっこりと笑うマグヌス。


「教会との対立姿勢がはっきりしてしまった。そして教会にも盲神教にも注目が集まっている。我々はあくまで関係性を探るための調査をしているというのに、このような状況は頂けないな。最悪、我々の存在が明るみになるという事態すら起きかねない」

「んがふふ!」


 ンガフフが発した一声に、マグフスが一瞬険しい顔になり、スィーニーも憂い顏になる。


「何と言ってるの?」


 ンガフフとは付き合いが浅く、言語もわからないミーナが問う。


「盲神教に潜む反管理局勢力とAの騎士の狙いは、正にそれなんじゃないかって。教会に西方大陸の工作員が巣食うことを明るみにしようと、誘導しているんじゃないかって」


 スィーニーが通訳する。


「そもそもどうやってア・ドウモの勢力が教会に潜っていると、知ったのかしら? 西方大陸の工作員達でさえ、教会にア・ドウモが深く関与している事は知らなかったのよ」


 ミーナが疑問を口にする。


「集団が関わる中で、完璧な秘密など保つことはできない。人の口に戸は立てられない。ま、今はその疑問は置いておくぜ。とにかく、俺達が必死こいてこの国で足場を築いているってのに、最悪の相手にその事実がバレてしまい、しかもそれを明るみにされるなんて事は絶対に避けてーな」


 マグヌスは神妙な顔つきになって、口ひげをいじりながら思案する。


「どうやって明るみにするのでしょう?」

「ただ吹聴するだけでも効果はある……かな?」


 ミーナが疑問を口にし、スィーニーが言った。


「教会に西方大陸の工作員が紛れているという噂を流すという事か。こっちからすれば喜ばしくない事態だな。やりにくくなる。しかし決定打になるわけじゃねーし、俺が向こうの立場なら、そんなあやふやな事はしない。我々が完全に活動できなくなるくらいのことをしてやろうと考えるな。ましてやあのAの騎士が関与しているとあれば、尚更だ」


 スィーニーの発言を受けて、マグヌスが語る。


「俺は司教補佐という立場があるが故、行動の範囲が狭められる。立場を利用する事ももちろん出来るが……」


 自分の存在が目立ってしまうし、今日かお偉いさんという立場で事態に当たらなくてはならない事は、優位にも働くが、面倒な事態にもなりかねないので、悩ましく感じるマグヌスであった。


***


 夜。ミヤの家にて、ミヤ、ユーリ、ノアに、黒騎士団長ゴートを加えた四名で、盲神教と教会の衝突の件に関して話し合っていた。


「師匠、何でンガフフのお菓子貰わなかったの? 美味しいのに。あれ、ンガフフの手作りなんだよ。変な包装もンガフフの手作りだ」

「そんな話は今いいよ。後にしな」


 ノアの問いをすげなく突っぱねるミヤ。


「今日のデモ行進、最後は面白かったけど、歩いてる時は苦痛だった。あんなの何が面白いわけ? あれで一体感でも感じてるの? 俺には理解できない。人生の中でとても無駄な時間を過ごした感が強い。あんなことに時間費やすなら、お花畑の花の中にいる小さな虫でも観察していた方がマシ」


