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2-3 体裁を保つために問題を十年棚上げしたら、体裁がさらに大ピンチ

 ノアはア・ハイ群島各地を転々とする生活を送っていたが、ここ最近ずっと、首都ソッスカーに滞在している。母親マミの方針だが、その理由はわからない。そして迂闊な質問をマミにしたくない。怒られるかもしれないから。


 ソッスカーの山の中腹にある大きな公園。休日なので人が多い。露店も多く出ている。公園の中心にある巨大噴水の前で、さらに多くの人だかりが出来ていた。

 ノアが人だかりの前で足を止める。皆吟遊詩人の歌を聴いているようだった。


『今より遡ること三百年、魔王が魔物を率いて人の世を滅ぼさんとした♪

 魔王の恐るべき配下『八恐』、あらゆる強者を返り討ち♪

 勇者の力を持つロジオ、戦いを忌む優しい子♪

 されど勇気を出して、ロジオは戦う事を選んだ♪

 八恐の一人、銀髪の吸血鬼ブラム・ブラッシー、魔王を裏切って、人の味方となる♪

 勇者ロジオは魔王と刺し違え、人を勝利へと導いた♪』


 吟遊詩人の歌は、ポピュラーな代物だった。三百年前の魔王と勇者の歌だ。


 ノアは勇者ロジオが嫌いだった。何故なら魔王を討った存在だからだ。ノアは魔王が好きだった。何故なら世界を蹂躙した、凄まじく悪い存在だからだ。


「勇気を出して……か」


 しかしその一節が、ノアの心に刺さる。


 ロジオは勇者としての適性がありながら、どういうわけか勇者として立ち上がらず、魔王に挑むのを躊躇い続けたという話がある。それはロジオが最初は臆病者で、戦うことを恐れていたからではないかと、そういう話だ。

 この話は後付けの創作だという指摘もあるが、今の所、鑑定で否定はされていない。魔王と勇者に関する後付けの創作話は世界中で作られているが、魔王の時代から生き続け、真実を直接知るブラム・ブラッシーによって鑑定がなされ、創作は否定され続けている。


 魔王と勇者の姿は一切伝わっていない。ブラッシーは鑑定こそするが、魔王の話を一切伝えようとしない。

 八恐と呼ばれる魔王の幹部の二名――ブラム・ブラッシーとアルレンティスだけは、数多くの逸話が残っている。姿も伝わっている。何しろこの二名は、魔王が滅びて三百年経った今もなお、人間社会の中で生活しているからだ。


「俺も勇気を出して戦うことを選んでみる? 母さんを殺してみる? でも俺には、味方になってくれる吸血鬼ブラッシーはいない」


 自虐を込めて呟き、青空を仰ぐ。


(昨日に続けて今夜も……か。母さん、どう考えてもおかしい)


 先程母から連絡があった。今夜も殺しをすると。


 そしてマミが公園を歩いている姿を、先にノアが見つけた。

 ノアは声をかけないで、公園の人ごみの中にいる母をしばらく観察する


(人ごみに紛れて奇襲して殺せないものかな? いや、魔法使いは魔法で再生するから、不意打ちで殺しきるなんて不可能だ)


 そう思った矢先、マミがノアの方を向いた。視線が合う。


「ノア、服装が乱れてる。襟元」


 側にやってきたマミが注意し、ノアの服を正す。


「あんたは見た目だけはいいんだし、他の無能っぷりはともかくとして、見た目を保つことだけは重視しなさいと、何度も言ってるでしょう。襟元一つの崩れも許さないわよ」


 街中で人が周囲に大勢いるので、すぐにヒスを起こしてキーキー喚くマミでも、流石に感情を抑えて、落ち着いた声で喋る。


「はい、ごめんなさい、お母さん。すまんこ」

「すまんこの声のトーンがおかしいわ。やり直し」

「すまんこ」


 謝罪や訂正に応じながら、ユーリは全く別のことを考えていた。


(つまり母さんにとって俺は……お気に入りの一品でしかない。モノなんだ。価値の高い宝石を愛でるような、そんな感覚なんだろうな)


 娘に愛情があるのではなく、娘の顔が自分好みに育ったからこそ、愛でているだけ――そうはっきりと告げられているようなものだ


(俺の顔が母さん好みでなかったら、母さんに捨てられてた? 殺されてた? 俺だって無価値だと言われていた?)


