21-1 猫と弟子と吸血鬼の思い出話
ミヤとユーリはソッスカー山頂平野の繁華街で、ショッピングを行っていた。
「最近調子いいですね。師匠。連日出歩いているじゃないですか」
しかも明らかに軽い足取りで隣を歩いているミヤを見て、ユーリは明るい顔で声をかける。
「儂の調子はいいよ。あまりよろしくないことをしたおかげでね」
皮肉っぽい笑みを零すミヤ。
「え? 何のことです……あ、坩堝?」
問いかけて、ユーリは思い出した。
「それさ。坩堝から力を引き出したおかげで、大分体の調子がよくなったよ」
この方法はミヤからすれば禁忌であったし、ただ寿命を伸ばすためだけであれば、坩堝の封印を緩めてまで、その力を引き出そうとはしなかった。どうしてもあの時、死にたくなかったが故に、断行したのだ。
「もう安心……でしょうか?」
ユーリが恐々と尋ねる。坩堝の力を引き出した後も、ミヤはしばらく咳をしていた。時間を置いて良くなった可能性もあるが、弟子達を心配させまいと誤魔化しているだけかもしれないと、勘繰っていた。
「一時的なもんじゃないか? あまり期待しない方がいいさね。でもまあ、しばらくは元気でいるだろうよ」
「わからん奴だな! お前はっ! 俺達はずっとこの売り方でやってきたんだっ! セット販売だの、広告だの、そんなものに頼るんじゃない!」
ミヤが言った直後、横で怒声が響き、二人は思わず足を止めた。
「あの人は……」
二人にとって見覚えのある人物がいた。ユーリがかつて噛みついた、あの悪趣味な服の豪商だ。ミヤが昔世話をした人物でもある。
今日の豪商は困り顔だった。豪商の前には、威厳に満ちた老人がいる。
「しかし副会長、今の時代でその売り方をしても、儲けに繋がりません。人の気を惹く要素に欠けますし、広告は絶対に必要です。いい物を出せば売れるという、そんな単純な話ではありません。何より値段のお得感が――」
「黙らっしゃい! 小細工に走る必要など無い! 儂は儂のやり方で六十年以上商品を売りさばいてきたっ。いい商品を仕入れるとこに注力しろ。それだけでいい。そうすれば儲かる。儂の経験こそ絶対也!」
悪趣味服豪商が主張するが、副会長と呼ばれた老いた商人は聞く耳持たずといった感じだ。
「年寄りの話は聞くもんだ――と言いたいところだがね、年寄りの話は話半分未満にして聞いておいた方がいいよ」
ミヤが冷めた目で告げた。
「どうしてです?」
「耄碌しちまってるからさ。経験則にこだわって、視野が狭くなっちまってるからさ。大抵頑固になるしね。何より時代に合わせてアップデート出来ていないから、時代の潮流も読めず、全く見当違いのことを言う。アップデートしてないうえでの経験則などあてにして、昔のやり方を振り回されたら、マイナスな事態になりかねん。そんなわけで、年寄りの言うことを真に受けると、酷い目にあうかもしれんよ」
老商人と豪商を交互に見やり、ミヤが語る。
「その……師匠も……」
「儂はちゃんとアップデートを心得ている年寄りだろうにっ。日頃から何を見ているんだいっ。だからこそこういうアドバイスも出来る。ユーリ、お前を誰が育てたと思っているんだ? マイナス1っ」
恐る恐る突っ込んだユーリに、ミヤが呆れと怒りが混ざった声をあげる。
(でも師匠だって結構頑固かと……)
ミヤに自分が頑固者という自覚が無いのだろうかと、考えてしまうユーリであった。
「ま、そもそもアップデートどうこう以前に、経験則にはあまり頼り過ぎん方がいいというのが、儂の考えだがね」
「師匠は経験則に頼って失敗したことがあるんです?」
「あるから言っているのさ。時勢に取り残されている事にも気付かず、自分だけの狭い見識と経験則を振りかざして、全く見当違いのことをやらかして大失敗した事があるよ。そりゃ失敗して当然さね。ま、だからといって経験が役立たないわけでもないけどね。その失敗以来、儂はちゃんと世の潮流も読み、常に情報をチェックし、何かする前にはちゃんと調べる癖をつけたよ」
喋っているうちに、豪商がミヤの存在に気付いて、気恥ずかしそうに会釈する。ミヤは微笑んで軽く尻尾を振った。
「結局行けてないねえ」
再び歩きだしミヤが、話題を変える。
「旅行の件ですか?」
「うむ。お前だけじゃなく、ノアも連れていってやりたいと思っていたんだが。あの子にもいい思い出作ってあげたくてね。まあ、近々検討してみようじゃないか」
「はいっ」
ミヤの言葉を聞き、ユーリは明るい表情で頷く。
それから二人は、『刀傷の安らぎ』という名の小料理店へと入った。
「この店、師匠と来るのは一年振りじゃないですか」
