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ちやほや

 今日もキラキラいい天気。

 いつものどかなルネル村だが、最近はちょっとだけ賑やかだ。

 最大の要因は、この村出身の勇者が、幼馴染み会いたさに出戻ってきたこと。

 彼自身も端整な顔立ちの青年なのだが、逃げた勇者を追いかけてきた旅の仲間もまたそうそうたる顔触れだった。

 実行力と決断力に富んだ、勇者一行のまとめ役であるセーヴィン。

 端整でありつつもどこか野性的な顔立ちとたくましい体躯で、一見近寄りがたいが、実は細やかなことに目が届く誠実な性格だ。困っている人をさりげなく助けたり悩みごとを聞いたりしている内に、あっという間に村に馴染んでいた。

 そして勇者一行の紅一点である第三王女、フルール・クローディアヌス。

 まさに花のような美しさで、微笑を向けられれば心が洗われると専らの評判だ。本来は合理的な切れ者だが、慈悲深く心が清らかな王女を演じている。当初は外面対応をする場面をよく見かけたけれど、最近は表情が豊かになってきたという話も聞く。

 意外なことに勇者クラウスも、この面々に引けを取らないほど人気がある。

 金髪碧眼、乙女の願望を体現したかのような容姿の上、何といってもこの村出身という気安さがある。幼馴染み以外にはまともな人間らしい受け答えができるという点も大きい。

「いやぁ、本当に心が潤うわー。王族なんてみんな偉そうだと思ってたけど、案外気さくだし」

「あとあの顔面偏差値やばいよね」

「やばいやばい。見てるだけであと十年くらい長生きできそう」

「高まるわー」

 頬を染めるお年寄り達が、華やいだ様子で目の前を通り過ぎていく。

 レネはそれを見送ってから、隣を見下ろした。

「……完全に見えてませんでしたね」

「うるさいよぉ。ていうかこの村のお年寄り元気すぎじゃない?」

 すっかり打ち解けた勇者一行は、今日も大勢の村人に囲まれている。

 ぽつんと人だかりから取り残されているのは、地面に座り込んでいるヴェルヌだ。

 性格には難しかないけれど、彼も勇者一行のそうそうたる顔触れの一人。

 クローディアヌス王国の筆頭魔法使いという称号だけでも目を見張るものなのに、暗い色味のローブの下には繊細な美貌を隠している。

 腰まで届く絹糸のような銀色の髪に、澄んだ金色の瞳。細身だがその分中性的な容姿が際立ち、男女問わず見惚れてしまいそうなものなのだが。

「完全に引かれましたね」

「だからうるさいってばぁ」

 むくれるヴェルヌに付き合い、レネも村人の輪を傍観している。

 いじけた彼が手当たり次第に雑草を抜きはじめたため、二人の周囲にはこんもりと草の山ができつつあった。

「はじめの頃は僕のこともちやほやしてくれたのにぃ……何がいけなかったのぉ?」

「本気で分かってないならかなりの重症ですよ」

 レネは思わず遠い目になった。

 彼らがルネル村に滞在をはじめてからほどなく、村人はヴェルヌの恐ろしさを知った。

 見境なく声をかけるまではいい。既婚者や決まった相手がいる者でない限り、まだ目をつぶれる。

 だが、とにかく下ネタがすごいのだ。

『僕のピー見たい? 君のを見せてくれたらねぇ』

『ピーにはまだ挑戦したことないんだよなぁ。試してみよっかぁ』

『ピーにピーするとピーが……』

 ……声のかけ方、気の引き方、誘い方。何もかもがことごとく間違っていた。

 散々な下ネタを直接ぶつけられた者達は裸足で逃げ出し、もう二度とヴェルヌに近付くまいと誓ったらしい。ほんの一週間足らずで彼の周りには村人がいなくなった。

「これでも魔王討伐の旅をしてる間も、相手に事欠かなかったのにぃ……」

 都会怖い。レネは戦慄した。

 あの下ネタを受け入れられる猛者がいるとは。

「……人の好みはそれぞれですから何とも言えませんが、たとえば行きずりの相手だったら、その美貌のおかげで万が一もあり得たかもしれないですね。でも、ここは華やかな都会じゃなく地方の村ですよ。求めているのは刺激ではなく平穏、誠実さ、堅実さ。つまり結婚相手に相応しい人間性です」