 故に、顔が駄目だったら、早々に切り捨てられていた気がする。


『私達親子以外は、世界にいないも同然よ。無価値よ。紙切れのようなものでしかないのよ。この世で存在する価値があるのは、私とノアだけなのよ』


 幼い頃から、ノアはマミにそう教え込まれていた。それによって殺人に躊躇が無くなるようにと、そして自分達親子だけに価値があるとして絆を深めるためにと、そういう狙いがマミにはあったが、ノアの受け取り方は全く異なるものだった。


「俺より幸せな奴、世の中にはいっぱいいるじゃない。そいつらが無価値? 少なくとも俺の前で、死ぬことに恐怖して命乞いしていたあいつらは、皆俺より幸せだったはずだ。世の中から見れば、俺の方がずっと無価値な人間なんじゃない?」


 その時ノアは唐突に、マミに対して疑問をぶつけた。


 マミは一瞬ぎょっとしたが、ここで安易に頭ごなしに押さえつけるのは、悪手だという事もわかっている。ノアは揺れている。こういう時は、論理的に言い聞かせた方がいいと、マミは判断した。


「幸福な人に、魂なんて無いのよ」


 憫笑を浮かべて、マミは突拍子も無い理屈を口にした。


「底意地の悪い神様が、私達を妬ませるために、世の中に幸福な人間という設定の空っぽの器を創造しただけなの。これだけ言えばわかるわよね?」

「わかる……。そうか、そういう事だったんだ」


 マミの言葉を鵜呑みにしたわけではないが、マミのその理屈を、ノアはいたく気に入った。それだけで上機嫌になり、気持ちが軽くなった。少しだけ母を見直した。


***


 ユーリとミヤは黒騎士団長ゴートに連れられ、XXXXが起こした殺人事件の現場へと赴いた。


 死体はすでに片付けられているが、壁に血で描かれた四つのXの文字は残っている。ミヤはその血文字に注目する。


「このXの四文字、ただ犯行をアピールして遊んでいるだけじゃないよ。殺人への恐怖と悲痛と憎悪を取り込み、魔力へと変える仕組みさ。その魔力は……細工につぎ込まれる」

「感情を魔力に変え、さらに細工?」


 ミヤの言葉を聞き、ゴートが怪訝な表情になる。


「残留思念を魔術で探知できないよう、細工がしてあるね。そしてその細工も見破られないように、細工がされているよ。つまりこの四つのXの字は、殺人犯のアピールであると同時に、証拠を消すための魔法として作用しているのさ。ユーリ、丁度いい機会だ。こいつを解析できるように今すぐレベルアップしな」

「師匠、いくらなんでも滅茶苦茶ですよ」


 ミヤの無茶振りに、ユーリが苦笑いを浮かべる。しかしミヤは真面目だった。


「口ごたえしたね? ポイント2引く。儂がやれと言ったらやるんだよ。儂が言ったことは修行の一環だ。全部お前のためなんだよ。その儂の厚意を踏みにじって口ごたえするなんて……」

「わかりましたー。やりますやりますー」

「まだ口調が反抗的だよ。さらにポイントマイナス1っ」

「ううう……酷い……」


 泣きたい気分で、ユーリは解析の魔法を用いる。


「どうだい? 何かわかりそうかい?」

「ちっともです」

「それはあれだね。儂に反抗的だから魔法が上手くのらないんだね。つまりお前に落ち度がある」


 ぴしゃりと断言するミヤに、溜息をつきたくなるユーリ。ゴート含め周囲にいる騎士達は、半笑いでユーリに同情の視線を向けていた。


「今までやったこともない魔法をいきなりかけて、上手くいくわけないですよ。しかも相手だって魔法使い……師匠。相手が魔法使いなら、師匠に心当たりは無いのですか?」

「何で儂に心当たりがあるなんて発想に至るんだい?」

「だってこのア・ハイ群島に、魔法使いは師匠含めて七人なんですよ? 僕はまだカウントされていませんけど」

「いやいや、それはあくまで、判明して名の知られている七名さね。他にも名の知られていない魔法使いは、何人もいるだろうよ」

「名前が知られていなくても、魔法使いの数なんて限られていますし、師匠なら心当たりがあるのでは?」

「随分強引な理屈じゃないか。どういうわけかお前は、たまに突然馬鹿になるね」


 ユーリは利発な子であるというのがミヤの認識だが、時折別人のように抜けている事がある。それがミヤからしても不思議だった。


(そうだ。お祈りして集中力を上げよう)


