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22-5 蓋を開いて、残酷な真実を露わにしてみる

 鬼の名に恥じず、彼は物心ついたころから怒りに満ち溢れていた。

 ふとしたことで、頭の中の怒りのスイッチが押される。怒りは破壊と殺戮への衝動へと変わる。そこに生き物がいれば必ずといっていいほど殺す。

 彼は自身に疑問をもたない。そういう存在として生まれたのだから。


 ある日、そんな鬼に転機が訪れる。


「人々に迷惑かける悪しき鬼よ! 吾輩が討伐してくれん!」


 一人の術師が鬼の前に現れ、朗々と宣言し、戦いを挑んできた。


 これまで鬼を退治せんと、幾度も腕利きの剣士や術師が挑んできたが、強力な術を行使する鬼は、尽く返り討ちにしてきた。しかしその術師は、これまでの者達とは段違いの実力を有していた。

 鬼の攻撃は一切通じない。戦いとも呼べない一方的な蹂躙。文字通り成す術無く、気が付いたら鬼は味噌まみれになっていた。


「吾輩のみそ妖術で、お主の邪悪な心を浄化してやろう。そして穏やかで優しい心の持ち主に生まれ変わるのだ。これぞ味噌転生!」


 宣言した祈祷師は鬼を捕縛して連れ帰り、様々な実験を施した。


 術によって鬼の心は変わった。優しくなった。

 しかし術は完璧ではなかった。怒りのスイッチが入らなくなったわけではない。相変わらずちょっとしたことで怒り、そして壊し、殺す。それは治っていなかったのである。


 鬼を討伐した祈祷師はその事に全く気付かず、鬼を改心したものだと信じ込み、村の労働力とさせた。村人達も鬼を頼りにした。鬼が衝動的に人を殺しては、こっそり証拠隠滅している事にも、祈祷師は全く気付いていなかった。


***


「そこな化け猫、改心できていないとはどういうことだ?」


 祈祷師が目を剥いて、ミヤに問いかける。


(この人、師匠が猫に見えるんだ)


 祈祷師の発言を聞いて、彼がイレギュラーであることを改めて認識するユーリ。絵本世界の住人の多くは、ミヤを猫として見ずに、人として認識する。絵本世界には基本的に、喋る動物はいないものとされている。稀にいることもあるが、それは極めて特別な存在とされている。


「ふん、言葉通りだよ。お前は術で鬼を改心させたと思い込んでいるようだがね、実際はそうじゃない」


 ミヤが冷めた視線を祈祷師に向け、冷めた声で話す。


「鬼は酷い癇癪持ちで、カッとなって人を殺しているんだよ。そして術を用いて巧みに証拠隠滅している。目撃者の記憶を消して回っている。だから行方不明者にも気付かない。でもね、目撃した村人全ての記憶は消しきれていない。鬼が見逃した目撃者達が、他の村人には内緒で儂等に依頼したってわけさね」

「何だと……。にわかに信じがたい話だが……」


 祈祷師が鬼の方を向くと、鬼は今にも泣きそうな顔をして頭を抱えている。


「違う……ボクチンは何も悪くない……。何も悪いことはしていないっ」


 半泣き声で呟く鬼。その反応を見て、祈祷師も村人達も、ミヤの言葉が正しいことをほぼ確信した。


「お前がいくら自分が犯した罪から目を背けようと、お前が罪を犯した事実は変わりはしないよ。そしてお前に殺された者も、確かにいる。お前に殺されるまで生きていた。お前に殺されて死んだんだ。お前に殺されるなんて思ってもいなかったろうし、死にたくも無かったろうさ。それをお前が奪ったんだよ。怒りを抑えられない悪鬼に殺されたんだ」


 嘆く鬼に、ミヤが容赦のない言葉をぶつける。


(師匠、何だか凄く怒っている?)


