19-5 霊園には何かがあるらしい
ユーリと宝石百足は森を抜け、霊園に到着した。
そこは盆地であり、文字通りの霊園だった。しかしその広大さは尋常ではない。なだからな斜面に、盆地の底一面に、延々と墓石が立ち並ぶ。墓石だけではなく、緑豊かで、茂みや樹木も多い。この膨大な量の墓石もちゃんと手入れがされているようで、全て綺麗だ。園内の道にもゴミ一つ落ちていない。枯れ葉も枯れ枝も無い。鳥の姿はあるが、鳥の糞も無い。
「貴方の探し人はこの先よ」
宝石百足が告げる。
「わかるんだ」
「ええ、ブラム・ブラッシーとは面識もあるわ」
「で、ここは一体……? 凄い量のお墓だけど」
「創造主に廃棄された者達の墓よ」
不思議がるユーリに、宝石百足が答えた。
「創造主なら……この世界で生み出したものを、もう一度作れるかな?」
ユーリが疑問を口にする。
「何を考えているの?」
「師匠を助けるためのイレギュラー、作れるかな? ナイトエリクサーか、あるいは聖果カタミコをさ」
「そういうことを考えていたの」
心なしか、呆れたような響きの声を発する宝石百足。
「ナイトエリクサーなら、ダァグ・アァアアに造ってもらわなくても、手に入れられるわ」
「どうやって?」
「私が取ってくる」
自分なら可能であるという確信を込めて、宝石百足が言う。
「僕の精神とリンクしているなら、僕がこんなこと言わなくても、気遣って持ってきてくれてもいいよね?」
「ごめんなさい。精神がリンクしていても、記憶はいまいち読み取りづらいし、感情も全て伝わるわけでは無いわ」
冗談めかした口調で言うユーリに、宝石百足は真面目に答えた。
「じゃあついでに聖果カタミコも」
「それは無理。あれはそっちの世界に全て持って行かれたから」
宝石百足が言ったその時、二人は殺気を感じ取った。
二名に向けて、三連発でビームが放たれたが、宝石百足が触覚からビームを放ち、開いてしてきたビームを全て相殺した。
墓石の陰から、体に輪を喰い込ませた、術師と騎士がぞろぞろと姿を現す。殺気と闘志に満ちた視線が、ユーリと宝石百足に注がれる。
「ダァグ・マァアアに仕える騎士と術師――直属のガーディアン達ね。ユーリ、気を抜かないで」
「何で襲ってくるの? 創造主は僕達を敵視しているってこと?」
ユーリが尋ねる。
「そうじゃない。この霊園と、霊園に連なる森は、守護対象地区だから、侵入者を許さないということよ。彼等は知能こそあるけど、自我が希薄で、侵入者を排除する命令を植え付ける輪と同化しているから、交渉は無意味よ」
「それ、ここに入る前に教えてくれればよかったのに……」
「ブラッシーはここにいるんだから、避けて通れないでしょ」
苦笑するユーリに宝石百足が言うと、突っ込んできた輪の騎士の首を湾曲した牙で刎ね飛ばした。同時に、騎士の輪も切断している。
さらに三人の騎士が突っ込んできたが、ユーリが不可視の魔力の針を用いて、頭部を穿ち抜く。
頭を穿たれた騎士は一瞬ひるんで動きは停まったが、致命傷を受けているにも関わらず、再び猛然と突っ込んできた。
「輪を狙って破壊して。そうでなければ、こいつらは中々殺せない」
「わかった」
宝石百足に言われてユーリは、今度は魔力の刃を用いて、騎士の体と一体化している輪を切断していく。
騎士はさらに現れた。今度は七人もの騎士が、前後左右から同時に突っ込んでくる。
さらには、遠方から複数の術師が何発も続け様にビームを放ってきた。
「私が防御に回る」
宝石百足が魔力で防護膜を作り、ビームを防いだ。
「数が多すぎる。そして騎士よりもあの光線が曲者だ」
騎士達の輪を破壊して斃しつつ、ユーリが言った。
「先に術師を狙わないと、延々と攻撃を受け続けるし、セントの力も削がれていく」
遠距離攻撃してくる敵の数が多く、手数が尋常では無いため、防ぎ続けていれば魔力の消耗は非常に激しくなるし、いくら宝石百足であろうと護り一辺倒に徹し、オフェンスをユーリ一人に任せるというのは、いるのは良くない選択と感じられた。
さらに騎士が現れる。術師の数も増える。
(波状攻撃されている感じだ。手を改めないと、この数を相手にするのは不味い)
そう思って焦燥感に駆られるユーリであったが――
「大丈夫よ。来てくれたから」
