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僕の唯一 ②

 彼女が一緒に泣いてくれたから、クラウスは、自身の中に隠し持っていたいくつもの感情に気付くことができた。

 本当の両親が死んでいた事実も悲しかったし、育ての親の腫れもの扱いにも傷付いていた。

 村中から異質だと思われては生きづらい、だなんて見え透いた嘘だ。

 ただ嫌われたくなかった。愛されたかった。【勇者】じゃなく【クラウス】を認めてほしかった。

 あの出来事がきっかけで、レネはクラウスにとってのたった一人となった。

 ただのクラウスを受け入れ、望んでくれたのは、当時彼女だけだったから。

 今だって、彼女は決して勇者の偶像を押し付けようとしない。

 だからレネといる時だけは、クラウスでいることを我慢しなくてよかった。

 クラウスは決めたのだ。

 宿命から逃れられないなら、甘んじて呑み込む。

 けれど彼女だけは、絶対誰にも奪わせない。

 神にすら。

 ……いずれは、勇者としての役割を果たさねばならない日が来る。聖剣に選ばれ、否応なく彼女の側にいられなくなる。

 それが分かっていたから、レネには自分の身を守れるようになってほしかった。

 彼女を鍛えることと引き換えに、村中から変態勇者と呼ばれるようになってしまったけれど、後悔はしていない。

 勇者という偶像から解放され、いっそ清々しい気分だった。解放された欲望の赴くままに行動しただけとも言えるが。

「おーい、クラウス!」

 物思いにふけっていたクラウスを呼んだのは、愛しい幼馴染みの声。

 遠くから、とても楽しそうに手を振っている。

「トリエッテまで送迎してくれたデュカス君に、これからみんなでお礼がてらお土産を渡しに行くつもりなんだけど、あんたも暇なら一緒にどう?」

 無邪気な笑みはあの頃と少しも変わらない。

 昔から彼女は、からかう少年達から庇ってあげると、あの太陽の光がこぼれ落ちたような笑顔を見せてくれた。直向きな思慕を映した眼差し。

「あぁ、もう……邪魔なのになぁ」

 勇者一行なんて全員目障りで、本当に心から潰したいけれど。

 この笑顔だけは壊せない。

 出会えてよかったと笑う、彼女の心を曇らせたくない。クラウスの中にある欲深さのせいで、感謝の言葉にさえ後ろめたさを刺激されるけれど、どうしたって側を離れることはできないのだから。

 相手が神なら、むしろ容赦なく叩き潰すことができたのに。

 彼女が相手では、やっぱりこちらが甘んじるしかないのだろう。

 クラウスは困ったように笑ってから、レネに手を振り返した。

「レネレネレネレネーー! 僕のことも『クラウス君♡』って呼んでー!!」

「キモイ!!」

「じゃあいっそのこと『キモイ君』でもいいから! じゃないと僕、そのデュカスってやつに嫉妬のあまり何を仕出かすか……」

「キモイ上に卑劣で最低!」

 容赦なく飛来する回し蹴りを――そのスカートの裾から覗く可愛いふくらはぎをしかと目に焼き付け、クラウスは恍惚の表情のまま吹っ飛んだ。




 日々レネからたくさんのものを受け取っているクラウスは、だからこそきっと逃げ続けるわけにはいかないのだろう。

 惜しみない彼女に恥じないために。

 日が沈む前に帰宅すると、耳まで裂けた老人の笑みに出迎えられる。

 思わずぎょっとしたが、派手な色彩の老人の面は、クラウスがトリエッテで買った民芸品だ。

 しばらくは呆然としていたけれど、人の気配を感じて視線を動かす。

 母は、老人の面と対になっている、歯を剥き出しにして怒る女性の面を持っていた。まがまがしささえ感じるけれど、どうやらリビングの柱に飾ろうとしているらしい。

「……ただいま。……危ないし、手伝おうか」

 母はぎこちない笑みを作って首を振った。

「だ、大丈夫よ。気を遣ってくれてありがとう」

「そう……」

 やはり彼女の手は震えていて、クラウスの胸に静かな失望が広がっていく。

 怯えられるのはいつものことなのに、今日はなぜかひどく堪えた。勇気を出した分、余計に落胆しているのだろうか。

 ……いや。なぜかなんて分かりきっている。

 本当はいつだって、両親に話しかける時は緊張しているのだから。

 もしかしたら今日こそ違う反応が返ってくるかもしれないとか、また拒絶されるかもしれないとか、散々思い悩んでから話しかけているのだ。結局、いつもと何も変わらなかったけれど。

 自室に向かうため階段を上っていたクラウスは、ふと立ち止まった。

 トリエッテでレネと交わした会話を思い出す。

『それは嫌がらせと思われるわよ』という彼女の軽口は、きっと忠告でもあった。

 誰に贈るものなのか理解した上で、誤解を招く可能性があることを示唆してくれた。クラウスと両親の関係を知っているからこそ。

 そんな代物を、母はなぜ飾ろうとしているのだろう。クラウスでさえ目が合った瞬間肩を揺らすほど、まがまがしいのに。

 分からないけれど、妙な焦燥が心に生まれた。

 嫌がらせのつもりはない。誤解されたくない。

 こんなことを伝えたって、やっぱり何も変わらないだろうけれど……レネの笑顔を思い出し、クラウスは手すりに置いた手を握り締めた。

「それ……嫌がらせじゃ、ないから。病気や災いから、家を守ってくれるんだって」

 かなり奇抜な面だから、家の守り神だなんて思いもよらないだろう。

 守ってくれるのだとしても飾るのは正直躊躇うし、そんなものを贈るのも勇気がいるし。購入する際レネも正気を疑う目をしていたし。

 ……きっと変わらないだろうと思っていたのに、母の瞳が、数拍の間を置いてから見開かれた。

「え、え? えぇ……と……」

 手許の面とクラウスに何度も視線を往復させながら、あたふたとしている。頬も真っ赤にしていて、クラウスまで戸惑ってしまう。

「あ、あり、ありがとう……ク、クラウス……」

「いや、こちらこそ……」

 気の利いた言葉を返すことができず、クラウスは顔を上げられなかった。

 久しぶりのまともな会話はぎこちなくて、家族と呼ぶにはまだほど遠い。

 それでも、母の口から聞く自分の名前は、やはり特別に響いた。

 胸がもぞもぞする空気に照れくささを感じながら、クラウスは再び階段を上りはじめる。


 ――あぁ、レネ。

 やっぱり君が、僕の世界を鮮やかに塗り替えてくれる、唯一の人。



一区切りということで、毎日更新は休止とさせていただきます。


ここから完結に向けて動き出すか迷っているので、『もっとダラダラと続いてもいい!』『謎っぽくなってるところが気になるからクライマックスはよ!』などお気軽にご意見いただければ幸いです。

ここまでお読みいただきありがとうございました!


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