 そう思い立ち、ユーリは両手を合わせて祈りを捧げる。


(XXXXの動きがわかりますように。これ以上犠牲者を出さないためにも。悲しむ人を出さないためにも)


 祈りで集中力を上げ、再び解析魔法をかける。


「駄目です……」


 解析結果は芳しくなく、ユーリは肩を落とした。


「いいや、駄目じゃないよ。今のはいい線いってた。もう一回だ。今度は儂もやるよ。二人がかりでいけそうだ」


 ミヤが力強い声で言い、先に解析魔法をかける。


 ユーリはミヤに合わせる形で、三度目の解析魔法をかける。


「見えてきたね。お前には見えるかい?」

「じんわりと……赤い煙と、黒い煙の二つが揺らいで……」

「つまり、犯人は二人組ってことさ」


 ミヤの台詞を聞いて、ゴートと騎士達は驚いた。


「魔法使いが二人ですか?」

「そこまではわからないよ。片方だけかもしれない」


 ゴートの問いに、ミヤが答える。


「魔法使いという選ばれた存在にありながら、その力を殺人に費やすなんて、このXXXX(クアドラエックス)って人、僕には理解しがたいですね」


 かなり不快な表情を見せるユーリ。


「向こう側に行ってしまったんだね」


 ニヒルな口調で言うミヤ。


「向こう側?」

「こちら側に戻ってくる事も……出来なくはない。でもね、犯した罪からは……積みあげた業からは、逃れられんのよ」

「師匠? 何の話です?」

「何でもないよ。気にせんでええ」

「凄く気になります。師匠も若い頃はグレて、周囲に迷惑かけた経験あるから、そんなこと言ってるんですか?」


 ユーリの質問を聞き、ミヤはユーリの肩へと飛び乗った。


「お前は時々しつこくて空気読めないね。ポイントマイナス10」

「えええ? 今ので二桁も引かれるんですか? 痛たたたたっ」


 言葉途中にミヤの連続猫パンチを食らい、ユーリは顔をしかめる。


「さて、これで追跡できるね。魔力を維持し続けるんだ。途切らせるんじゃないよ。目を凝らし続けるんだよ。さもないと見逃すからね」


 そう言ってミヤが先に歩きだす。


「人喰い絵本の対処でも、魔物の討伐でもなく、犯罪者の討伐なんて初めてなので、ちょっと困惑気味です」


 と、ユーリ。


「師匠……やっぱり納得いかないですよ。いくら犯人が魔法使いでも、十年も逃げおおせるものですかね? 十年経ってようやく魔法使いである僕達に依頼というのも、変な話です」


 ユーリが魔法を使いながら話す。声がミヤにだけ届いて、後方にいる騎士団には聞こえないようにする。


「ふん、内通者でもいるのかと疑っているのかい? 別に変な話じゃないよ」


 同様にユーリだけに声が聞こえるよう、魔法をかけて話すミヤ。


「魔法使いの犯罪と認めたくなかった。怖かったんだろうさ。触れたくなかったとも言えるね。そのうえゴートの話じゃ、魔術師に調査依頼しだしたのも最近だって話だ。つまりそういうことさね」

「ああ……そういうことですか」


 ミヤの言葉を受け、ユーリは理解した。


 きっと捜査当局も、この連続殺人事件が魔法使いの仕業かもしれないという可能性が、何度も頭によぎったのだろう。しかしその事実を受け入れるのは重い。


 魔法使いは人類の中において、究極の力を持つ存在の一つと言ってよい。そんな者が犯罪を働いたという事実は、認めたくない。公にできない。実際、ア・ハイ群島においては、三十年前の王政崩壊の革命以来、魔法使いが重犯罪を起こした話など、全く聞かない。


 解決するためには同じ魔法使いをぶつけるしかないが、ぶつけた魔法使いが敗れたとあれば、さらにややこしいことになる。加えて、人の犯罪の取り締まりは兵士団と騎士団の担当範囲だ。特に貴族である騎士団は、その矜持や面子の問題も大きかっただろう。