宝石百足が言うと、水色の炎が広範囲に爆発的に広がり、十人近くの術師達を一気に消し炭にした。
「あーら、ユーリ君じゃない。宝石百足ちゃんと共闘だなんて、どういう組み合わせなの~ん?」
術師達のさらに後方から現れたブラッシーが、口元に手を当ててくすくすと笑っている。
「わりとあっさり会えた。無事でよかったです。ブラッシーさん」
「無事でよかったって、私を誰だと思ってるのよー。魔王様の大幹部『八恐』だった私の心配するとか、もうユーリ君たらーん」
ユーリが表情を輝かせて声をかけると、ブラッシーは笑いながら、さらに魔法攻撃を見舞う。輪の騎士達の足元が血の渦へと変化し、騎士達はあっという間に高速で渦巻く血の中へと引きずり込まれて見えなくなった。
ブラッシーが敵の大半を片付けたおかげで、敵の攻撃の手も緩まり、ユーリはその後さして苦労することなく、残った敵を掃滅する事が出来た。
「相変わらず凄いですね、ブラッシーさん」
ユーリが称賛する。
「はいはい、一息ついたことだし、お茶にしましょうか~」
ブラッシーが手を叩き、魔法でテーブルと茶器一式を呼び出す。
「墓場で?」
「いいじゃな~い。墓場で幽霊も招いてのお茶会なんて乙でしょ~。宝石百足ちゃんとお茶できる事も含めて、レアな体験よ~」
微苦笑を零すユーリであったが、ブラッシーは構わず茶の準備を進める。
「皆でブラッシーさんを助けに来たんですけど、入った瞬間、僕だけはぐれてしまいまして」
「あら、そうなの~。ミヤ様に御足労頂くなんて、私ったら何て恐れ多いのかしらん」
ブラッシーが顔を両手で押さえて、もじもじと嬉しそうに体を振る
「ちょっとこの霊園には感じるものがあってねーん。離れられないのよん」
笑顔のままブラッシーが言う。しかし口元には笑みが張り付いていたが、目は笑っていなかったことを、ユーリも宝石百足も見逃さなかった。
「宝石百足ちゃんは何か知っているんじゃなあい?」
ブラッシーが意味深に問いかけ、ユーリが宝石百足を見る。
宝石百足は何も答えようとしなかった。
***
少し時間は遡る。人喰い絵本の中に入った者全員に、同時に絵本が見えたその直後。
「びっくりしたねえ。今のが人喰い絵本を創った、この世界の造物主さんということかなあ?」
シクラメが興奮気味の口調で言う。
「入った時に絵本が見えずに、途中で見えたという事は、人喰い絵本には管理者がいて、絵本を見せるという設定を忘れていたが故に、慌てて今流したという推測はどうか?」
「あははは、ジャン・アンリもそういう冗談が言えるんだねえ」
「冗談のつもりではないが? では、冗談ということにしておいた方がよいか?」
朗らかに笑うシクラメであったが、ジャン・アンリは無表情のまま、そんな台詞を口にする。
「しかし今のを見ただけではちんぷんかんぷんのままれす。あたちは人喰い絵本に入るのは初めてれすが、あれで攻略にヒントになるのれすか?」
「ならないよねえ。僕にもさっぱりだよう」
ロゼッタが疑問を口にすると、シクラメがにこにこ微笑んだままかぶりを振る。
「お困りお困り大困り~♪ ヒントが無いと何もできない無能っち~♪」
その時、ピントの外れたおかしな歌が響いた。その声の主を、ジャン・アンリとシクラメは知っている。
「わあ、嬲り神が出たよう」
シクラメが言った四秒後、空間の扉が開き、嬲り神が這い出てきた。
「何もヒントが無い手探り状態でハメてもつまらないので、ヒントを伝えに来たということでよろしいか?」
「ま、そういうわけだな~、へへへ。そういやジャン・アンリ、お前って、図書館亀に気に入られているそうだな~?」
ジャン・アンリが問いかけると、嬲り神はあっさり認めたうえで伺う。
「それが何か?」
「図書館亀はお前が一番知識を有効活用してくれると、期待しているみたいだがなあ。どこまでお前がこの世界に関して知っているのかなーと思ってよう」
「ふむ。知られては不味いことでもあるのかね?」
「ああ……その返しはつまらない。困るとか不味いとかは無いが……いや、不都合あるのか? 例えば俺のオキニに、俺の口からではなく、お前の口から勝手に真相を伝えられたりしたら、俺はがっかりしちまうなあ」
嬲り神の物言いに対し、ジャン・アンリは顎に手を当てて数秒思案する。
