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不穏

 迷子は、おそらく十歳前後だろう少年だった。

 人通りの少ない細い路地の間に、所在なさそうに立っている。

 ふんわりした金髪に綺麗な顔立ち、身なりも清潔に整っていて、それなりに裕福な家庭の子どもだと推察できる。

「君、どうしたの? 親とはぐれちゃった?」

 レネは声をかけながら、少年を元気にするにはどうすればいいのか考えた。迷子を保護するのは初めてなので方法が分からない。

 悩んだ末、村の子どもが一発で笑ってくれる変な顔を披露してみる。

 例にもれず少年も、顔を上げた瞬間に噴いた。

「よかった、笑ってくれた」

 レネが笑うと、彼は恥ずかしそうに目を逸らす。

「えっと、僕、お母さんが、いなくなって……」

「そっか、怖かったよね。でもきっとお母さんが迎えに来てくれるから、それまではお姉ちゃんと一緒にいよう」

 安心させるために頭を撫でようとするも、顔をしかめて避けられてしまう。

 先ほどまでの震えて頼りない様子が嘘のように、今は懐かない猫に近かった。警戒し、鬱陶しそうにしているのに、赤くなった頬が可愛い。

「私はレネ。お名前は言えるかな?」

「名前……フレッド」

「フレッド君か。しっかりした子だね」

「……お姉さんはちょっと変わってるね」

 若干馬鹿にされている気がするけれど、いきなり変顔をする大人を敬えない気持ちは十分に分かる。

 レネは微妙に切なくなりつつも話を変えた。

「フレッド君は、お母さんと買いものに来たところ? お腹は空いてない?」

「空いてないし、もし空いてたとしても母親と合流するまで、不安で食欲なんて湧かないに決まってる。迷子なんだから」

「君、迷子なのに冷静だね……」

「不安だけど、落ち着かなきゃいけないとか、歩き回ったら余計会えないかもとか、それくらいは分かる年だよ」

「……フレッド君こそ、迷子なのに変わってるね」

 無理して大人ぶっているというより、まるで本当に大人のよう。

 というより、達観している。

 雑踏を眺める瞳には、どこか暗い陰があった。何かを諦めているような。

 レネはおもむろにフレッドを羽交い絞めにした。

 驚いた小さな体が暴れだすけれど、勇者を相手に鍛え上げた体術は伊達じゃない。少年の抵抗などそよ風ほどにも感じなかった。

「なっ、何するんだよ!」

「……安心しなさい」

 清潔な身なりをしているのに、フレッドの体は村の子ども達に比べても細い。そこがさらにレネの胸を締め付けた。

「落ち着かなきゃって分かってても、怖いものは怖いよね。私はフレッド君を傷付けたりしないって誓うから、安心して寄りかかっていいんだよ」

 レネの口からは、自然とそんな言葉がこぼれ落ちていた。

 少年に似つかわしくない言動、荒んだ瞳。

 フレッドは根本の部分で人を拒絶している。

 そしてそんな自身すら俯瞰で眺め、厭っている。

 彼のような子どもを一人だけ知っていたから、放っておけなかった。

 何を言ったら警戒しないだろう、何をすれば受け入れてくれるだろう。そんな感情ばかりが浮かぶ。

「傷付けないよ。私は、絶対に君を傷付けない」

 静かに繰り返すと、フレッドの体が強ばり……やがて大人しくなった。

「……馬鹿みたい」

 少年の小さな手が、レネの手の上に重なる。

 その手は少しかさついていて、細かな傷がいくつもあった。

「本当に変な人だね。僕なんて、とっくに傷だらけだよ。こうやって割り切れるようになるまで、どれくらい場数を踏んできたと思ってるの」

 腕の力を緩めると、彼はゆっくり振り返った。

 フレッドのいう場数が何を指しているのか分からないけれど、第一印象で感じたような家庭環境ではないのだろうと思った。

 裕福な家庭で大切にされてきたのなら、こうまで悲しい表情はできない。

 まるで、世界に独りぼっちみたいな。

 彼の手が、躊躇いがちにレネの頬を撫でる。

「お姉さんみたいのを、カモっていうんだろうな」

「え……」

 その時誰かが近付く気配がして、レネは咄嗟に振り返った。

 金髪の、綺麗だけどどこか粗野な雰囲気の女性が背後に立っている。

 敵意に満ちた眼差しに見覚えがあると思ったのは、街に入った時にレネを睨んでいた内の一人だったというのと――目の前にあるフレッドの整った顔立ちと、どことなく似ている部分があったから。