 一見淡々としているミヤに見えたが、一方で冷たい怒りに支配されているように、ユーリの目には映った。


「何だ? 何事だ?」

「鬼さんと祈祷師殿、それにこの方達は?」

「鬼さんの様子が変だぞ」

「おーい、ちょっと来い。何か揉めてるみたいだ」


 いつの間にか村人達が集まってきていた。たまたま通りかかった村人が足を止め、さらなる村人を呼び、人だかりの数を増やしていった。


「違う! それはボクチンのせいじゃない! ボクチンだって誰も殺したくなかったもんね! ボクチンを怒らせる方が悪いんだあ!」


 逆切れして喚き散らす鬼。


「罪には罰が必要だ。無念を晴らすためにも。因果の応報のためにも。公平な裁きのためにも。罪人自身を救うためにも、償いが必要だ」


 凍り付くような眼差しで鬼を見ながら、ミヤが言い放つ。


「お前が犯した罪。お前が隠した罪。全て白日の下に晒してやるよ。そして思い出させてやる。お前が村人達から奪った記憶。そして――知らしめてやるよ。お前がしてきたこと全て。お前が何を奪ったのかも。お前に何を奪われたのかも。お前が仲良くしている村人達に、お前を優しい鬼だと思っている村人達に、全て教えてやる」


 冷徹な口調で告げると、ミヤは魔法をかけた。


 村の中の全体にミヤの魔法が及ぶ。村に残った過去の記憶が、魔法によって呼び起こされる。そしてミヤ達や鬼や村人達の前で、無数の映像となって現出した。

 ミヤの魔法で掘り返された記憶映像――鬼が子供や村人を殺す場面を見て、村人達は仰天した。


『ボクチンは悪くないっ。ボクチンを怒らせたこの子が悪いなんだもんねー』


 映像の中の鬼が喚いている。


「やめろ……やめろ……。皆信じないで。これは嘘だじょー。偽物の映像だじょー」


 鬼が力無い声で訴える。


 次から次へと映像が変わっていく。何人もの村人が殺されていく。


『あー、面倒臭いっ。また村人の記憶消していかなくっちゃ』


 そして殺人を行った後、鬼が証拠隠滅していく様も映された。


「師匠……これは……」


 ミヤが鬼の悪事を村人達の前で映像化して暴露した事に関して、ユーリは顔をしかめ、非難気味の声をあげかけた。しかしすぐに口をつぐむ。


「ミヤ殿、いくらなんでもこれは残酷ではありませぬかっ」


 一方でゴートは己の意見をはっきりと口にする。


「いいねえ。師匠。そんな一面もあったんだ。ポイントプラス38あげる」


 一方でノアはにこにこ笑いながら、ミヤを好評化していた。


「今は黙ってな」


 ミヤがゴートを一瞥して、ぴしゃりと告げる。


「やはりそうだったのか」

「こんなに何人もの村人を殺して……それで優しくて善良な鬼の振りをして、我々と接していたとは……」


 村人のうちの二人が言った。


「皆聞いてくれ。この人達は私達が依頼して呼び寄せたのだっ」


 村人の一人が声をあげる。


「鬼は殺した村人の記憶を、全ての村人から消したわけではない。周囲の人間からだけ消した。そのせいで俺達のように、記憶消去の取りこぼしが何人かいたんだ」

「俺達は不思議だった。村人の一人が消えているのに、その家族が消えた事実を知らない。元からいなかったように振舞っている」

「そうした者達同士で集まり、鬼が怪しいと思って見張っていた。そして殺人の現場も捉えて、この人達に鬼退治を依頼した。まさか退治するより先に、真相を暴いてくれるとは思っていなかったが……」

