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2-5 Save Me

「ユーリ、君は何を想像してるの?」


 戦意も殺気も霧散させて尋ねてくるノアだが、ユーリは油断なく、戦闘態勢を解かない。しかし会話には応じるつもりでいた。


「君達がXXXX(クアドラエックス)なんだよね?」

「馬鹿な質問。それがわかったから、俺達の前に現れたんだろ?」

「じゃあもう一つ馬鹿な質問するね? 君達は何で人を殺し続けていたの?」


 ユーリが微笑んで問う。


(ここだ……)


 この質問をユーリの方からしてくることを、ノアは待っていた。ノアに嘘をつくために。ノアに自分の嘘を信じ込ませるために。


「母さんが、殺しが好きだから」


 正直に答えるユーリ。これはそのままだ。嘘ではない。嘘はこれからだ。


「君が自殺しようとしたのは、君の母さんに、殺しの手伝いをさせられていて、その罪悪感に耐えられなくなったからなのか」


 先程のノアの台詞を聞いたうえで、ユーリはそう判断する。


(やった。やっぱりそう思ってくれていたんだ。大当たり。実に大当たりの馬鹿だ、こいつ)


 笑いそうになるのを必死で堪え、ノアは哀しげな表情を作ってみせる。


「ああ……その通りだよ。ずっと……ずっとこんな生活してきて……。殺すのは母さんだったけど、俺はその手伝いをさせられて……もううんざりだよ」


 ノアは嘘をついた。ノアは一生懸命悲しむ演技をした。演技が上手くいってるかどうか、少し不安だった。


「ユーリ、君はあの公園で綺麗事いっぱい言ったけど、俺に生きる資格なんてあると思うの? 何年もの間、母さんの手伝いを……殺しの手伝いをしてきた俺にさ」


 心にもない言葉を口にしながら、ノアは自分自身をも偽る。殺しに罪悪感を抱く者になりきる。


「殺してよ。俺を。XXXX(クアドラエックス)を殺しにきたんだろ? じゃあその任務を果たしなよ。お互い願ったりかなったりだ。ウィンウィンだ」


 ユーリが自分を殺す事はないとわかっていながら、ノアは自分を殺せと訴える。これは演技過剰ではないかと、喋りながらノアは疑ったが、言ってしまったのでもう遅い。


「殺せよ。俺なんか、誰だって死んだ方がいいと思うよ? 俺もそれは認めている。ここで殺されれば俺もすっきりする。だって俺はこの世界で最低の存在だ。役立たずだ。無能だ。愚か者だ。ボンクラだ。何も無い人間だ。奴隷だ。一切の未来は無いんだ」

「ノア……何言ってるの?」

「何って? 事実だよ。母さんはいつも俺にそう言ってた。そして俺にこう言わせてた。だから……だから……」


 ユーリが怪訝な顔を見せたが、熱を入れて喋るノアは気付いていなかった。自分が嘘だけではなく、いつも母親に言わされていることをうっかり口にしたことも、母親に言わされていたと言ってしまったことも、意識していなかった。


(よし、ここで泣き真似をして、このお人好しの心を掴んでやる)


 そう思った矢先、ノアは自然と涙を零した。


(あれ……? 何でだ? 本当に涙が出てる。うわ……どうして? 俺本当に泣いてる? バカみたい……)


 自分が鳴いている事に驚くノア。


「何これ……? 俺泣いちゃってる……。涙、どんどん出てきて、止まらない。俺……馬鹿だ……。君に向かって色々と吐き出したら、涙が出てきて……」

「ノア……」


 いつの間にか側にやってきたユーリが、ノアを抱きしめる。抱きしめられるまで、ノアはユーリの接近にすら気付かない。


(何だこれ……。凄く温かくて心地好い感触。初めて? いや、覚えてる? 昔、ずっと昔、こんな安らぎに包まれながら、声をあげて泣いていたような……)


 ノアの頭の中で、赤ん坊の頃の記憶がフラッシュバックしていたが、それが赤ん坊の頃の記憶だと、ノアにはわからなかった。


「う……うう……うわあああああっ!」


 ユーリに抱かれて、身も世もなく号泣するノア。抑え込まれ、堰き止めていた何かが溢れ、決壊して一気に流れ出した。そしてノアは、途轍もなく心地好い解放感に包まれていた。


***


 このまま戦い続けても敗北するのは目に見えていると、マミは判断する。


(流れを変えなくちゃね)


 マミはミヤから視線を外し、上空から町を見渡す。上空を戦闘の場に選んだのは、今から使う手のために、町を見渡すためでもあった。


 ミヤが攻撃を繰り出す。


 攻撃の気配を感じとり、マミは魔力でガードしようとはせず、飛翔して回避を行う。


 回避した所で、相手の攻撃は消せないし消えない。魔力弾が追尾してくる。魔法使いは魔力を己の手足のように、呼吸するかのように扱うので、放った攻撃の操作にも長けている。


 マミは地上に向かって複数の魔力塊を放つ。


 ミヤが放った魔力弾の幾つかが、マミに追尾して当たった。マミの体のあちこちが削り取られたが、すぐに再生する。破れた服も復元する。


(何をしておる?)