「なるほど。その理屈はわかる。しかしどう探りを入れる? 私の口から全て伝えるというのも、君の口から全てを問いただすというのも、現実的ではないとしておく」
「どう探りを入れるのかなんて、お前の口から問うのもおかしいだろー。その後の言い方といい、相変わらず変な喋り方する奴だよ」
肩をすくめる嬲り神
「ヒントくれるんでしょー。ヒント教えてよう」
シクラメが甘えたような声を出してせがむ。
「そうだな。俺が二つの情報を確認するから、正直に答えたら、ヒントを教えよう。一つ目。ミヤのことをどこまで知ってる?」
嬲り神が出した質問を受け、ジャン・アンリとシクラメは一瞬視線を合わせた。
「漠然とした問いかけだが、私は、破壊神の足を退け、八恐からも一目置かれる、ア・ハイ群島最高峰の大魔法使いという認識だ。それ以上は知らない」
「僕もだよう」
正直に述べるジャン・アンリとシクラメ。
「そっか。じゃあ二つ目。蓄積と封印のことまで知っているか?」
「ん~? 何のことだろうねえ」
「探りを入れるに足るキーワードなのか? 蓄積と封印か。一応記憶しておくとしよう。そして今の台詞が答えということでよいか?」
嬲り神が口にした単語を聞いて、シクラメは小首を傾げ、ジャン・アンリは相変わらずのおかしな喋り方で問い返す。
「いいぜ。つまりは何も知らねーったことだ」
にやりと笑う嬲り神。
「これでこの世界の謎について教えてくれるのれすか?」
「謎を教えるなんて言ってねーよ。脱出のためのヒントを教えるって話だろ」
ロゼッタが伺うと、嬲り神が小馬鹿にしたような口調で言う。
「まあしかし、どういう意図でここに入れたか、ここが何か、もうちっと話してもいいかな。そのうえで、お前達にミッションをくれてやろう。お前達はイレギュラー目当てでここに入ったんだろ~?」
「では、その通りと答えておく事にしておくか?」
伺う嬲り神に対し、ジャン・アンリが真顔で妙ちくりんな台詞を口にする。他の者がやれば小馬鹿にしたような口振りだが、ジャン・アンリにはそのつもりは無いし、彼を知る者はわかっている。
「霊園の中にある魔王廟へ行け。そしてそこの封印を緩めろ。このミッションが攻略のヒントに繋がる」
「魔王が眠っているとでもいうのれすか?」
魔王廟などという単語が出て、ロゼッタは思わず目を見開いた。
「魔王が封じられていて、その封印を解けとでも言うの? 怖いよう」
全然怖がっていない、嬉しそうな口調のシクラメ。
「さて何と言ったものかなあ……。封印を解けとは言ってないぜ。どうせ無理だし。緩めればいいだけだ。つーかビビってんのかぁ? 言われたとおりにやりたくねーんならいいぜぃ」
「封印とやらを緩める方法はあ?」
からかい気味に言う嬲り神に、シクラメが問う。
「さあなあ? ミヤにでも聞いたらどうだぁ?」
「どうしてそこでミヤの名前が出てくるのお?」
また小首を傾げるシクラメ。
「シクラメ、お前とアザミがミヤと戦っていた時、ミヤは人喰い絵本を開いたし、その時俺もいただろぉ? あの時、あいつは魔王廟の封印を緩めたのさ。そして力を引き出した」
嬲り神の話を聞き、シクラメの目が細まった。口元も引き締まる。
「ジャン・アンリ、アルレンティス、サユリ・ブバイガ。他にも何人かいるな。人喰い絵本のことを探っている奴等。ミヤだってその一人だ。いや、その中で最年長のミヤこそが、多くの真実に近づいていると言っていい。ま、ミヤの知らないことを、お前達が知っていることもあるが、知識量ではミヤが最も多く、その中にはヤバい知識もあるってことさ」
嬲り神の話を聞き、ジャン・アンリは眼鏡に手をかけて小さく息を吐いた。
「お喋りな男だと見ておこう。本人がいない所であれこれと」
「おいおい、ヒントくれてやったのにその言い方はねーだろー」
「では、どういう意図で、創造主とやらがいる世界へ導いたのか、話して頂いてもよろしいか?」
「刺激とサプライズさ。たまにはこういうのも面白いだろ。加えて、もうすぐ世界の変革が起きる可能性が有るって事と、俺達の主であるダァグ・アァアアがお前達に興味を抱いていたのさァ。へははは」
与太話を口にするような口調で、しかし決して与太話と思えないことを口にする嬲り神。