「……え?」

「カモって言葉の意味くらいさすがに分かるよね、お姉さん?」

 フレッドが、清々しいほどにっこりと笑う。

 それに気を取られている隙に、女性に強く突き飛ばされた。

 よろけて膝をついたレネと同じく、相手も転んでいる。彼女は奪うような勢いでフレッドを引き寄せると、レネの疑問を掻き消すほどの大声を上げた。

「誰か助けて!! この女、うちの子をさらおうとしたわ!!」

 ――――やられた。

 いかにも哀れっぽい訴えに、道行く人々が何ごとかと振り返る。

「誘拐よ! お願い、憲兵を呼んで! 誰かこの女を捕まえて!!」

 だんだんと人だかりが増えていく。

 疑心を向けられ、レネの頭は真っ白になった。

 感謝されたくて手を差し伸べたわけじゃないけれど、まさかの罠だったとは。もはや腹も立たない。

 裕福そうな身なりをしていたのもこのためだったのか。少年の綺麗な顔と相まって、誘拐という言葉に説得力が帯びる。頭のどこか冷静な部分で、意外にも巧妙だとすら考えていた。

 たとえレネが害のない村娘の顔をしていても、魔が差しても仕方がないと解釈されてしまう。綺麗な宝石が道端に落ちていたら誰だって懐にしまいたくなるだろう、と。

 この悪い流れを断ち切らなければいけない。

 レネも女性に負けないよう、無実を主張する。

「誤解です! 迷子だと思って、保護者の方が見つかるまで側にいただけです!」

「嘘よ! 私はこの女が、息子に抱き着いてるのを見たもの!」

 事実だけに否定できない。反論に窮するレネに、さらに周囲からの疑心が増した。

 反論材料ならまだある。

 レネは、勇者一行と共に行動している。

 迷惑がかかる行動は謹んで当然だし、そもそも地位も名誉も持っている彼らの側にいて少年誘拐を企てるだろうか。

 勇者一行と街に入ったところは多くの人が目撃しているから証明は難しくない。

 だが、レネは躊躇した。

 彼らの身分を我が物顔で振りかざすことにも抵抗があるけれど、何よりこの騒ぎが、もし解決できなかったら。

 最後までレネにかかる疑いを晴らすことができなければ――彼らを巻き込んでしまう。本当に迷惑となってしまう。

 レネが逡巡している間に、街の人達の方が気付きはじめた。

「……ねぇ。あの女の子、勇者一行様と一緒にいた子じゃなかった?」

「あぁ、道理で見覚えがあると……」

「――じゃあ、勇者一行も騙されているのでは?」

 誰かの囁きに、背中がひやりとした。

 レネはこれまで、クラウスの幼馴染みという理由で幾度となく嫌な思いをしてきたから知っている。

 面白おかしい憶測は、ひとたび走りだせば止まらない。まるで導火線に火がついたがごとく、あっという間に燃え広がっていくのだ。

「確かに、勇者一行の側にいれば、いい思いができそうだもんな」

「それが目当てですり寄っていたってこと? 最低じゃない」

「あんな平凡な女が一緒にいるなんて、はじめからおかしいと思ってたのよ」

「分かる。正直、全然釣り合ってないもんなぁ」

 反論のため開いた口を、レネはかすかに震わせながら閉じた。

 騒ぎ立てて噂を広めるくらいなら、いっそ逃げてしまおうか。

 レネだけならばルネル村に帰って、この地に二度と足を踏み入れなければ済むこと。

 彼ら親子がなぜこんなことを仕掛けてきたのかは分からない。

 目の敵にされる理由を知りたいし、一方的な意見に屈したくはないけれど――……。

 その時、頭上にふと影が差した。

 顔を上げると、大衆の目からレネを隠すように立ち塞がる、広い背中があった。




 

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