「一年前は……仕事の帰りだったね。昔は小さいお前を何度も連れてきたっけ。お前のお気に入りの店だったけど、最近も来ているのかい」
「ええ。ノアやチャバックとよく来ています。スィーニーと来ることもあるかな」
料理が来るまでの間、何気ない会話を交わす二人。
「そういやスィーニーとの仲はどうなのさ。ちったあ進んでいるのかい?」
「いや……特に……」
嫌な方に話を振ってくると思いつつ、ユーリはそっぽを向く。
「デートしたんだろ? 何カマトトぶってるんだい」
「カマトトって、女の子に言う言葉じゃ……」
「いい子じゃないか。お前に気があるようだし、さっさとくっついちゃいな。ま、シモンの馬鹿みたいなことはしないで欲しいもんだがね」
「先輩がどうかしたんですか?」
興味を覚えて尋ねるユーリ。
「あいつは若い頃はとんでもなく軽薄でね。女泣かせでもあったよ。三人以上の女と付き合って、修羅場になって、儂に仲裁してくれと泣いて頼んできて、しかもそのうちの一人はあいつの子供を身ごもっているって……ああ、話してて頭痛くなってきちまった。確かあの時、シモンにはマイナス四桁つけたよ」
「僕もその話はもう聞かなくていいと思いました……」
ミヤからシモンの話を聞いて、ユーリは苦笑いを浮かべる。
「あら~ん、ミヤ様、ユーリ君とデート~ん?」
と、そこにブラッシーが現れて声をかけてくる。
「ま、そんなもんかねえ」
「えー、そうだったんですかー」
否定しないミヤに、ユーリが微笑む。
「ミヤ様、ユーリ君とよくお散歩するの~ん?」
同じボックスの席に座り、尋ねるブラッシー。
「昔はよく町にも連れ出してやったもんだけど、最近は体を壊して御無沙汰になっちゃったからね。たまには昔みたいにと思ってさ」
「えー、そうだったんですかー」
「同じ台詞繰り返してるんじゃないよ。ところでブラッシー、お前が座っているその席のことなんだがね……」
ミヤがブラッシーの座る座席へと目を落とす。
「え? 何か問題あるの~ん?」
「昔ユーリをこの店に連れてきた時、その席でユーリがお漏らしをしてね。大騒ぎになったよ。しかも大きい方をね」
「あらあら、ユーリ君もそんな頃があったのね~ん」
「ちょっ、師匠っ、僕そんな記憶ありませんっ」
ミヤの暴露話に、ブラッシーはおかしそうに笑い、ユーリは狼狽する。
「まだ儂とユーリが暮らし始めたばかりの頃だよ。五歳だったね。まー、儂が魔法ですぐに何とかしたけど、それでも少しの間、あの辺一帯に臭いが漂って、大変だったね。あの時儂は、自分が魔法使いで本当に良かったと思いながら、魔法で必死に臭いを消し、臭いの元を消し、泣き喚くユーリをあやしたもんさ。そしてこの店の前の店長と、その場にいた客には平謝りだ」
「ミヤ様にそんなことさせるなんて、ユーリ君やるわね~」
「五歳の頃のそんな話をバラされても……」
全然覚えの無い恥ずかしい過去話をブラッシーもいる前でされて、ユーリは憮然となる。
「ブラッシーさん、最近アルレンティスさんの中のミカゼカって人と戦って、勝ちましたよ」
無理矢理話題を変えて、自慢げに言うユーリ。
「ええ~? いきなり何言ってるの~ん? 何かのゲームで勝ったとか~?」
「いえ。ノアと一緒にガチでやりあいました。でも向こうは手加減していたみたいで……。それでも勝ちましたけど」
「お前、どういうつもりで、こいつの前で自慢してるんだい?」
ミヤが半眼で問う。
「自慢ではなくて報告です。ブラッシーさんにも、僕達の成長を伝えておきたいと思いまして」
「でも少し自慢したい気持ちが入ってたろう。儂の目は誤魔化せないよ」
「ううう……」
ミヤに指摘され、ユーリは狼狽える。
「ちょっとちょっとミヤ様~ん。別に自慢したっていいじゃなーい。例えアルレンティスが加減していたとしても、それは自慢したくなるものよーん」」
「甘いよ、ブラッシー。このくらいの年齢の子は、増長したあげく突っ走って、それでおっ死んじまうこともあるんだ。ここは徹底的に躾けておくべきだよ。勝って兜の緒を締めよだ」
「東洋の諺ねーん」
言いたい放題のミヤに、ユーリは反論する気力も失いつつあった。
そしてユーリはふと思う。
(ブラッシーさんやアルレンティスさんが、師匠に一目置いているのって、二人ですら敵わなかった『破壊神の足』を師匠が退けたからだっていうけど、本当にその理由なのかな……? それにしてはブラッシーさんもアルレンティスさんも、師匠のこと物凄く慕っているように見える。まるで……)
生じた疑問を口にする事に決めるユーリ。
「ブラッシーさん、質問なんですけど」