 地上に向けてかなりの数の魔力をばら撒いたマミの行動を見て、ミヤが訝る。


(まさか……)


 マミが何をしたのか、ミヤはすぐに予測できた。地上に向けて放つということは、そこにいる者を対象にしたと考えた方がよい。そこにいる者ということは即ち、歩いていた町の住民だ。


「うわわわおぉぉおあっ!」

「と、飛んでるーっ!?」

「何じゃこりゃあうあわあうあぅぅ!」


 あちこちで悲鳴があがり、何人もの一般市民が次から次へと宙を舞う。方向は決まっていない。それぞれが不規則に飛び回っている。


 これがマミの仕業であることは一目瞭然だった。それが意味する所が何かも、ミヤは理解できていた。市民達はマミの放った魔力塊に包まれ、その魔力塊の力であちこちに飛ばされている。そしてただ飛んでいるだけではない。


 飛んでいる市民のうちの一人が爆発した。正確には、爆発するようにセットされていた魔力塊が爆発し、包まれていた魔力塊も爆発したのだ。


「おのれ……」


 ミヤが唸り、市民一人ずつ追い回し、魔力塊の中から地上へと転移させ、救出していく。


 一方でマミは、さらに魔力塊を地上へと放ち、夜の町を歩いていた市民だけではなく、屋内の住民まで引っ張り出して空に飛ばしていた。


 ミヤはそれらを次々と救出するものの、飛ばされた市民は、あちこちの方向へとばらばらに飛ばされているので、ミヤの力が追い付かない。何人かは漏らして、爆死させてしまう。


 ある程度の数、時限爆破付き魔力塊によって住民を空に飛ばしたマミは、地上に降り、屋内へと入って逃走を図る。


「何とまあ下衆な手を使うものよ。絶対に許せんわ」


 喉の奥で唸ってから、ミヤは自嘲の笑みを浮かべる。


「ま……儂にそんなことを言う資格も無い……か。儂より悪いことをした者なんて、この世にいないだろうしね」


 独り言ちながら、住民を魔力塊の中から転移させていくミヤ。


 やがて飛ばされた全ての住民を救出すると、ミヤは地上に目を向ける。マミの姿はどこにもない。


「ふん、どこに逃げようと、すでに魔力でマーキングしてある。そしてあの血文字から、お前の生命と魔力と魂の波長を探知して……」


 探知魔法を二重にかける。反応は二つともあった。


 探知先の家の中へと入るミヤ。


 家の中に入り、マーキングによる探知で、波長が発せられる部屋の扉を開ける。


「これは……」


 ミヤが呻いた。部屋に入ると、十歳くらいの女の子の惨殺死体が転がっていた。ミヤによってマーキングされているのは、この死体だ。そして魂と生命と魔力の波長も、その死体から生じている。


(そうか。探知して追跡できんように、どこかのタイミングで、波長の身代わりにしたんだね。しかも身代わりにする代償……いや、触媒として、無関係の一般人を使った。つくづく下衆な奴よ……。そして素晴らしいまでの小賢しさだね)


 ろくでもない真似はするが、頭の使い方と魔法の使い方は鮮やかだと、認めざるをえなかった。


***


 ミヤがユーリと合流する。そこには戦意の無いノアもいた。


「なるほど……幼い頃から、母親に殺人の手伝いを無理強いされておったのか」

「うん。もう殺人から足を洗うためにも、僕達に協力するとノアは言っています」


 ノアの事情をユーリから聞いたミヤは、疑問を覚えていた。


(自分の子を幼い頃から殺人の手伝いをさせるのなら……殺人に抵抗の無い下衆として育てると思うがのう。それなのにこの子は、それが辛くて罪悪感を抱いていて、自殺までしようとした? どうにも妙な話だよ)


 そんな疑問がミヤの中にあったが、ユーリが騙されているようにも思えない。ノアの話が嘘ならば、前日にあった、見ず知らずのノアが自殺しかけた事まで、嘘だったという話になってしまうが、それはもっと妙な話に感じられる。


