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高まる尊敬②

 話し終えたセーヴィンが隣を見ると、レネは目元を覆って肩を震わせていた。

「ほ、ほんの一例を聞いてるだけなのに、涙が出そうになります……」

「ありがとう。君は分かってくれると思った……」

 レネが苦労を分かち合ってくれるから、セーヴィンは初めて静かな心持ちで、あの頃を顧みることができる。

 問題しか起きない日常だったから、常に限界を感じていた。

 自分の身分が低いから、意見を軽んじられてしまうのか。もっと頼りがいがあって尊敬できる人物の方が、まとめ役に相応しかったのではないか。

 そうこうしている内にクラウスまで脱走してしまって……もう無理だと諦めかけてたどり着いたのが、このルネル村。

 そして真っ先に出会ったのが、彼女だったのだ。

 ようやくパン屋が見えてきた頃、店舗側に人が集まっていることに気付いた。

 何が起こっているのか大体は察しがつく。

 特にセーヴィンは、こうなっているだろうと予期して進路を変更したのだから。

 レネと顔を見合わせ、店舗側に向かう。

 案の定、人だかりの中心には勇者一行がいた。

 クラウスだけでなく、フルールとヴェルヌまで。全員でレネの帰りを待っていたようだ。

「おかえり、レネ。ところで何でセーヴィンなんかといるの? 手伝いが必要なら一緒に行くって言ったのに、僕じゃなくセーヴィンを頼ったの……?」

 笑顔なのに目の光がなくなった状態で、クラウスが近付いてくる。

 こうなると、周囲にできていた人だかりが一気に引いていく。慌てず騒がず落ち着いて、この村ではよく見かける光景だ。

 セーヴィンも後ずさりかけたが、さすがレネは長い付き合いだけあり、何てことないようにいなす。

「頼ったっていうか、たまたま途中で会ったのよ。偶然、思いがけず、計らずも」

「え。それはつまり、偶然の重なりに運命を感じているということ……?」

「クラウスがこの村に帰ってこなければ、会うことすらなかったはずだけど? これが運命だとしたら、間違いなくきっかけはあんたね」

 レネの言葉がよほど衝撃的だったのか、クラウスは膝から崩れ落ちてしまった。

 勇者の挙動など気にも留めず、のんびり丸パンを頬張っていたヴェルヌが口を開く。

「ねぇレネ。僕ずっと謎だったんだけど、何でパンの焼きあがりってそれぞれ違うのぉ? たとえばブールは焼けた時にパキパキって音がするけど、丸パンは鳴らないよねぇ」

「あぁ、あれは窯から取り出した時、固いパンの表面が急激な温度差でひび割れて……」

 自由な彼にも戸惑うことなく答えていたレネだが、一方でクラウスの瞳はさらに濁った。

「待って、ちょっと待って。全然理解できない。何でヴェルヌがパンに詳しくなってるんだ? しかも僕のレネをいつの間に呼び捨てするように……」

 壊れた人形のごとくぎこちなく振り返るクラウスは恐怖以外の何ものでもないのに、魔法使いは全く動じず白けた眼差しを送っている。

「クラウスさぁ、あんまり束縛がひどいと嫌われるよー? って今も既に嫌われてるけどぉ」

 痛いところを突かれたクラウスが硬直する。

 そこに追い打ちをかけたのは、小規模な飲食席で優雅に紅茶を飲んでいたフルールだ。

「ヴェルヌさんに全面的に同意します。恋愛関係にあったとしても所有物扱いなどいかがなものかと思いますのに、お二人はそもそも付き合ってすらおりません。確かにレネさんは可愛いですが、一人の人間としての尊厳があるわけですから……」

「待ってください、フルールさん。そうやって丁寧に説明するほど人間として扱われてない感が強調される気がするんですけど」

 レネの抗議など聞きもしないで、ヴェルヌは大きく頷いている。

「うんうん、レネって面白可愛いよねー」

「いや、そんな奇妙奇天烈なジャンルはありませんし、ヴェルヌさんに褒められても不吉な予感がするだけですし」

「ひどいなぁ、僕って今や結構なお得意さんだと思うんだけどぉ」

「前まで食の細さを心配してましたけど、実は胃袋異次元収納なんじゃないですか? 逆にお店のパンが全部なくなりそうで怖いです!」

 いかにも和気あいあいとした雰囲気で会話がはじまってしまえば、もはやクラウスは耐えきれなくなったようだ。

 ぶるぶる身を震わせていたかと思うと、突然レネに飛びついた。

「レネレネレネレネレネレネ――――!!」

「ぎゃあっっ!!」

 彼女は懸命にもがいているものの、残念ながら勇者の腕力には敵わないらしい。

 セーヴィンは普段忘れかけているけれど、頬を真っ赤に染める少女らしい一面を見ると新鮮な気持ちになった。本人は平凡な村娘を自称しているが小動物のような愛らしさがある。

 そう思った瞬間、かつてない殺気を感じた。

 クラウスの強い眼光に射抜かれ、セーヴィンは咄嗟に腰の剣を抜きかける。

 何とか押さえられたのは鍛錬と、彼の奇行を受け入れんとする日々の努力の賜物だ。

 とはいえ、背中にはびっしりと冷や汗をかいているのだが――クラウスはもう興味すらなさそうに顔を背けていた。

 セーヴィンは詰めていた息を吐きだす。

 十中八九、思考を読まれたのだろうが、レネに関する時のみ発揮されるその異常な能力は一体何なのか。

 そもそも理不尽だと思う。フルールやヴェルヌも可愛いと明言していたのに、なぜ自分ばかりが。

 クラウスは、レネにしか見せない甘えた顔で彼女に頬ずりをしている。

「レネ、他の奴らなんて構わなくていいから、僕だけを見て。知り合って十日程度の有象無象が、十年間も君を舐め回すように見つめてきた僕の愛情に敵うわけがないのに、軽々しく可愛いだなんて……」

「――キモい!!」

 この場合、頬ずりと発言、両方への感想だろう。

 レネは華麗な体さばきでクラウスを担ぎ上げたかと思うと、そのまま遠心力と回転を利用して店舗の外まで投げ飛ばした。

 すかさずパンの棚を魔法でどかしたのがヴェルヌで、紅茶を片手に扉を開けたのがフルール。ものすごく息のあった連携だ。

 どかーーーーんっ。

 クラウスの体は店の正面にある井戸にぶつかってようやく止まった。

 一応生きているようだとだけ確認し、セーヴィンはこくりと頷いた。

 小競り合いは日々起こっているものの、何だかんだ勇者一行は一つにまとまっている。

 こうしてセーヴィンの中で、レネの株は留まることなく上がり続けるのだった。





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