「おそらくこの中にも、私達のように、記憶を消し損なわれた者がいるんじゃないか?」


 依頼者の村人二人も、ミヤの尻馬に乗る格好で真相を暴露していく。


「皆でよってたかってボクチンをいじめる気かー!? 許さなーい! そんなの許せなーい! そんな酷いことをする奴等は、殺されても仕方ないもんねーっ!」


 鬼が激昂し、依頼者の村人二人に向かって飛びかかる。


 依頼者二名が恐怖に顔をひきつらせたが、鬼は空中で逆方向へと弾き飛ばされ、大きく吹っ飛んで地面に落下した。


「儂が相手になるよ。そんなに村人を殺したければ、まず儂を殺してからにしな」


 倒れている鬼の顔のすぐ真横に転移したミヤが、間近で鬼の顔を覗き込み、余裕に満ちた口調で言い放つ。


「ぐおおおおっ! 猫の分際でボクチンを舐め腐りやがってええぇーっ!」


 鬼が怒声と共にミヤめがけて腕を振るうが、ミヤは後ろに跳んで、鬼の攻撃を軽々とかわす。


 ミヤが至近距離から無数の光弾を放つ。全ての光弾が鬼に当たる。


「痛い痛い痛いっ! 何するんだよーっ!」


 鬼がさらに怒り、立ち上がってミヤに襲いかかる。


(今の攻撃を全て受けて、まだ立てるのかい。大した頑丈さだ。ふん、これなら手加減しなくてもいいかもね)


 転移して距離を執ったミヤが思う。


 巨大な肉球マークが地面につく。鬼がその肉球の中心でうつ伏せに倒れ、地面にめりこむ。ミヤが念動力猫パンチを放ったのだ。


「ぐぬぬぬぬ……」


 鬼が呻きながら立ち上がる。


「ふん。これでもまだ潰れないか」


 感心するミヤ。


「凄い。生きている」

「再生してるね。力を再生に回している。つまりこれって……」


 ノアとユーリが鬼を見て言う。


(つまりこれは、魔法使いの再生能力と同じ原理だね。しかし……)


 魔法使いはダメージを受けても、己の魔力で肉体を維持し、なおかつ再生する。魔力がある限り、魔法使いを仕留めるのは容易ではない。つまり鬼もそれと同じ原理で、わざわざ呪文を唱えるなどの行為無しで、魔力で再生が出来ることを、ユーリとミヤは見抜いていた。

 しかしミヤの念動力猫パンチは、単なる強烈な一撃というだけではない。魔力の強制霧散放出効果も付与されているので、魔法使いにとっては途轍もなく厄介な攻撃であり、鬼がそれをまともに食らったのであれば、魔力も相当失われているはずだが、鬼は瞬時に再生して立ち上がった。内在する魔力の量がかなり膨大であるという事だ。


「にゃんこえおえおぉぉおおぉ!」


 怒りの咆哮と共に、ミヤに突っ込む鬼。


(強い力を持っていても、こうも単細胞ではね)


 ミヤが溜息混じりに、鬼に向かってカウンターを見舞おうとしたが、寸前で攻撃を中断し、その場から飛びのく。


「みそジャベリン!」


 祈祷師の声と共に、茶色い槍状のものが高速で飛来し、ミヤがいた場所に突き刺さっていた。


「みその槍かい……」


 ミヤが祈祷師を見る。


「吾輩は鬼につく! その鬼を殺させはせん!」


 祈祷師が高々と宣言する。


「この鬼の責任は吾輩の責任! 故に吾輩が護る!」

「責任なら自分の手で始末つけるべきじゃないの? それなのに護るってどういうことさ……」


 祈祷師の発言を聞いて、呆れながら指摘するユーリ。


「何を言われても吾輩はこの鬼が可愛い! 愛着がある! そんなダークな面は知らなかったしな!」

「ふむ……」


 悪びれずに言い放つ祈祷師の台詞を聞いて、ミヤは神妙な表情になった。


「ユーリ、ノア。そいつの相手をしな。だが油断するんじゃないよ。かなりの実力者だ」

「はい」

「合点」


 ミヤに命じられ、ユーリとノアが祈祷師相手に構える。


 先にユーリが仕掛けた。魔力を小さな針状にして大量に飛ばす。爆破式魔力凝縮針だ。


「みそウォール!」


 祈祷師が叫ぶと、みその壁が伸びあがり、ユーリの針を防ぐ。みその壁に当たった針が次々と爆発する。


 連鎖爆発が終わった後も、みその壁は壊れていなかった。ユーリの攻撃は完全に防がれた。


(今の攻撃はかなりの力があったのに……)


