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忍び寄る危機(のはずだった)

 ルネル村は今日もポカポカ日和。

 穏やかな風が吹き渡り、隣接するアカネの森全体をさやさやと揺らしていく。

 そんなのどかな村の入り口に、旅装に身を包む男達の姿があった。

「チッ、何もなさそうな村だな……」

「どうします?」

 一人が、舌打ちをした男に伺いを立てる。

 外套のフードを目深に被った男の表情は、ほとんど見えない。

 けれど上背があり、旅装の上からでも屈強な体つきであることが分かる。足運びも戦いを生業にするもののそれだ。

「行くに決まってんだろ。何か面白ぇことが起こりそうな予感がするんだよ」

 男は、獰猛な獣のような笑みを浮かべた。

 唯一窺える口許には、大きな傷が走っていた。


   ◇ ◆ ◇


 バキリ。

 今日も今日とて、レネは変態退治に余念がない。

 しかし今回に限って言えば、彼への怒りは変態犯罪行動とは別件だ。尋問されているクラウスは、地面に正座をしている。

「い、痛い……」

「ここまでされてまだ喋れるあんたが怖いわ」

「君から与えられていると思うとこの痛みすら快楽に変わって興奮す……」

 グシャリ。駄目押しの膝蹴りが入る。

「で? この村に帰りたいがために、旅の仲間には何も告げずに行方をくらましたって? しかもとある街で魔物退治をしていたどさくさに紛れて?」

「責任を放り出したことに怒ってるなら、ちゃんと魔物を退治したあとに逃げたって弁明しておくよ」

「それも気になってたけどまずは仲間を大切にしなさいって話でしょうが!」

 ドカリ。怒りの鉄拳を受け、クラウスはついに地に伏した。

 今日もいつものように実家を手伝いパンの配達をしていると、いつものように幼馴染みが背後を付け回してきた。

 レネもまたいつものように制裁を施し、『暇ならもっと生産性のあることをすればいい』と叱責した。すると彼も負けじといつものように『これは僕が生きる上で必要不可欠な行為だし、それを理解してくれないからこそ仲間を見限りようやく脱走してきたのに、君は僕に会えて嬉しくないの!?』と言い出したのだが、その聞き捨てならない発言によって今回は風向きが変わってきた。

 脱走? 仲間の了解を得てではなく?

 勇者一行が華々しく王都を出発したという話は、ルネル村にまで届いている。

 しかも顔触れも豪華で、治癒と浄化に特化した治癒師は、このクローディアヌス王国の第三王女なのだとか。他にも副騎士団長など、地方の小さな村に住む平凡な村人には雲の上の存在ばかり。

 そういった者達を謀り、脱走をしたと。

 レネはことの重大さに気付き、今さらクラウスを問い詰めた。事情を聴くにつれこぶしが出てしまったのは不可抗力と思ってもらいたい。

 まさか、この一時帰郷を、勇者一行の誰一人として知らされていなかったとは。

 勇者とはいえクラウスだってしがない平民だ。

 王族を軽んじたとして罪に問われることもあるかもしれない。そしてその咎は、このルネル村にまで及ぶかもしれないのだ。

 正直、まだ全然殴り足りない。三、四発で収まる怒りじゃない。

「ぐわーーっ、あんたのせいで村人がもれなく不敬罪になったらどうしてくれんのよ! 連座で処刑とか責任とれるわけ!?」

「責任? もちろんレネの人生の責任は結婚し生涯をかけ幸せにしていくことで……」

「その方法でいくとあんたは村人全員と結婚しなくちゃならないわけだけど、そこんとこどう!?」

「え。レネ以外は受け付けないって生まれた時から決まってるけど」

 グシャバキボコ。

 クラウスが再び地面にめり込んでいる間に、対策を考えねばならない。

 こんないい加減な男に自分達の命運を託すなんて、魔王討伐だけで十分だ。

「どうしよう……私一人じゃお手上げだし、まずは誰かに相談した方がいいよね。ソニアなら村長の娘だし、何かいい案を思いつくかも……」

 王侯貴族なんて物語の中でしか知らないレネは、順調に嫌な妄想を膨らませていく。

 家財一切差し押さえぐらいならまだいい方で、身一つで住む場所を追われるなんてことになれば流浪生活の幕開けだ。山羊や馬だけでも手元に残しておけないだろうか。

「――おい」

 思案に耽っているところで話しかけられ、レネは雑にあしらった。

「うるさいわね。誰のせいでこんなに悩んでると思ってるのよ」

 ぞんざいに放たれた掌打だが、標的をクラウスと想定したものだ。

 相手が恐ろしい勢いで吹き飛んでいくことにも、周囲がどよめいていることにも気付かず、レネはまだまだ思考に明け暮れる。

 裏で人身売買が横行しているという国に連行されたらどうなるだろう。見目の良い子ども達は特殊な嗜好の貴族に売られ、若い女は既婚者だろうと娼館送りか。男達は使い捨ての労働力として鉱山などで酷使され……。

