勇者パーティ現る!
危惧していたことが起こってしまった。
相談の上での一時帰郷ではなく脱走だったと知った時点で、嫌な予感はしていた。
そんなの仲間が憤慨して全力で追ってくるに決まっている、と。
――ど、どうしよう……。
クラウスをふん縛って突き出すのは簡単だ。
しかし、それで彼らは納得してくれるだろうか。
このあとの行動に全てがかかっている。
レネはゴクリと喉を鳴らし、セーヴィンと名乗る騎士が投げかけた疑問に答えた。
「――クラウスがいつもご迷惑おかけします」
……しまった。咄嗟に謝罪が出てしまった。
幼馴染みが全方位に迷惑をかけるのがあまりに常態化していたがために、まず誠心誠意謝罪するという癖が染み付いていた。
だが、問いを無視してまで言うことではない。謝罪を受けたセーヴィンもぽかんと口を開いている。
レネは内心さらに動揺しながら言葉を探した。
そもそも性格上、とことん誤魔化すことに向いていないのだ。
そのせいで、もっと色々取り繕うべきなのに、ついには頭をぺこぺこと下げながらの謝罪を繰り広げはじめる。
「その、確かにあの馬鹿はこの村に帰っています。だけど何も告げずに立ち去ったことに悪気はなくて、誰にも相談せず我慢し続けたせいで望郷の思いが爆発しちゃったといいますか……突発的な行動だったからこそ許可も取れなかったというか……」
どうしてクラウスの落ち度を、自分が謝罪しなければならないのか。
何だか虚しい気持ちになるが、セーヴィンの反応は意外なものだった。
しみじみと頷く彼の表情には、なぜか同情が浮かんでいる。
「勇者だからと特別扱いをすることなく、かつ放っておけないお人好し。……なるほど、君が噂に聞く幼馴染み殿だな?」
意表を突かれたレネは目を瞬かせた。
勇者一行の一員でもある雲の上の人が、まさか自分を知っているとは。
けれどすぐに気付く。
どうせあの男は聞いてもいないのに、うんざりするほどくだらない話を延々と垂れ流していたに違いない、と。本当に恥ずかしいやら情けないやら。
しかし脱力したおかげで程よく緊張もほぐれ、セーヴィンときちんと向き合うことができた。
「お察しの通り、私はクラウスとは幼馴染みです。魔王討伐の旅に副騎士団長様が名を連ねていらっしゃるという話は聞き知っておりますが、私も生憎、彼が黙って一行から抜け出したという事実を先ほど知ったばかりです。ですが、連れ戻すために説得が必要でしたら協力は惜しみません」
しっかり頭を下げると、彼は穏やかに笑った。
「こちらこそすまない。最年長ということもあり、僭越ながら私が勇者一行のまとめ役を担っているのだが、クラウス殿の扱いには困っていてな。話に聞く幼馴染み殿も彼には手を焼いているのだと分かって、共感しつい失礼な態度をとってしまった」
「いえ、こちらこそお気持ちお察しします。というか、副騎士団長様ほどの方が私に気を遣わずとも結構ですので……」
「いや、それを言うなら私にも気遣いは無用だ。今でこそ副騎士団長という名誉ある地位を戴いているが、私も元々平民出身。どうか気軽にセーヴィンと呼んでほしい」
「いえいえ、そんな」
「いやいや、本当に」
気を遣い合っている内に、だんだんとおかしくなってきた。
二人はどちらからともなく笑いだす。
そして、すっかり気を許したレネは、親しみのこもる眼差しを向けた。
「では、私のこともレネとお呼びください。その……セーヴィン、様?」
「ありがとう、レネ殿」
「――恨めしいぃぃぃぃぃぃ……」
突然肩口から、怨念のこもった声がした。
当然クラウスだが、セーヴィンとの会話に夢中になっていたため接近に気付けなかったようだ。
言っている内容もよく分からない上、あの威力のこぶしを受けて無傷で戻ってこられる彼の生命力も意味不明だった。もはや勇者だからでは片付かない問題だ。
レネの驚愕などお構いなしで、クラウスは独自の主張を展開していく。
「ねぇ何? 今の甘酸っぱい雰囲気が漂ってきそうなやり取り。僕を差し置いて他の男なんか見ないでよ。レネが僕のために動いてくれるのは嬉しいけどそのせいで僕以外と距離を縮めるなんて許せないレネだけは絶対渡せない一生涯側にいて――……」
