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幼馴染みは勇者様

 ルネル村は平和なポカポカ日和。

 青い空には丸パンのような雲が浮かび、その隣を雲雀がゆっくりと横切っていく。

 そして村の南西に位置するアカネの森には――今日も元気な殴打音がこだましていた。


   ドカドカドカンッ バキバキッ


 凶暴なクマ型の魔物の上空、ひらりと舞う麦穂色のおさげ髪。

 体を空中でくるりと回転させたレネは、息つく間も与えぬ浴びせ蹴りを放つ。

 一打ずつが速く重い上、的確に急所に命中。クマ型の魔物は猛攻に耐えきれず、ついには派手な音を立てて地面へと倒れ伏した。

 レネはその傍らに、体重を感じさせない身軽さで着地する。スカートの裾とエプロンを整え終えると、額にかかる前髪を払った。

「やっぱり、禁足地との境界に近いと、それなりの魔物が現れるわね……」

 ルネル村は平和だが、隣接するアカネの森は踏み込みすぎると危険な場所。

 広大な森で、その全貌は誰も知らない。ルネル村に育った者なら、目印として点在している魔物避けの赤い立て札より奥へ行ってはならないと、厳しく親に言い聞かされている。

 レネが禁足地近くまで入り込んでいるのは、実家のパン屋で使う香草を摘むためだ。

 麦穂色のおさげ髪に蜂蜜色の瞳の、取り立てて特徴のない容姿。未だ恋さえ知らない平凡なレネの取り柄といえば、明るさと真面目さくらい……と本人は評しているが、ルネル村の村人から言わせると、桁外れに強いという大きな特徴があった。

 レネ以外の者は森に近付くことすらしないという事実に、レネだけが気付いていない。ちょっぴり強い、という程度の認識だ。

 なぜ、レネだけちょっぴり強くなってしまったのか。その理由を知らない者はルネル村にいない。


 突然、レネの背後の低木が怪しげに揺れた。

 また魔物かと緊張感をみなぎらせて振り返る。

「レネーーーーーーーーーー!!」

「なっっっ!?」

 意表を突かれ、レネは驚きの声を上げた。

 繁みから勢いよく飛び出してきたのは、魔物ではなく人間――しかも三ヶ月前に村を旅立ったはずの、幼馴染みだった。

 幼馴染みのクラウスは、金髪碧眼の端整な顔立ちをしている。

 しかしそれも、今はでろでろに緩みきって見る影もなかった。

 あれは幼馴染みではない。ただの変質者だ。

 瞬時に結論を弾き出したレネの全身から、魔物に向けていたよりも鋭い殺気がほとばしる。

 今まさに腰に絡みつこうとしていた両腕を避け、繰り出したのは喉輪。

 向かってくる相手に仕掛けるには、極めて危険な技だ。窒息や首の骨折、頚椎の損傷、致命傷となりかねない重症を負わせる可能性をはらんでいる。

 躊躇いなく繰り出せたのは、彼が勇者だから。

 どれほど力を尽くしても、唯一敵わないと思わされる相手だから。ちなみにこれが、レネがここまで強くなってしまった元凶でもあった。

「触らないで、変態!!」


   ドガンッッ


 喉輪は間違いなくクラウスの急所を突いたはずなのに、彼のにやけ面が吹き飛ぶことはなかった。

「あぁ、レネ!! 久しぶりのこの威力、この痛み……!! 僕に攻撃が届く奴なんて王都でもほんの一握りなのに、やっぱりレネは最高だよ!!」

「攻撃を受けて最高とか気持ち悪いんだけど!?」

「久しぶりに触っていい!? 嗅いでいい!?」

「いいわけないでしょ!!」

 クラウスの変態ぶりはいつものこと。

 分かっていても律義に突っ込んでしまうし、攻撃もやめられない。

 放置すれば合意とみなされ、どれほど恐ろしい変態行為に及ばれるか分からないからだ。

 今もさめざめと泣いているふうに見せかけて、油断を誘っているだけかもしれない。ここ三ヶ月は平和に暮らせていたのに。

「あ、あれ? あんた魔王討伐の旅に出たはずでしょ!? 何でここにいるのよ!?」

 彼の体に勇者の紋章が現れたのは、六歳の頃。

 その時期から魔物が凶暴化し、人が襲われる被害が王国各地で頻発するようになった。

 それから何年か経過し、国はようやく勇者を求める御触れを出した。

 クラウスは渋々名乗りを上げたものの、正式に認められたあともルネル村に暮らしながら剣の稽古をしていた。その間、王宮に移り住むよう再三の要請があったことは知っている。

 しがみついてでも村から離れようとしなかったクラウスだが、魔王討伐の仲間が正式決定したという報せを受けては、王都へと旅立たざるを得なくなった。それが三か月前。

 魔物が凶暴化し人を襲うのは、魔王の仕業だといわれている。

 今もレネがクマ型の魔物に襲われたことから考えると、魔王はまだ存在しているのだろう。

 つまりクラウスは、何も成し得ていないということになるのだが。

「もしかして、弱すぎてお役御免になっちゃったの? 王都でちゃんとした使い手に師事を仰がなかったせいで、何の役にも立たなかったとか……」

 変態とはいえ幼馴染みだ。

 長年苦楽を共にしてきた分、情もある。

 何か辛い思いをしたのかもしれないと同情したレネは、彼の肩にそっと触れる。

 クラウスは両手で顔を覆ったまま、絶叫した。

「レネのいない生活に、もう耐えられない!!」

「………………は?」

「そりゃさ、魔王を倒せるのは勇者だけなら仕方ないって、泣く泣くレネの側を離れたよ! 仲間とかいう奴らと顔合わせしてちゃんと旅に出たし、聖剣ってやつにも認められた! これも全部レネを守るため……あと一応この村を守るためでもあるんだからって! でも無理! もう限界! 『あ、この街を経由すればルネル村に帰れるなー』って思ったら足が勝手に動いちゃったんだ!」

 感情のまま辛さを訴えるクラウスが、荷物袋からあるものを引っ張り出した。それはとても見覚えのある――というかレネのブラウスだ。

「せめてもの慰めにと君の匂いが残る服を持ち出して寝る前にスハスハしてたけど、これもだんだん匂いが薄くなってきて……お願いだ! もう少し長持ちするよう、今度は三日間身に着けた下ぎ……」

「――ブラウスなくしちゃったと思ってたけど犯人はあんただったんかい!!」

「ああん容赦なく人中―――♡♡」

 腰を限界まで捻って繰り出した突きは、吸い込まれるようにクラウスの人中に入った。

 鼻の下、唇の上にある人中もまた、人間の急所。それでもクラウスは恍惚とした笑顔のまま、今度こそ吹き飛んでいく。


   ドゴオォォオォォォォォォンンンッ


 魔物を相手にしていた時とは比べものにならないほどの地響きが、アカネの森を揺るがす。

 それは、森の外でのんびり農作業している村人達にも伝わった。

「――お」

「この感じは魔物じゃなく、クラウスね」

「あいつ帰ってきてたのかぁ」

 ルネル村では珍しくもない、むしろクラウスがいた頃は風物詩とも言えるほど日常的だった騒音。

「本当、仲がいいよなぁ」

「知ってる? ああいうの、都会では『ケンカップル』っていうらしいよ」

 平和な喧騒が戻ってきた。

 こだまする轟音に耳を澄ませながら、村人達は朗らかに笑い合った。




 

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