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続々集結

 頼もしい背中の持ち主は、セーヴィンだった。

 だが今はまずい。

 彼らはこの国を、世界を救う正義。英雄となる者達なのだ。

 一点の曇りもあってはならない。レネが、その曇りになってはならない……。

 小さく首を振るレネを、セーヴィンが振り向く。

 女性はすぐさま、涙を流して訴えた。

「あぁ、騎士様。どうかお助けください……駆けつけるのがあと少し遅ければ、可愛い息子はさらわれていたかもしれないのです……」

 彼の視線が素早く動き、座り込んで身を寄せ合う親子を捉え、次いでレネを映す。その眼差しの厳しさに、体が凍り付いた。

 何をのんきに考えていたのか。

 セーヴィンは、これまでの経緯を知らない。

 親子が共謀してレネをはめたことも、街に入った当初から敵視されていたことも。この状況を見て味方をしてもらえるなんて、どうしてそんな勘違いができるのか。

 セーヴィンの腕がこちらに伸びてきて、レネは固く目をつぶった。

「――失礼」

 しばらく身構えていたが、一向に衝撃がない。

 そろそろと開いたレネの目に飛び込んできたのは、セーヴィンの腕が背後にいた女性の腕を掴むところだった。

 彼が袖を一息にまくると、そこから何かが転がり落ちる。

   カランッ

 硬質な音を立てながら石畳に落ちたのは、刃渡りが手の平ほどもあるナイフだった。女性が持ち歩くにはやや物々しい大きさといえる。

 周囲がぴたりと静まり返った。

「袖の膨らみが左右で異なっていて違和感があった。隠し持つ武器を看破するのも騎士の特技でな。……さて、一般人がなぜ武器の所持を?」

 じろりと見下ろされ、女性は肩を揺らした。

「そもそも一連の流れに何者かの作為を感じるのだ。私は、ひったくりという声を聞き現場に向かったのだが、被害を訴える者には会えなかった」

 セーヴィンの言葉にレネもハッとする。

 先ほどクラウスと二人きりになった時、レネも同じ違和感を抱いたのだ。まるで誰かの策略のようではないかと。

 まるでではなく、意図的に勇者一行と引き離されたということ?

 セーヴィンの尋問めいた口調に怯んでいた女性だが、すぐにしおらしい態度に戻り口を開いた。

「私、本当に恐ろしかったのに……騎士様はか弱い者を守ってくださらないの……?」

 女性は潤んだ瞳でセーヴィンを見上げる。

 突然のナイフの登場に戸惑っていた周囲からも同情が集まる、儚げな表情だった。

「作為なんて、私には何のことだか……」

「――わたくしも意見を述べてよろしいかしら?」

 凛と涼やかな声が、女性の発言を遮る。

 人垣が自然に割れていく。優雅な足取りで渦中にやって来たのは、花のごとき微笑を浮かべるフルールだった。背後にヴェルヌも従えている。

「わたくしとここにいるヴェルヌは、王室御用達の品を確認するという名目でとある商会に赴きました。セーヴィンと同じく足止めをされたと感じてしまうのは、それが見え透いた偽物であったからに他なりません」

 レネは胸が熱くなった。

 セーヴィンもフルールも、その場にいたわけではないのに、当然のごとくレネを信じている。一瞬でも逃げ出すことを考えてしまった自分が、恥ずかしくなるくらい。

 ヴェルヌも常と変わらぬ態度で近付いてくると、座り込んだままだったレネを意外な力強さで引き上げた。そうして、耳元で楽しげに囁く。

「レネ、見ててねぇ」

 彼は、腰に提げているばかりで活躍する場面をほとんど見たことのない杖を取り出して、くるりと一度振った。

 途端に先端から淡い光が溢れ出し、何かをかたち作っていく。

『……ねぇ、あの女の子、勇者一行様と一緒にいた子じゃなかった?』

『あぁ、道理で見覚えがあると……』

 それは、今しがた起こった出来事の再現だった。

 同じ場面を違う視点から眺めているような映像で、周囲も驚きにどよめく。

「す、すごい……こんな魔法があるんですね……」

「僕が編み出した、僕にしか使えない映像再現魔法だよぉ。だって僕だもん」

 ヴェルヌ独特の間延びした話し方に、肩の力が抜ける。この自信もすごい。

 二人が囁き交わす間にも映像は進んでいく。

『――じゃあ、勇者一行も騙されているのでは?』

『確かに、勇者一行の側にいれば、いい思いができそうだもんな』

『それが目当てですり寄っていたってこと? 最低じゃない』

『あんな平凡な女が一緒にいるなんて、はじめからおかしいと思ってたのよ』

『分かる。正直、全然釣り合ってないもんなぁ』

 旗色の悪くなりそうな女性が歯噛みするのは分かるが、集まっていた街の人々まで一様に気まずそうにしている。花のように美しい微笑を保つ第三王女殿下のこめかみに、くっきりと青筋が浮かんでいるからだろうか。