「何言ってるか分かんないから落ち着きなさい! あと句読点大事!」
レネは背後に張り付いているクラウスを勢いよく叩き落とした。
早口すぎてほとんど聞き取れなかったが、どうせ大した意味もないやつだ。
幼馴染みはよく嫉妬めいた言葉を口にするけれど、そもそも二人は付き合っていない。もっとそもそもの話、セーヴィンとは出会って一刻も経っていないのだから何かがはじまりようもなかった。
「セーヴィン様はあんたを迎えに来てくれたのよ!? いじけた子どもみたいに隠れてないで、伝えたいことがあるならちゃんと話し合いなさい!」
レネを盾にしようとする幼馴染みを引きずり出し、セーヴィンと対峙させる。
クラウスはまだ荒んだ目つきのままだったが、渋々といった顔で口を開いた。
「……どうしてここが分かった? 追跡魔法はかわしたはずなのに」
まずは謝罪! と口を挟みたかったけれど、レネは沈黙を通す。
一応彼らは共に旅をしていた仲間だし、レネの考えが及ばないところで繋がりを築いているはずだ。
低い声や素っ気ない口調も、気安さゆえのものかもしれないし。
「やはり、追跡魔法を探知した上で振り切っていたのか。どんどん魔法耐性が向上していると、ヴェルヌが喜んでいたぞ」
「あの変態を喜ばせるつもりはない」
素っ気ないを通り越して、冷たい声。しかも相手に聞こえるようわざと大きめの舌打ち。
初めて垣間見たクラウスの一面に、レネは目を見開いたまま硬直していた。あと変態が変態を変態と罵る違和感。何だか聞いている方が気まずい。
セーヴィンも、ほとほと困ったといった様子でため息をついた。
「追跡魔法など使わずとも、分かるに決まっているだろう。村に帰りたいとか幼馴染みに会いたいとか、こちらは散々聞かされている」
クラウスは三か月の間に、どれほどの迷惑をかけたのだろう。
その迷惑の内容に自分が絡んでいる気がして、レネはますます居たたまれなくなる。
ここから先は旅の続きに関する話し合いとなるだろう。一般人が聞いていいものじゃない。
――セーヴィン様の説得にクラウスが応じなかったら、その時に私も協力すればいいし……。
こそこそと身を引こうとしたレネの足が止まる。
何かを考える暇もなく体が動いた。スカートの裾を翻して繰り出された蹴りは、殺気に対する条件反射であり、防衛本能。
飛来したそれを革靴の甲部分で受け止めて勢いを殺し、頭上に跳ね上がったところでさらに蹴り飛ばす。一連の動作が行われたのはほんの瞬きの間だ。
石蹴りでもするかのような気軽さで打ち返したのは、レネを標的とした小型のナイフ。
それが過たず、投擲した者へと返っていく。
広場の目印である大きな岩にしがみついていた盗賊団の首領らしき男は、頬の薄皮を切り裂いていくナイフに悲鳴をあげることもできない。
盗賊団を壊滅に追いやったレネを逆恨みしての行動だろうが、見事な秒殺。
男はたまらず白目を剥いて失神した。
「……なるほど、確かに盗賊団とやらの首領だったみたいね。最低限の防御ができたから今も意識があったんだろうし、ってことはクラウスほどではないけど他の男よりは強かったんだろうし」
腕を組んで考察するレネの耳に、恍惚としたため息が届いた。
「はぁぁぁ。やっぱり綺麗だなぁ、レネの蹴り技。正確無比でありながらナイフを打ち返すほどの強力さ。他の奴の目に留まったら困るからできれば僕にだけ使ってほしいけど……」
「って言いながら首領をいそいそと片付けないでくれる? 何か怖い」
頬を染めつつの犯行はやめてほしい。普通に気持ち悪いし引く。
けれどレネは、はたと気付いた。
自分まで、セーヴィンから驚愕の眼差しを向けられている。
刃物をこぶしで打ち返すわけにもいかずやむを得なかったとはいえ、初対面で足技を見せるなんて行儀が悪かった。
レネの頬が羞恥に染まる。
「あの、その、お見苦しいところを……!」
「いや、むしろ見惚れるほど素晴らしい足技だったが……強いのだなと……」
「へっ!? アカネの森に棲息する魔物を退治し慣れているってだけで、強いわけじゃありませんからね……!? 私は何の特徴もない村人です!」
慌てて取り繕った言いわけに、セーヴィンとは別の声が答えた。
「へぇー、興味深いねぇ。君、武器無しで魔物を討伐できるんだぁ」