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幼馴染みだから


 フルールは昔から疑問だった。

 なぜ、我が国ばかりが世界の命運を負わねばならないのだろう。

 なぜ、周辺国はもっと危機感を抱かないのだろう。称えるばかりで力を貸してくれないのだろう。

 ……答えは簡単だった。

 所詮、他人事だから。


 ならば、自分達の手で何とかするしかない。

 己の手がどれほど小さく、無力であっても。


   ◇ ◆ ◇


 レネは唐突に悟った。

 大きなことを成そうという前に逃げ出した勇者と、それを甘やかす幼馴染み。王族の彼女からすればあまりに無責任な行動。

 非難されるものだとばかり思っていた。

 けれど違った。

 彼女が今この瞬間も責め続けているのはレネじゃなく、きっとフルール自身。

 己の無力さ、焦燥。責任感が強いからこそ自らを追い込んでしまうのだろう。

 手をこまねいているわけにはいかないと、しがない村人に頭を下げてまで。

 レネはこの時初めて迷った。

 こうも直向きな姿を見せられれば、自分の気持ちなど、かすんで追いやられてしまいそうだ。

 守りたいものなど、比べるのもおこがましいほどちっぽけなもの。

 けれどやっぱりレネには、頭を下げる以外の選択肢はなかった。

「本当にすみません。それでも……ごめんなさい」

 返ってくるのは胸が痛くなるような沈黙。

 フルールの失望が伝わってきて、レネはぎゅうっと両手を握り締めた。

 ちっぽけでも譲れないのは、どうしたってクラウスの顔が浮かんでしまうから。

 わざわざルネル村まで追いかけてきて、頭を下げて懇願する王女への罪悪感も、もっと大きな感情に塗り潰されていく。

 鼻の奥がツンとするのに気付かないふりをして、レネは決然と顔を上げた。蜂蜜色の瞳は潤んでいるけれど、決して逸らすことはなく。

「……勇者の紋章が現れてから、みんながクラウスに期待してきました。勇者たれ、と」

 幼い頃から聡明で人当たりもよく、人気者だったクラウス。

 彼の周囲に取り巻きがいない日などなかったほどで、それは勇者の紋章が体に現れた日を境にますます過熱していった。

 盛り上がるのも分かる。

 何でもできるみんなの人気者、憧れの存在。それが王国を――いいや、この世界を救う勇者だった。

 崇拝の域にまで達しそうな村人達の熱をよそに、クラウスはいつも穏やかに応じていた。

 嫌がる素振りは見せず、かといって調子に乗ることもせず、どこか淡々と。

 それがますます、彼を特別な存在たらしめた。村人達は困れば、些細なことでも彼を頼るようになった。彼はいつもみんなに平等で、親切だった。

 けれど本当は――……。

 思い出すのは、家の裏で肩を震わせる少年。

 レネは口を固く結び、精いっぱい背筋を伸ばす。

 背中の向こうにいる誰かを、懸命に守ろうとするかのように。

「本当に、本当にごめんなさい。でも、昔から決めているんです。私だけは、勇者としての使命を、あいつに押し付けたりしないって」

 魔王討伐は使命だ。

 それから逃げられるとはレネも思っていない。

 だが、誰にでも分け隔てなく、ただ民のためを思えというのは。己の願望全てを押し殺し、無私無欲で命を懸けろというのは。

 ……勇者という理想の形代。

 そこにクラウスをはめ込もうとする内の一人に、どうしてもなりたくなかった。

 確かに、レネが頼めば彼は頷いてくれるだろう。

 熱狂する村人達に応じていた時のように、あの穏やかな笑みを浮かべながら。

 そうして、彼が引いた境界線の外に、そっと押しやるのだろう。

 恋人でも何でもないのに、なぜこうまでクラウスの心を守ろうとするのか。

 そう聞かれたらレネには、幼馴染みだからとしか答えようがない。

 だって幼馴染みくらい、ただの幼馴染みでいてあげたいから。

「きっとクラウスは、最後の休息と考えてルネル村に帰ってきたんじゃないでしょうか。あいつはどうしようもない変態だけど、困ってる人は見捨てたりしないはずです」

 それはレネの想像であり、願望だ。

 そうであればクラウスを悪者にしたり、責めたりしないで済むのではという、断言するだけの根拠のないもの。

 けれど、選び取った選択肢がどれほど曖昧で、利己的なものだろうと、レネぐらいは幼馴染みを守りたいと思ったっていいじゃないか。