 だがいよいよもって無視できないと判断し、今ようやくにして、ミヤの元に依頼をしたという流れであると、ユーリは見なした。


「それにしても十年間も棚上げするなんて……やっぱり僕には理解できません。その間に人が殺され続けていたのに」

「ま、酷い話だね。マイナスするなら四桁いってもいいよ。体面を繕うために凶悪犯罪の解決の棚上げを続けた結果、十年もの間、犯罪者を取り逃した無能ってことになっちまって、面目丸潰れだからね。こんな馬鹿な話は無いさ。如何にも貴族の奴等らしいとも言えるけどね」


 憤慨気味のユーリに、ミヤは諦観の念を込めて語る。


「ま、王政の時代だったら、こんなこと無かったろうね」


 最後にミヤがそう付け加えたが、王政の時代とやらにまだ生まれていなかったユーリには、これまた理解出来なかった。


***


 夜。首都ソッスカーの山頂平野には、幾つかの都市部がある。そのうちの一つ。


「貴方、幸福な人だよね?」


 昨日と同じように、いつもと同じように、ノアは獲物を追い詰め、恐怖させる役割をこなす。


 袋小路でへたりこんでいる相手は貴族だった。ノアの大嫌いな人種だ。金も有り、地位も高い。それだけで嫌える要素としては十分だ。


「この世界は、不幸な人にしか魂が無い」


 昼間にマミが口にした台詞を思い出し、ノアは語る。マミの言葉は長くはなかったが、ノアにはどういうことかよくわかった。理解できた。受け入れられた。


「神様は人の不幸を作り、人が不幸に苦しむ姿を楽しむ。では、幸せな人は何故存在すると思う? 実は幸せな人に、魂は存在しない。神様は幸せな人なんて認めていない。貴方は人ではない。幸せな人というのは、そこに存在するだけで、多くの不幸な人達をみじめにする。幸せな人がいれば、ただでさえ不幸なのに、より不幸な気持ちになる。あの人は幸せなのに、どうして自分はこんなに不幸なんだと、怒りと妬みと恨みで嫌な気持ちにさせる。そうするために神様が作った、人の振りをした人。魂の無い人形みたいなものなんだ。演出の小道具。だから、貴方を殺した所で、それは人殺しにはならないんだ。貴方は死んでも消滅するだけだ。魂が無いから」


 楽しそうに突拍子も無い理屈をかざすノアに、貴族はへたりこんだまま、無言でただ震えている。


「安心して。殺すのは俺じゃない。殺すのは――」


 そこにマミが現れる。


(俺は標的を追い回し、追い詰め、逃がさないようにして、恐怖を掻き立てる役目。いつもそればっかり。もううんざりだ)


 母が標的を魔法で嬲り殺す様を見やりながら、ノアは口の中で悪態をつく。この文句と悪態も、何度心の中でぼやいたかわからない。


(全てが糞だ。確かに全て価値が無い。世界は糞色。こんな糞みたいな世界、ぶち壊れてしまえばいい。世界は魔王に滅ぼされておけばよかったのに。いや、俺が魔王になってぶち壊してやりたい。いや、あの時飛び降りておけばよかったのに)

「もう一人行ってみようかしら」


 悪いことばかり考えているうちに、マミは殺人を終わらせていた。そして驚くべき台詞を口にした。


「母さん……一体どうしたの? 昨日も一晩に二件。というか、昨日の今日で殺して……。殺しは間隔を開けないと、捕まる可能性が高くなるから危険だと言ったのは、母さんでしょ?」

「うるさいわね。誰に向かって指図してるの? 誰に向かって説教してるの? 子は親の役に立つことが全てと教えたはずよ? 貴方は私の役に立てないの?」


 ノアの台詞に怒り心頭になったマミが、ノアに顔を寄せて凄む。


(もう嫌だ……。もう母さんとは離れたい。死にたい。さもなきゃ殺したい。もういい加減踏み切りたい……)


 ノアは頭が沸騰しそうになっていた。


 その時、気配の接近を感じたマミが、いち早く夜道を振り返った。


「ふん。いたよ。あの二人組だね」


 ノアとマミの後方に現れたミヤが、不敵に笑う。少し遅れてユーリもやってくる。


(あの子は……!?)

(あいつは……)


 ユーリとノアが、互いを見て驚いていた。

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