「おい、話は変わるけどよ、ジャン・アンリよ、そういや前に会った時、俺の絵を描いてくれって頼んだけど、描いてくれなかったのかァ?」
「君の絵は描く気にならないということにしておこう」
嬲り神が問いかけると、ジャン・アンリはつれなく断った。
「そーかよ。オッケーしてくれたら、もっといい情報くれてやったのになァ、損したなァ、お前ら。ギャハハハハッ」
耳障りな笑い声を残し、嬲り神は空間の門を開き、さっさと姿を消した。
「嬲り神は僕達にだけ接触したと思う?」
「そうかもしれないし、そうでないかもしれないし、これからまた別の輩と接触する可能性もあるとしよう」
シクラメが伺うと、ジャン・アンリ顎に手をかけて言った。
「また霊園に戻るのれすか? あそこは手強い敵多かったのに」
嫌そうな顔になるロゼッタ。
「ブラッシーがあの場に留まり続けている理由も、同じかもしれないよう」
「確かにな。彼があの場から離れないのはおかしいと思っていたし、そういう解釈もできよう」
シクラメの推測にジャン・アンリが頷き、真っ先に踵を返して歩き出した。
***
サユリとダァグ・アァアアは、豚に乗って移動しながら会話を交わしていた。
「豚に乗るなんて初めてだ。豚、可愛いな」
サユリの後ろに乗ったダァグが口元を綻ばせる。
「あたくしみたいに、ぶっひんぶっひんて言いながらぺしぺし叩くと、この子は喜ぶのである。やってみると良いとして」
「ぶっひんぶっひん」
サユリに促され、ダァグは豚の横腹を平手で軽く叩いてみる。
「喜んでる? 僕にはわからない」
「大丈夫なのだ。気持ちがこもっているから、ちゃんと伝わって喜んでいるのである」
不安がるかのようなダァグに、サユリが満足げに微笑みながら告げる。
「君達のことを嬲り神から聞いて、興味を持ったんだ」
ダァグがうつむき加減になって、照れ臭そうに微笑むが。サユリの位置からではダァグの表情の変化はわからなかった。
「別の世界と僕の世界が繋がって、僕の世界の悲劇を修正している者達がいると。魂の横軸――異なる世界で同じ魂を持つ者が呼び寄せられて、世界を直しているって」
「ぶひー、呼び出された者は高確率で死んでいるのだ。迷惑な話である」
「そうらしいね……。罪深いことだよ」
サユリが遠慮せずに、しかし軽い口調で非難の言葉を口にすると、ダァグは表情を曇らせた。
「気にしなくてよいとして。サユリさんはこの人喰い絵本の中へ、大きな力を得るために何度も潜っているのだ。それを知っているのなら話が早いのである。創造主なら都合もいいのである。豚に乗せてやった御礼に、あたくしにイレギュラーをたんまりとお渡しして」
「物凄くストレートにねだってくるんだね……。しかも豚に乗せたというだけで、そんな御礼を要求するわけ?」
サユリの無遠慮すぎる要求を聞いて、ダァグは苦笑いを浮かべていた。
「ぶひっ、サユリさんは力が欲しいのだ。神様ならケチケチせずに、さっさと力をよこすがいいのでして。そしてあたくしはフェアな取引が嫌いなのだ。相手の支払いと比較して、あたくしが得する取引を望むのだ」
「そんなこと堂々と言われても……」
身勝手極まりないサユリの主張を聞き、困り顔になるダァグ。
「この豚もこっちの世界で創られたもの――から生み出された者のようだね」
豚を撫でながらダァグが指摘する。
「そうである。イレギュラーである。いや、流石は神様と褒めるべきだったりして」
「まあ……人よりは色々物も知ってるし、出来る事も多いけど、全知全能じゃないから。さっきの絵本も見たでしょ? 自分の物語の制御もろくにできないんだよ」
「そして代理の神々に世界の統治を任せたのであるか。ぶひー……」
ダァグが自嘲気味に言い、サユリが納得したその時、サユリは気配を感じて豚を止めた。
「誰かいるとして。しかもこっちに来るのであるか」
豚に乗ったまま身構えるサユリ。
現れたのは、ミヤ、ノア、イリス、他黒騎士二名だった。
「げっ……サユリ……」
イリスが嘴を大きく広げて、嫌そうなバードフェイスを表現してみせる。
「ぶ、ぶひぃぃ……ミヤなのだ。きっとまたいじめられるに違いないのでして」
「お前は儂のことを何だと思っているんだい……」
一方でサユリとミヤもまた、互いに顔を見合わせて、露骨に嫌そうな顔をしていた。