「な~に~? ミヤ様の前でユーリ君が私に質問なんて、どんなこと尋ねられちゃうのかしら~ん」
「ブラッシーさんとアルレンティスさんて、僕達と同じ……師匠の弟子だった事もあるんです?」
質問した瞬間、ブラッシーとミヤが固まった。しかしすぐにその硬直は解けた。
(何か僕不味いこと聞いたのかな? 一瞬だけど確かに、二人同時に固まったし)
その瞬間をユーリはミ見逃さなかった。
「ふむ。ユーリよ、どうしてそう思ったんだい?」
「だって、二人の師匠に対するスタンス見て、それっぽいかなあと」
問い返すミヤに、ユーリは思ったままのことを伝える。
「ええ、そうよ~ん。よくわかったわねーん、ユーリ君」
ブラッシーが笑顔で肯定した。
「つまり先輩じゃないですか。何で黙っていたんです?」
「えーと、それは……先輩風とか吹かしたくないし~。弟子入りしたのも凄く前だし、元々魔法も使えたから、しっかりと1から10まで習ったわけでもないし~」
(もう少しマシな言い訳しな。マイナス1)
ブラッシーの言葉を聞いて、ミヤは忌々しげに心の中で吐き捨てる。
「そう言えばブラッシー、ディーグルから手紙が来たよ」
話題を変えるミヤ。
(ディーグルって、八恐の一人の……ウィンド・デッド・ルヴァディーグル? 全然逸話は伝わってないけど)
八恐の名前だけはユーリも知っている。しかし八恐の逸話はブラッシーとアルレンティス以外、ほとんど伝わっていない。実在するかどうかも定かではないとされている。
「ユーリ君、ディーグルの話は聞いたことないと思ってるでしょ~ん?」
そんなユーリの考えを見透かして、ブラッシーがにやにやと笑い、指摘する。
「彼はねえ、別の名前を名乗ってるわ~ん。姿も変えちゃってるしぃ、自分が八恐だとバレるのは嫌みたいなのよーん」
「そうなんですか」
「ふん。近々こっちに来るかもしれないとさ」
「あらあら~ん、八恐の生き残りが集結するのーん。同窓会ができそうねーん。楽しみ~」
ミヤの報告を聞き、ブラッシーは両手を合わせて喜びの声をあげる。
「他の八恐の五人も、名前だけで、何の伝承も伝わっていませんよね。ブラッシーさんとアルレンティスさんは、様々な逸話があるのに、現在進行形で実在する人物とされているのに、他の六人は実在さえ疑われている」
「その疑いは正しいわーん。ディーグル以外の五人は私が美味しく頂いちゃったもの~」
「え?」
ブラッシーの言葉を聞いて、ユーリは呆気に取られた。
「余計なことべらべら喋るんじゃないよ。マイナス2」
「あらあら、いけなかったのーん? ごめんなっさーい」
ミヤに叱られ、全く悪びれた様子無く謝罪するブラッシー。
「ふん。しかしあのディーグルが来るとはねえ。随分と会ってないよ」
「私やアルレンティスとはちょくちょく会っていたものね~ん」
微笑みあうミヤとブラッシー。
「師匠は生きている八恐全員と知り合いなんですか? そのディーグルって人も師匠の弟子なんです?」
「ま、そうなるね」
ユーリの問いに、ミヤはあっさりと頷く。
「魔王の幹部のうち三人も弟子とか凄くないですか?」
「そうよ~ん、ミヤ様は魔王様と同じくらい凄いのよ~ん」
感嘆するユーリに、ブラッシーがおかしそうに微笑みながら言った。
その後、ブラッシーと別れて『刀傷の安らぎ』を出るユーリとミヤ。
「ディーグルか……」
尻尾をぴんと立てて歩きながら、ミヤがぽつりと呟く。
「師匠、御機嫌ですね。その人と会うのが楽しみなんですか?」
「まあ、正直言えばそうさね」
ユーリの言葉を、ミヤはあっさりと認めた。
(あいつは儂の一番のお気に入りだったからね)
そして口の中で付け加えた。
***
「明日から三人で旅行に行こうと思うが、ノア、来るよね?」
帰宅するなり、ミヤがノアに話を持ちかける。
「昔、ユーリは散々あちこちに旅行に連れていってやったけどね。ノアもどうかと思って」
「行きたい。行ったことない所に行きたいっ」
ノアは表情を輝かせる。
「じゃあ決まりだ。早速準備しな」
「やったーっ、旅行旅行っ」
ミヤが促すと、ノアは大喜びで自室に向かおうとする。
「ノアは旅行は初めて?」
ユーリが声をかけ、ノアは足を止めて振り返った。
「母さんと色んな所に旅はしたけど、楽しくもなんともなかった。師匠と先輩となら、きっとちゃんと楽しめる旅行になるよっ。あははっ」
ノアが答え、改めて自室に向かう。
(こいつのこういう素直な所は好感持てるんだよねえ。いや、普段が生意気すぎるからこそ、そのギャッブもあるだろうけどねえ)
ノアを見ながら、ミヤは思った。




