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君と交わしたかった文

作者: 成野淳司

 あの時、話し掛けることができていたのなら、何か変わっていたのだろうか?


 高校生のころ、僕は小説を書いていた。そんな物好きは、学校でも僕一人のものだろうと思っていたのだが、もう一人いたのを知ることになる。

 きっかけは、一年に一回発行している文集だった。小説を書いていることを公言していたためか、一年生の時に文集に載せる短編小説の執筆依頼があった。快く引き受け、僕の作品は文集に載ったわけだが、もう一つ短編小説が載っていたのだ。

 当時の僕は自意識過剰で、自分と同じく文章を書くということに優れている人がここにもいた、なんてことを思っていた。しかし、後々思ったことだが、文章力や構成力など、遥かに自分の上を行っている作品だった。


 作者である彼女は、美月(みづき)さんと言った。


 驚くことに僕のクラスメートであり、勉強において学年一位を取ることもある才女だった。簡単に一位を取れるはずもなくて、勉強にも努力していたであろうに、そのうえで完成度の高い短編小説を書いていたことには、ただただ感心する。

 そんな美月さんには、小説を書く、いや、文章を愛する仲間と勝手ながらに思っていたのだが、元々あまり話す間柄ではなく、小説のことを話題に話し掛けることもできなかった。たまに挨拶くらいは交わしていただろうか。

 それ以外にできたことと言えば、三年間、文集に短編小説を互いに載せ続けたこと。短編小説のコーナーということで、いつも隣り合わせのページで二作は続けて載っていた。


 それが、僕にはとても好きだった。


 卒業が近づいたころ、卒業アルバムが出来上がった。生徒たちはページ終盤の寄せ書きコーナーに、親しい人たちを中心にメッセージを書き合っていた。僕もそうしていた時、美月さんがアルバムを持って僕のところへやって来た。


「書いて、くれない?」


 どういう意図だったのかは分からない。僕と同じく、仲間だと思ってくれていたのかもしれないし、単にクラスメートの一人としてだったのかもしれない。偶然にも、三年間一緒のクラスだったことも関係しているだろうか。何にしても、とても嬉しかったのは覚えている。


「うん。いいよ。美月さんも、書いてもらってもいいかな」


「うん」


 美月さんは、とても綺麗な字でメッセージを書いてくれた。


 “とても変わった人である貴方と、三年間同じクラスで楽しかった。これからもお互いに頑張ろうね”


 君も十分変わっていたけれどね。


 そんなことを、感慨深く思った。


 僕は、どうメッセージを書いただろうか。美月さんとは違い、字があまり上手ではないので、申し訳ない気持ちで書いたことは覚えている。彼女が触れなかった、二人の小説のことでも書いたかもしれないが、出力してしまった文章はどうにも頭から抜けてしまう。


 後は卒業式含め、挨拶程度のやりとりがあったかどうかくらいで、卒業後は、そのまま美月さんとは会わなくなってしまった。



 それから数年後。


 僕は閉店が続く本屋の中でかろうじて生き残っている、とある一軒の本屋で美月さんを見ることになる。

 あの時と変わらない美しい所作で、本を手に取っていた。

 本屋で会うなんて、僕たちらしいと思った。


 その美月さんに、僕は声を掛けることができなかった。


 風の噂で、とても良いところへ就職したと聞いた美月さんに対して、僕はと言えば何処の職場にも上手くなじめず、一つの仕事が長く続かない状態だった。その差に、どうしようもない羞恥と劣等感を覚えてしまったからだ。美月さんは、そんなことを気にしなかったと思うが。


 気が付かれないように、本屋を後にした。



 そして、それから更に長い年月が過ぎた。


 あの本屋を最後に、美月さんとはずっと会っていない。


 僕は、美月さんには及ばなくても、少しはまともになったかと思う。

 そして、ふと淋しい時に思うのだ。


 高校時代、あるいはあの本屋で、美月さんに話し掛けることができていたのなら、少しばかりでも文を交わす間柄になれたのではないか、と。


 恋人はもちろん、友人とすら言えるかどうか分からない、ただ僅かに文だけを交わす。そんな——。


 いや、戯言だろう。話し掛けても、そんな二人にはきっとなれなかった。

 

 隣り合わせの小説。あの関係が僕の精一杯で、かけがえのないものだった。


 僕は今、再び小説を書いている。これがもしも美月さんに届くのなら、届いて何か想ってくれるのなら、それだけで、僕には勿体無いほどの幸せだ。


 夜の空を、一人見上げる。


 あの時も、今も、月はずっと綺麗で美しい。

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