パーティメンバーは個性的➁
まるで、空気まで浄化されていくようだった。
「ヴェルヌさん、名乗っていただいておきながら耳を貸さないなど、我が国の筆頭魔法使いにあるまじき非礼ですよ」
「えー。頼んでもないのに、いつの間にか筆頭魔法使いに選んだのはそっちだしぃ」
「魔術塔出身であれば礼儀作法は学んでいるはずですし、そうでなくともあなたは貴族の……」
「あーはいはい、分かったぁ。分かりましたからお説教はまた今度ねぇ」
これが物語に出てくるお姫様の力なのだろう。
悪質で下世話なことばかり口にしていたヴェルヌも、王女が花のごとき微笑を浮かべただけで骨抜きにされているではないか。
クラウスも矛を収めるため、ヴェルヌから距離をとっている。
それこそ魔法のような手腕に、レネは感動した。
――何て綺麗なの……魔王討伐なんて過酷な旅をしてるとは思えない、たおやかさ……。
この清らかな笑みを前にすれば、喧嘩も起こるはずないというもの。レネの中にあった怒りもあっさり浄化されてしまった。
クラウス達を温かく見守っていた王女の笑みが、今度はレネに向いた。
「えぇと、レネさん……だったかしら? 自己紹介をやり直させていただきますね。わたくしはフルール・クローディアヌスと申します。この国の第三王女として、治癒と浄化の聖魔法に特化した自身を役立てるのが役割と定め、魔王討伐の旅に立候補いたしました。年頃も近いですし、ぜひ仲良くしていただけると嬉しいです」
「は、はひ……!」
噛んだ。
顔を真っ赤にするレネに微笑むと、フルールは聞こえなかったふりをしてくれた。そのままヴェルヌに話を振る。
「では、次はヴェルヌさんですね」
「はいはい。ヴェルヌだよぉ。勇者一行に選ばれちゃったのは、僕があまりにも優秀な魔法使いだからだねぇ。一応国王陛下から筆頭魔法使いの称号を押し付けられてるよぉ。別に名誉とかお金とかいらないし、僕は魔法のことだけを考えていたいんだけどさー。まぁ魔術塔に引き籠もっていたらクラウスや君みたいな珍しい事例に出会えなかったかもしれないから悪いことばかりでもないんだけどぉ……」
「長い。あとレネを研究対象扱いするな」
すぐ喧嘩腰になるクラウスというのも珍しい。
昔から聡明で穏やか、レネに対して変態になる以外は非の打ちどころのない好青年というのが、ルネル村全体の見解だ。クラウスは変態だが一途だから、軽薄なヴェルヌと反りが合わないのだろうか。
――いや、変態を極めることに一途って意味で、決して私を思う気持ちが一途なんて恥ずかしい自惚れをしてるわけじゃなく……。
レネが自身の思考に突っ込みを入れている内に、フルールは再び二人の間に入ってとりなしている。
その手がさりげなくクラウスの腕に触れ、レネは唇の内側をこっそり噛んだ。
――やっぱり美男美女だし、お似合いだな……。
特別な力を持つ者同士、背中を預けて助け合える対等な関係。
羨ましい、という感情が胸を掠めた。
所詮レネはただの村人、ただの勇者の幼馴染み。
村を守って戦うくらいは可能だが、魔王に立ち向かうなんてとてもできない。王女は美しく可憐なだけじゃなく、勇気のある強い人だ。
……いつか、クラウスの隣に対等に並び立つ女性が現れるのだろうと思っていた。
魔王討伐後に彼らが結婚するという噂も、あながち間違いじゃないのかもしれない。
「――では、こうしましょうか」
フルールが手を打つ音で、思考が途切れる。
議題は聞いていなかったが、今度こそ邪魔になってはいけないと慌てて立ち去ろうとしたところで、なぜかレネに視線が集まっていることに気付いた。
何だろう。ものすごく嫌な予感。
「クラウスさんがどうしてもレネさんと離れたくないとおっしゃるのなら、誠心誠意説得をするしかありません。再び旅立つまではわたくし達もこの村に滞在いたしましょう」
「――えぇぇ!?」
咄嗟に叫んでしまい、慌てて口元を抑える。
口出しすべきではないと思っていたのに、またも軽率に割り込んでしまった。
しかもなぜかレネが大袈裟に反応したかたちとなっているが、もしや全員納得済みなのだろうか。
いや、本来なら少しでも早く出発したいはず。