(母さんの執念が上回っちゃったのか……。いずれにしても悪い結果だ。母さん、ここで生き延びないで、殺されればよかったのに)


 ミヤがマミを逃がした事を知ったノアは嘆息していた。


(でもまだチャンスはある。母さんから俺が解放されるチャンス。俺が新たな世界へと踏み出せるチャンス。そして俺が世界を踏み砕くためのチャンス)


 ノアが拳を強く握り、そこでふと、ミヤが自分をじっと見つめている事に気付く。


「ノアとやら。儂はあんたの母親を見逃すつもりはない。仕留めるつもりでおるぞ。それでも儂等に与するのか?」


 ノアの目をじっと見つめたまま、ミヤが伺う。


「仕方ない。そうするしかない。いつかそうなると覚悟していた。そして今ユーリと相談して、俺はそう決めた」

「儂等がお前も罪に問うとは考えておらんのか?」

「償いが必要なら償うけど、俺に償いを課すのは、ユーリと猫がするの? 魔法使いを罰するなんて、魔法使いにしか出来そうにないけど」


 問い嗄れるミヤに、ノアは悪戯っぽく微笑んでみせる。


(儂等は見逃すと確信して、母親を切ろうとしているわけか……)


 その点に関しては、ノアの企みを完全に見抜いていたミヤである。


「俺は母さんの元に一旦戻る。その方が都合がいいでしょ。向こうに動きがあったら俺が連絡するよ」

「信じておくよ」


 ノアの申し出を、ミヤはあっさりと受け入れた。


「ノアにマーキングは?」

「せん方がいい。この子の母親に気取られる可能性がある。あ奴は恐ろしく抜け目が無い。それよりも、この子を信じてみる方がいいよ」


 ユーリが伺うと、ミヤはかぶりを振って言った。


(信じてくれた? いや、この猫はユーリと違って油断ならない……。気を付けないと)


 ミヤに対して意識しながら、ノアが立ち去る。


「師匠、意外なほどノアをあっさり信じましたね」


 言葉通り意外そうな顔で言うユーリ。


「何か嘘はついているかもしれんが、儂等から逃れるために適当なことを並べ立てた――にしては穴だらけじゃ。あの子が母親の殺人にこれ以上与したくないという事だけは、本心と思える。いや、あの子は自分を縛る母親を切りたいんだろうよ」

「母親を切る……ですか」


 実の母を人喰い絵本によって失ったユーリは、非常に複雑な気分になった。


***


 ノアがマミと合流する。


「遅いじゃないのーッ! しかもちゃんと囮の役目果たさなかったしー! 何やってんのー!」


 マミはノアの顔を見るなり、近くに会った木の板で、ノアの顔を思いっきり殴りつけた。


「おかげで私は逃げるのに苦労して……って……」


 ノアの顔が血塗れになっている様を見て、マミは一瞬呆気に取られる。


「ちょっと! 顔! あんたの顔どうしたの!? 血出てるっ! キーッ!」

(母さんに殴られたんだよ……)


 血相を変えて叫ぶマミに、心底うんざりするノア。しかしそれを指摘してもまたヒステリーを起こすだけなので、黙っておく。


「いくら再生できるからと言っても、顔を傷つけるんじゃないわよ! 顔は大事にしなさいって言ってるでしょ! あんたは他に何も取り得が無いボンクラの無能だけど、顔だけは超一級品なのよ! 世界で一番美しいと言っても過言でない程の美貌なのに! 嗚呼……それをこんな風にするなんて、許されることではないわ! 一体何があったの!?」

「さっきの奴等にやられたんだよ……」


 ふと、ノアはいいことを思いついて、嘘をつく。


「キーッ! やっぱりね! やっぱりそうだったのね!」


 怒りに顔を歪め、金切り声をあげまくるマミ。


「母さん、あいつらを放っておいたら不味いよ。絶対にまた俺達を狙ってくる」


 下手なことを口にしたらますます逆上する可能性もあったが、それでもノアは申し出た。


「こちらから罠にはめて殺そうよ」

「いいわ。それがいいわね。ノアにしてはいいこと言うじゃない。そうしましょ」


 すっかり気を良くしてにっこりと笑うマミ。


(俺の計画、上手くいきそうだ)


 ノアはこっそりとほくそ笑む。


(勇者ロジオのように、勇気を出して……俺はこの糞のような日常を破壊する。そして気に入らないもの全て壊し尽くす。母さん、もうすぐさよならだよ)

二章はここまでです。

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