「他の発言に関してももれなく忘れるつもりなどございませんが――特にあなた」

 周囲をひやりとさせながら、フルールの指先がただ一人の上で止まった。

「『勇者一行も騙されているのでは』と発言されておりましたが……その商会印、王室御用達の確認を求めた商会のものですね」

「ヒ、ヒイッ」

 真っ青になった男はすぐにも逃げ出しそうな素振りなのに、身をよじるばかりでその場から離れようとしない。レネの隣でニコニコしている魔法使いあたりが怪しいと思う。もはや何でもありというのは先ほどの映像再現魔法とやらで実証済みだ。

 フルールがすいと歩きだし、座り込む親子の前で止まった。

「もし作為的なものであったとしたら、あなた方と商会にどういった繋がりがあるのか、非常に気になるところですね。――そのナイフで、何をするおつもりでした?」

 笑顔がやばい。

 彼女の恐ろしさが骨身に沁みているからか、レネとセーヴィンは揃って背筋を震わせた。

 これは笑みを向けられている者も相当怖い思いを味わっているだろうと思われたが、女性は強気に言い返した。

「王女様は、知り合いだからってその女を庇ってるんじゃないですか? このナイフだって、自衛のために持ち歩いているんです。外見のせいでおかしな人に付きまとわれることが多いってだけで、不自然なことではないでしょう? 私は、その女のように強くないから、これくらいのものじゃないと身を守れないんです」

 聞いている限り理路整然とした主張に思えたが、これに異議を唱える者がいた。

「――その発言、不自然だよ」

 レネは目を見開いて振り返った。

 気まずい言い合いをした直後だったので、彼が駆けつけてくれるとは思っていなかった。

 その場にいる全員の視線が集まる中――クラウスは、腰に少女をしがみつかせたままで姿を現した。

 全然格好よくない登場に全員が半眼になる。

「……あなたの発言より何より、その状況について物申したいのですが?」

 代表してフルールが、白い目を向けながら訊く。

「ちゃんと理由があってのことだ。おかしな憶測はやめてくれ」

 そう返しつつクラウスが送ってくる言いわけがましい視線を、レネは完璧に無視した。

 彼は腰に巻き付く腕を焦ったように引き剥がす。

「僕とレネを引き離した女達を先導するのが、こいつだったんだ。レネを犯罪者呼ばわりするあの女に、よく似ていると思わないか?」

 言われて見ると、あの手入れの行き届いた亜麻色の髪の少女だった。

 整った顔立ちだが、やや目尻が吊り上がっている点や、粗野な雰囲気などが似ているかもしれない。

「た、他人の空似でしょう」

「そうです、勇者様!」

 彼女達の主張はもはや、苦し紛れにしか聞こえなかった。

 クラウスも冷めた眼差しを返して嘆息する。

「ふぅん。なら――レネが強いと知っていた理由も、言いわけできるの?」

 レネは数拍ののち、くっと瞠目した。

 彼が不自然だと指摘していたのはこれか。

 即座に理解したヴェルヌとセーヴィンも、次々に声を上げる。

「あぁ、確かにねぇ。レネって他人にまで平凡って言われるだけあって、見た目では強いなんて到底思えないものぉ」

「彼女の実力を目にしたか、人づてに聞いていたかでない限り、理解し得ないことだろうな。おそらくレネ殿は、筋肉の発達の仕方が常人と異なるのだ」

 今、筋肉の情報はいらない。

 そうセーヴィンに伝えたいけれど、状況を鑑みれば口を慎むべきだろう。その空気に彼の方が先に気付くべきなのだが。

「お、王女様……」

 女性は両手を組んでフルールを見上げた。

 加勢を望めない空間において、彼女の慈悲深い笑みは希望の光のように輝いていたに違いない。女性はその情けにすがろうとした。

 フルールこそが公正の砦であることも知らずに。

「……わたくし達は、苦しむ人を救うために魔王討伐の旅をしております」

 彼女は優雅に首を傾げ、笑みを深めた。

「分かりますか? 身を削ってでも、人を守るためです。もしも、この人間同士の諍いが、故意に引き起こされたものだとしたら――それはとても、悲しいことですね」

 今度こそ、通りは完全に静まり返った。


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