 本気で繰り出した攻撃がいともあっさり防がれた事に、ユーリは舌を巻く。


「みそゴーレム!」


 祈祷師が叫ぶと、みその壁が変形して、手足がすらりと伸びた、妙にスマートなゴーレムと化した。


 みそゴーレムが軽やかなステップを踏み、ユーリとノアに向かっていく。


 ノアが重力弾を放つ。みそゴーレムがうつ伏せになって倒れる。


「やるな! しかしみその力はこの程度ではないぞ! みそがあれば何でも出来る!」


 祈祷師が力を集中させる。


「みそメテオ!」


 無数のみその塊が雨あられと、ユーリとノアに降り注ぐ。


 ユーリは魔力を傘状に展開して、これを防ごうとしたが――


「うわっ!」


 思わず悲鳴をあげるユーリ。味噌玉はいともたやすくユーリの魔力の防護傘を貫通し、ユーリの体を貫いたのだ。


「ふざけているようで、かなり強いね、この人」


 ノアが祈祷師を見て言った。ノアは降り注ぐみそ玉に対し、魔力の壁でガードするより遥かに魔力を消耗すると承知のうえで、転移して避けていた。


「サユリは相変わらず手伝ってくれないんだね」

「当たり前でして。サユリさんは他人のために無償で何かするなんて、絶対有り得ないのだ」


 ノアの発言に対し、離れた場所に移動したサユリが威張り腐った口調で言い放つ。


「ぐぎぎぎっ! ボクチンは何も悪くないのに、皆してボクチンを悪者扱い……。ふざけやがってー! ボクチンを悪者扱いする奴こそが悪者だじょー! 皆ぶっ殺してやるもんねーっ!」


 鬼が怒声をあげ、ミヤに突っ込んでいく。


「お前は自分しか見てないし、見えないんだね。全くもって救いが無いよ。ふんっ」


 ミヤが鼻を鳴らし、念動力猫パンチを放つ。


「ふんぬーっ!」


 ところが鬼は大きく腕を広げ、ミヤの念動力猫パンチを受け止めた。腕に、頭に、首に、肩に、背中の一部に、凄まじい圧がかかり、さらには力を霧散させてくるにも関わらず、鬼は潰されることなく、膝を曲げつつも膝をつくこともなく、ミヤの攻撃を堪えていた。


「何と……ミヤ殿の念動力猫パンチを受け止める者がいようとは」


 ゴートが呻く。敵ながら天晴とさえ感じてしまう。


「頑丈さに関しては褒めてやるよ。頑丈さしか、お前の見所を見せてやれないのは残念だけどね」


 ミヤがせせら笑い、念動力猫パンチを解除する。


 鬼が荒い息をついてよろめくが、倒れない。文字通りの悪鬼の形相で、ミヤを睨みつける。


「空間歪曲シュレッダー」


 ミヤが奥の手を用いた。鬼の周囲の空間が激しく歪む。


「な……何だこれ……」


 猛烈に不吉な予感を覚えた鬼は、闘気をどこかへ吹っ飛ばし、不安げな面持ちになって、自分の周囲の空間の歪みを見る。


 やがて歪みが極限に至り、無数の空間の断層が発生して、鬼の体をあらゆる角度から切断した。防御不可能な斬撃を立て続けに受け、鬼の体がばらばらになる。


「う……ごごご……」


 ばらばらになったものの、鬼の力はまだ残っていた。少しずつ再生していく。


「ふん。これでもまだ死なないか。とどめを刺せば、それで終わるか?」


 再生していく鬼の体に向かって、ミヤがダメ押しの念動力猫パンチを放とうとしたが、その手を止めた。


 一人の少女が、鬼に駆け寄ってきたのだ。ミヤが見覚えのある少女だ。


「やめてーっ! もう鬼さんをいじめないでーっ!」


 先程鬼と遊んでいた少女チコがミヤと鬼の間に入ると、両手を広げて鬼をかばい、泣きながら悲痛な声で懇願した。

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