「僕が相応しくないっていうのぉ?」

「逆に、あなたは魔術塔とやらで社交性を学ばなかったんですか」

「十歳の時から魔術塔にいるけど、あそこで社交性のある奴なんか見たことないよぉ。魔術以外に興味ない人間の集まりだしぃ」

「つまり、ヴェルヌさんみたいな人の巣窟ってわけですね……」

 レネは、自分に魔術の素養がなかったことを心から喜んだ。

 目の前で繰り広げられるちやほやの輪には終わりが見えない。

 隣を見下ろせば、そろそろ草の山でヴェルヌが埋もれてしまいそうだ。

「……まぁ、偉そうに言ってる私も、結婚相手に相応しい人間性ってやつがないらしくて、あぶれてるんですけどね」

 彼は年上なのに子どもっぽい言動のせいか、どこか放っておけない雰囲気がある。かなり幼い内から魔術塔にいたらしいので、情緒面で成長不足なのかもしれない。

 もちろん、隙あらば下ネタと実験勧誘をはじめるので油断はしないが。

 ようやくヴェルヌが顔を上げたはいいが、その表情には色濃い憐憫が浮かんでいた。

「うーん、君くらいのそこそこ見られる容姿だったら、高望みさえしなければ結婚できるんじゃない? 手頃な相手で済ませたい平凡な人間同士、お似合いだと思うよぉ」

「それ私だけじゃなく全方位に失礼だから絶対他で言っちゃいけませんよ」

「残念だけど僕は無理だよ。研究対象としてなら君に興味あるけど、僕の下半身が少しも元気になってくれないんだよねぇ」

「だからそういうところだって言ってるのに……」

 全然懲りないのだから筋金入りだ。

 呆れを通り越してつい笑ってしまう。

「手頃な相手で済ませたい人なんていないんじゃないですか? 実際私、一度もそういったお誘いを受けたことありませんよ。おかげでデートの一つもしたことないです」

「えぇー? 平凡な人間なんて、田舎ほど履いて捨てるくらいいるものじゃないのぉ?」

「そろそろ口を閉じましょうか」

「だってそれは不自然を通り越して奇妙だよぉ。田舎ほど結婚しなきゃいけないって固定概念が根強く残っているんだから、みんな必死で相手を探してるはずでしょ。中には誰彼構わずって輩もいるだろうし、全く一度も声をかけられないなんてぇ……」