「てめぇ、何しやがる!?」

 今度は肩を掴まれそうになったレネだが、これも視線を向けることすらせず回避。さくっと脳天に踵落としを決める。

「邪魔しないでってば。あんたの尻拭いなんて私だってやってられない。あと百発殴られたいっていうなら止めないけど」

 レネの思考はさらに深刻になっていく。

 買い手のつく者ばかりではない。問題は、邪魔者扱いをされるかもしれない者達だ。

 たとえば、ご隠居達。もう十分余生を楽しんだからと、きっと何をされても抵抗しない。

 村長は押し出しも強いし、様々な人脈もある。生きていれば不都合だと始末される可能性があった。

 荷物を背負えなくなったロバも、最近お昼寝ばかりの牧羊犬も。ネズミが取れなくなった猫も、毎日違った時間に鳴く雄鶏も。

 みんなみんな、助け合って生きてきたのだ。

 誰も失いたくないのは当然のこと。

 わっと一気に迫る気配に、またも思考を中断しなければならないレネは苛立った。

「百発殴られたいってことね!?」

 左からの攻撃を腕でいなしながら、右にローキック。間髪を容れずに足を振り上げ旋回蹴り。立ち上がりざま足払いを繰り出し、よろけた相手の首に手刀を叩き込む。

「……んん?」

 ここでようやく、レネは違和感に気付いた。

 今、明らかに複数を相手取っていた。

 しかもクラウスに比べて手応えがない上、技が決まった時の感触も違う。形容しがたい感覚的なものだが、筋肉の密度が違うというか。

 いつの間にかレネの周囲には、見知らぬ旅装の男達が倒れていた。

 罪のない一般人に手を上げてしまったと焦るが、彼らの側には武器が散らばっている。

 そして極め付き、唯一立ったままこちらにナイフを向ける男と、ばっちり目が合った。

 上背があり、旅装の上からでも屈強な体つきであることが分かる。戦いを生業にするもの特有の足運びと、口許に走る大きな傷。

 男は外套のフードを目深に被っているが、全く動揺を隠しきれていなかった。

「てってててめぇ、何者だ⁉」

 よく分からないが、相手が武器を所持しているならこれは自衛行為だ。

 破れかぶれに向かってくる男の攻撃を軽々かわすと、レネは鳩尾に渾身の一撃をいれた。

「人に刃物を向けちゃ駄目でしょーー!」

 誰よりも彼方へ吹き飛んでいく男を見送り、乱れたスカートの裾を直す。

 全員を仕留め、周囲に動く者はもういない――と思いきや、伸びた男を三人一まとめにして引きずるクラウスの姿があった。

「……何してるのよ?」

 拘束をしているなら分かる。はたまた、この怪しい団体について村長の指示を仰ごうというなら、まだ大目に見よう。

 だが、なぜアカネの森の方へ向かっているのか。

 訝しむレネに、クラウスは綺麗な笑みを返した。

「もちろん、あと始末だよ。君を襲った人間を野放しにしておけないから」

 普段通りの態度なのに、なぜかぞっとした。

 あと始末。野放しにしておけないなら、一体どうするつもりなのか。

「ちょ、ちょっと……?」

「君に可愛く叱られた首領っぽい奴も許せないけど、旋回蹴りを受けた奴らは特に危険だ。レネの綺麗なふくらはぎを間近で見るなんてご褒美でしかないから、全員念入りに潰しておかないと……」

「あんたが一番危険でしょうが!!」

 容赦なく振りかぶったこぶしを、クラウスの左頬に叩き込む。

 首領だとかいう男よりさらに遠くまで飛んでいく幼馴染みに、レネは見向きもしなかった。

 とはいえ、クラウスがいないなら伸びた男達を何とかするのはレネの役目となる。

 勇者逃亡問題が少しも片付いていないのに、また別の問題を抱える羽目になるとは。

「というか、こいつらって何者なのかしら……」

 地面に転がっている男達の側に落ちている、剣やこん棒。

 武器を所持し、それを民間人に向けてきたなら危険人物であることは間違いない。ただ、荒っぽいこととは無縁のこの村で、どう対処すべきなのか。

「――口元の大きな傷……この者達、最近国境周辺を騒がせていた盗賊団ではないか?」

 困り果てるレネの背後から聞こえてきたのは、クラウスの声ではなかった。

 ましてや、村の誰でもない。声をかけられるまで接近に気付けなかった。

 警戒しながら振り返ると、そこにはまた別の旅装をした男性がいた。

 けれど、粗野な男達とは圧倒的に違う。

 黒の短髪に緑の瞳、顎ひげを蓄えた美丈夫だ。外套の下から覗く服装にも品がある。

 だが驚くべきは、全身を覆う均整の取れた筋肉だろう。年齢は三十代半ばくらいだろうに、頑健な肉体は衰えを一切感じさせない。

「驚かせてすまない、お嬢さん。私はセーヴィン。クローディアヌス王国の副騎士団長を務めている。決して怪しい者ではないので安心してほしい」

「あ……ご丁寧にありがとうございます。私はルネル村のパン屋のレネです」

 村の平凡な娘にも、誠実に対応する副騎士団長。

 レネはすぐに好感を持ったが、彼の名乗りに遅れて息を呑んだ。

 クローディアヌス王国の副騎士団長。

 それは、勇者と共に魔王討伐の旅に出た、仲間の肩書きではないか。

「全員一撃で沈めている……国境警備も手を焼いていた盗賊団をあっさりと壊滅させるなど、クラウス殿以外あり得ない。間違いない、勇者はこの村に帰ってきているのだな?」

 盗賊団を検分していたセーヴィンが、確信を込めてレネに問う。

 確かにクラウスは帰っているが、盗賊団を壊滅させたのは――レネだ。

 窮地の波状攻撃に、レネは何と答えればいいのか分からなくなった。



 

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