 ノアが昼間の盲神教の不平を口にする。


「僕も何がいいのか正直わからないけど、面白いことをするのが目的じゃないと思うよ。それに盲神教の人達の何人かは真剣だった」


 ユーリはあのデモ行進の中で、盲神教の信者の中に、教会に対する並々ならぬヘイトを抱いて参加している者が何人かいるように見えた。


「キナ臭くなってきたし、今回の件は私の我儘みたいなもんだ。もう盲神教の調査はしなくていいよ。後は儂がやっておく」

「えー? せっかく面白くなってきた所なのに、つまらない」


 ミヤが言うと、ノアが不満げな声をあげる。


「そうですよ。スィーニーも関わっているし、もう少し調査させてください」


 ユーリも訴える。


「ま、お前等が乗り気なら、留めなくてもいいか。しかし儂も何もしないでいるわけにはいかないね」


 ミヤはゴア・プルルを意識していた。


「教祖のゴア・プルルさん、師匠の背後に回っていましたね。師匠もびっくりしていた様子でしたし」


 と、ユーリ。


「うん、あれはレアな表情だった。こんな顔してた。ぎゃぱっ!」


 思いっきり気色悪い表情を作るノアに、ミヤの念動力猫パンチが飛ぶ。


「儂の真似して変顔するんじゃないよ。第一そんな気色悪い顔、誰がするか。ポイントマイナス2」

「また殴られたうえにポイント引かれた。ひどいよ師匠」


 頭を押さえて抗議するノア。


「ゴア・プルル。あの人は何者なんでしょう」


 ユーリもゴア・プルルが只者ではないと感じている。


「儂はそれを知るためにお前達に調査をさせていたけどね。確信は無いが――正体の候補が絞れてきたよ。まあ、確信しているわけではないから、言わないでおく」


 と、ミヤ。しかし言葉とは裏腹に、ミヤはこの時点で、ゴア・プルルが何者であるか、ほぼ確信していた。


(正体の候補が絞れてきたってどういうことなんだろう? 師匠が知る強者ってことなのかな?)


 ミヤが警戒している時点で、シクラメ、ジャン・アンリ、あるいはブラッシーやアルレンティス級の者なのではないかと、ユーリは勘繰る。


「ミヤ殿のおかげで衝突を止める事が出来ました。治安維持という観念からも、我々黒騎士団はミヤ殿に公式な場で功績を称え、感謝を表明するつもりでいますが」

「面倒だしいらないよ。そんなもん」


 ゴートが言うも、ミヤはにべもなく断った。


「そう仰ると思いました。しかし現状ではそのような運びにした方が、ミヤ様にとっても都合がよろしいのでは? 教会もミヤ様に借りが出来る格好になりますぞ?」

「それも踏まえたうえで面倒だと言ってるんだよ。教会だって馬鹿じゃない。儂に貸しを作ってしまったと意識はするだろうさ。それをわざわざ公にアピールしなくてもいいだろう。教会はそんなことをしてほしくないと考えているし、儂もそんなのはごめんなんだよ。じゃあそのアピールは誰にとって得になるんだい?」

「ん……むむ……そ、そうですね……」


 ミヤの理屈を聞き、ゴートは呻きながら引き下がる。


「俺はゴートさんの言う通りにした方がいいと思う。表彰台に立って、感謝状を受け取る師匠の姿を見てみたい。先輩も誇らしいと思うよね?」

「う、うん……まあね……」


 思ったことを口にするノアに、ユーリもその構図を頭の中で思い浮かべながら頷いた。


***


 盲神教本拠地。


 盲神教の信者達はテンションが高めだった。今日のデモと衝突で、ついに教会に一杯食わせてやったと、そういう受け取り方をしていた。

 しかし幹部達は、一気にテンションを引き下げられることになる。


「我はそう遠くないうちにこの教団を去ることになる。次期教祖――後継者はミッチェル、其方としよう。皆はミッチェルを支えてやるように」


 幹部全員を集めて、ゴア・プルルは厳かな口調で告げた。


「そんな……教祖様……」

「どうしてそのようなことを突然に……」

「今教祖様がいなくなっては、この教団は……」

「ぷにぷにっ」


 青ざめた顔で、口々に不安を口にする幹部達。次期教祖に指名されたミッチェルも、顔色を失っている。


「この教団の骨組はもう完成された。我がいなくても大きくすることは出来る。維持する事もな。そして我のもう一つの目的も、もうすぐ叶う」

「もう一つの目的? それは何でしょうか?」


 気になる台詞を口にするゴア・プルルに、ミッチェルが尋ねた。


「我は教団をそのために利用した。教会に潜む悪を討つためにな。教会はその者達にいいように利用されていると、我は見ている」


 ゴア・プルルが朗々たる口調で語る。


「教会自体も悪ですよ」


 幹部の一人が訴える。


「教会を遥かに上回る巨悪がある。我はそれを討つ。これ以上は言えん」


 と、ゴア・プルル。


「教会より凄い悪って……」

「私にとっては教会こそが最大の悪です」

「そうですよ。僕は教会のせいで家族も仲間も失い……」


 盲神教の初期メンバーや幹部は、教会に迫害された新興宗教の者達で、教会に対する敵愾心が非常に強かった。


「ならば其方等が教会を討つべし。もう一度言う。我は教団の骨組を組み立てた。あとは其方等次第」


 幹部達の訴えや不満や不安を聞いても、ゴア・プルルの決定は覆らなかった。

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