 レネ達は話し込んでいる内に、少し顔を近付けすぎていたらしい。

 とはいえ一般的な適正距離は保っていた。

 保っていたのに、それすら見逃さない心の狭い者がいるのだ。

「――楽しそうだね、二人共」

 そこにやって来たのは、案の定クラウス。

 言いわけをするのも馬鹿らしいが、幼馴染みのこめかみに青筋が浮かんでいたため、レネは穏便に済まそうと口を開く。

「あー……不人気者で寂しく慰め合ってただけよ」

「そうだよぉ。あくまで体は使わずにね」

「ちょっとヴェルヌさん、この状況でその危うい発言はやめて」

 クラウスの目からますます光が失われていく。

「ふーん……つまり、体ではなく互いの心に触れ合っていたってこと……」

「いや全然そんなんじゃ……」

 訂正途中で、レネの体は言葉と共にさらわれた。

 いつの間にかクラウスの腕の中にすっぽりと収まっており、思わず目を瞬かせる。一体どういう状況なのだ、これは。

「……ヴェルヌ、僕達の愛を引き裂こうなんていい度胸じゃないか」

「そこに愛があるのかはなはだ疑問だけど、牽制は必要ないよぉ。所有欲を見せつけられても、微塵も興味がないからご自由にとしか思わないもん」

「そうやって油断を誘いレネを篭絡する気か……」

「だから勝手に巻き込まないでくれるぅ?」

 クラウスとヴェルヌは何やら言い合っているが、レネの頭には入ってこなかった。

 腰を掴む大きな手に、さらに力が込められた時。

 ぷつん、とレネの何かが限界を迎えた。

「はっ……なしてこの真性変態――――!!」

 目にも止まらぬ速さで地面に手をついたレネは、両足を蹴り上げクラウスの頭部を膝で固定する。

 勢いよく地面に叩きつければ、そのまま頭部は地面にめり込んだ。


 ずどぉぉぉぉぉぉんっ


 そこに、地響きを聞きつけたセーヴィンとフルールもやって来た。

「今度は一体どういう騒ぎだ、ヴェルヌ殿?」

「どうせクラウスさんが何かをやらかしたのでしょうけれど……」

 物騒な物音で駆け付けたにもかかわらず危機感が薄いし、歩調もゆったりとしている。彼らもルネル村の日常を受け入れつつある証拠だ。

 名指しをされたヴェルヌは、つまらなそうに肩をすくめた。

「どうもこうも、いつものことぉ。罵られても、クラウスが嬉々として立ち向かっている感じー」

 彼らの戦闘に巻き込まれないよう避難すると、遠くにたむろする村人が見える。セーヴィンやフルール達をちやほやしていた者達だ。

「いいのぉ? あの人達、放って来ちゃってさぁ」

 セーヴィンはちらりと背後に視線を向けてから、気まずそうに頭を掻いた。

「その、好意はありがたいのだが、あまり持ち上げられると居心地が悪くてな。それに今なら、レネ殿も試合の申し込みを受けてくれるのではと……」

 ちょうどクラウスを念入りに埋め終えたレネが、彼の台詞を受けて頬を引きつらせる。

「ちょ、セーヴィン様、誤解です! 私は別に暴れたくて暴れてるわけじゃないし、暴れ足りないなー、とも思ってませんからね!?」

「クラウス殿と対等に渡り合う戦闘力、以前からぜひ手合わせ願いたいと……」

「いやあれは気持ち悪いことにあいつが避けないだけで……って何で私が変態の行動原理を説明しなきゃならないんです!?」

 大きな体で恥じらいつつ試合を迫るセーヴィンは、しかしフルールによって阻まれた。

「残念だけれど、レネはこのあとわたくしと喫茶店に行く予定なの。あなたの出る幕などなくてよ、セーヴィン」

 戦闘馬鹿な面もあるセーヴィンはともかく、彼女もいつの間にレネと仲良くなったのか。ついこの間までは、勇者を旅立たせるための障害物としか思っていなかったはずなのに。

 勇者一行に選ばれるより前から面識のある両者は、もはや主従の縛りなどないかのように、熾烈なレネ争奪戦を繰り広げはじめていた。

「殿下は、もう何度もレネ殿と遊んでおられるではないですか。私も一度くらい……」

「友人だもの。何度遊んでも構わないでしょう?」

「心を許せる友人ができたことは、たいへん喜ばしく思います。しかしそれとこれとは話が別。私は今日こそ手合わせを実現させてみせます」

「わたくしの予定を潰そうだなんて、いい度胸をしているわね……」

 不穏な空気の立ち込める主従の傍らでは、レネが居心地悪そうにしている。

「……あの、お言葉ですけど、フルールさんと一緒に喫茶店って予定、初耳なんですけど。私の予定を私以外の人達が勝手に決めつつあるんですけど?」

 彼らだけでも収拾がつかないのに、地面から逃れたクラウスまで参戦をはじめた。

「羨ましいぃぃぃぃ……僕ですら二人きりで喫茶店に行ったことなんてないのに……」

「クラウス殿はそもそも敵ですらないな」

「お可哀想に。レネさんにとってあなたがどの程度の存在なのか知れるというものです」

「――いやあの、意味が分からない上に無駄すぎる言い争いはやめましょうね⁉」

 仁義なきレネ争奪戦を遠巻きにしていたヴェルヌは、半眼をさらに細めた。

 ナニコレ。

 一体どこが不人気者なのか。村中からちやほやされていた勇者一行が、今度はレネをちやほやしているではないか。

 争っているはずなのに効果音までほのぼのとしたものに聞こえてくる。

 いや本当にナニコレ……?

 納得いかず、ヴェルヌは一人難しい顔をした。





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