もうこの際今さらだと、レネはついでに意見を述べさせてもらうことにした。
「えっと、みなさんはそれでいいんですか? 何とか無理やりふん縛ってでも出発したいんじゃ……」
「いいね緊縛プレイ! レネにならむしろ縛られたいもちろん僕限定で!」
「くっ、心の底から気持ち悪いのでどこかに連れていってくれるとむしろありがたいのですが……」
「そうしたら、また縛られに戻ってくるね!」
「――――」
あくまでセーヴィン達に話を向けているのにことごとく口を挟んでくる邪魔な幼馴染みを、レネは呆然と見上げた。
……駄目だ。
旅を再開したところで、クラウス自身の気持ちを変えねば意味がない。
レネはなぜだか無性に土下座したくなった。
フルールは、困った笑みで頭を振った。
「……残念ですが、彼の意志は固いようです。レネさん。滞在の許可をいただきたいので、この村の村長のお宅まで案内してくださいますか?」
儚げな笑みに頷きかけたレネだったが、二人の間にクラウスの背中が割って入った。
「それなら僕が案内します。レネは家の手伝いもあるし、そろそろ解放すべきでは?」
「クラウスさんには、この村に一つだけあるという宿屋に、セーヴィン達を案内していただきたいのです。手分けをした方が効率的でしょう? それに何より、わたくしがレネさんともっと親しくお話ししてみたいの」
フルールは相変わらず癒やしの笑みを浮かべているのに、幼馴染みの横顔はどことなく固い。
レネが両者を見比べている内に、フルールはセーヴィンを動かした。
「セーヴィン、クラウスさんとヴェルヌさんをお願い。併せて盗賊達への対処もね」
「はっ!」
折り目正しく立礼をとったセーヴィンが、やや強引にクラウス達を引き連れていく。
ヴェルヌの間延びした声と、こちらを気に掛けるクラウスの眼差しが遠ざかっていく。
二人きりになり、男性陣を見送っていたフルールがレネを振り返る。
「あの厄介勇者、どうすれば魔王討伐の旅を再開してくれるかしら……」
「!? 声ひっくい……」
ずっと周囲に花が散っていた王女が、豹変した。
笑みを消したフルールは、苛立たしげに足を鳴らしている。たおやかだった仕草もどこかぞんざいで、一瞬よく似た双子と入れ替わったのかと錯覚しそうになった。
彼女が再びあの可憐な微笑を浮かべたため、すぐに思い違いに気付いたけれど。
……あぁ、クラウスが何を警戒していたのか、今なら分かる。
やんごとなき身分相手に、レネが無礼を仕出かす可能性を懸念したのかと思ったが、違う。
先ほどセーヴィンも、流れるようにフルールに従っていた。
年齢的にまとめ役を請け負っているとは言っていたけれど、王家に仕える騎士という特性上、不自然なことではないとレネは捉えていた。
だがそれも違う。
単純に勇者一行の陰の支配者は――彼女なのだ。
「ねぇ、レネさん。協力してくださらない?」
「は、はい……?」
「このまま魔王に瘴気を撒き散らされていては、いずれ王国は傾くでしょう。あと一ヶ月もすれば種蒔きの季節が来るわ。けれど、瘴気で汚染された土地に作物は育たない。収穫量が減れば飢える民が困窮してしまうというのに。――お願いよ、レネさん。あなたに彼を説得してほしいの。あなたの頼みなら、きっと応じてくれるでしょう?」
フルールの発言から、民あっての王国だという彼女の認識が分かる。
安楽を享受していればいい立場にありながら魔王討伐の旅に手を挙げた気概も、本物なのだろう。それゆえ彼女は美しく輝いているのだ。
凶悪な本性を隠していたという失望はない。
むしろ、取り繕うことなく本音をぶつけるさまは好ましく映った。
だからこそレネも、本心を伝えねばならない。
「……姫様。あいつから、家族の話を聞いたことはありますか?」
脈絡のない問いかけに、フルールの柔らかな笑みが消える。
「家族? いいえ、そういったことは特に……」
レネは彼女の返答に覚悟を決めた。
真っ直ぐな眼差しでフルールを見返し……そうして、しっかりと頭を下げる。
「――すみません。私は協力できません」
明確な拒絶。
フルールの瞳が、みるみる驚愕に彩られていく。
二人の間を、不穏な風が駆け抜けた。