 誰より多くを抱えるクラウスの腕の中には、唯一クラウスだけがいない。

 だからせめて、ただの村人であるレネが彼を優先するくらい許してほしい。

「我が儘を言い続けるつもりは、はじめからないんだと思います。だから今は……」

 願いを口にしかけたところで、レネは言い淀む。

 苦しむ人がいると分かっていながら、『今だけは』なんてさすがにむしがよすぎる。

 体を張って国を守るフルールを前にすれば恥ずかしくて、主張はますます尻すぼみになってしまう。

 ずっと黙っていた彼女が、静かに口を開いた。

「王族の頼みを断るなど……恐ろしくはないの?」

 感情を窺い知ることのできない、神妙な顔付き。

怒っているのかもしれない。けれど、レネは不思議と恐ろしさを感じなかった。

 強い意志でもって彼女が選び取ったものを、しがない村人に頭を下げてまで守ろうとしているものを、理解しているからだろうか。

 レネ達を見送るセーヴィンが、どこか心配そうだった理由が分かった気がした。

「怖くないです。民の命を救うために、魔王を討伐したいと考える人だから。過酷で危険な旅だと分かっていながら勇者一行に入ることを決断した姫様を、私は心から尊敬します」

 レネは不器用ながら、笑みを浮かべる。

 フルールはそれをじっと見つめたあと、ふと緊張を解いた。

「……あの変態が執着する理由、分かる気がするわ。わたくしも一つ欲しい」

 意外にも、彼女の頬はうっすら赤らんでいた。

 この美貌で思いやりがあって、褒められ慣れていないなんてことがあるはずないのだが。

 レネはつい、友人に接するような気安さで軽口を叩いた。

「一つとか欲しいとか、私の扱い。それに軽々しくそんなこと言っちゃ駄目ですよ。生きものを飼うには責任がつきまとうんですから」

「飼うって自分で言っているじゃない」

 フルールはそこが限界だったようで、ついに噴き出した。

 作りものではない、年相応の朗らかな笑み。

 レネも嬉しくなって一緒に笑った。

「いや、本当に正直に言うと、お会いする前は村人全員不敬罪で処刑とかあり得るかもー、なんて思ってたんですけど」

「本当に正直すぎよ。その発言で不敬罪だわ」

「でもよく考えたら、そんなわけないんですよね。姫様はこの国を、私達国民を守るため、勇者一行の仲間になることを決断してくださったんですから」

 クラウスに勇者としての役割を求めるのも、一刻も早く国を救うため。決して私欲のために強制しているわけではない。

 だから、怖くない。

 優しい風がフルールのストロベリーブロンドを舞い上げる。彼女は片手で髪を押さえながら、ぷかぷか白い雲の浮かぶ青空を見上げた。

「休息、ね」

 フルールからは、もう余分な力が抜けていた。

 そうしていたずらっぽい笑みを浮かべて、レネを振り返る。

「確かに、あの変態腹黒勇者が、何も考えず故郷に帰ったとは考えにくいわ」

「そうでしょうそうでしょう」

「信じて待つのも仲間の重要な役割なのかもしれない。それならば、今だけは。勇者だけでなく全員平等に、最後の休息が与えられてしかるべきだわ」

「よっ、姫様。柔軟な思考と賢明な判断!」

「まぁ、分かりやすいおだて方ね」

 呆れながら、フルールはレネの手を取った。

「フルールよ。姫様ではなく、これからはそう呼んでちょうだい」

 綺麗な笑みが間近にあり、レネは眩しくて目がちかちかした。

 やはり周囲に花が散っているように見えるのは、どうやら彼女の仕様らしい。

「じゃあ、フルール様?」

「全く躊躇いがないわね。でも『様』も堅苦しいから必要ないわ」

「じゃあ、フルールさん。雑貨屋に行くってことでしたけど、あれって……」

「あぁ。もちろん、あなたを連れ出す方便よ」

「ですよね」

「けれど、行ってみたいわ。あなたと一緒に」

「いいですね。じゃあ、ついでに村唯一の衣料店に行って、そのあと村唯一の喫茶店に……」

「以前から思っていたのだけれど、村に唯一の店が多すぎない?」

 二人は肩を並べ、再び商店がある方に歩き出す。

 その足取りは先ほどまでよりずっと軽く、遠慮のない笑い声が絶え間なく響いていた。



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