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91 決着です!


~ギルバート視点~


「がはっ……がっ……!!」


 左の側腹部に電流が走ったような感覚。


 収まることのないジクジクとした熱。


 これはなんだ。


 僕は、こんな感覚を知らない。


 体のどの部分を動かそうとしても、エメ君に突かれた部位に電流が走る。


 原因は明らか、エメ君によって受けた打撃。


 分かっているのに、僕はその場から立ち上がることは出来ない。


 なぜならば……。


「それが“痛み”ですよ、ギルバード君」


 そう言う彼女、エメ・フラヴィニーこそ異様に映るからだ。


 これが“痛覚”だとするならば、こんなに不快なものはない。


 だが、それを教える彼女こそ何なのか。


 僕を見下ろす彼女の左腕は完全に死んでいる。


 血を流し、その肌は色を失っている。


 絶対にもう使い物にはならないはずだ。


「降参して下さい」


 なのに、どうして彼女は表情一つ崩さない?


 僕は体を強打されたとは言え、血を一つも流していない。


 それでもこれだけの痛みが走り、呼吸は一度止まりそうになった。


 なら、彼女が受けた痛みはどれほどのものだ?


 絶対に僕が受けた痛みの比ではない。


 それなのに彼女は躊躇わず右腕を振り抜いて来た。


 僕は初めて知る痛みに動くことすらままならないと言うのに、彼女は痛みを無視して自身を突き動かした。


 ――そんな者を相手にして僕は勝てるのだろうか?


 魔法は当たらない、それならば純粋な身体機能の勝負になる。


 だが、彼女は痛みを無視して何度でも僕に魔術をぶつけてくるだろう。


 僕は何度、この苦痛を味わうことになる?


 いや、これ以上の苦痛だって有り得る。


 彼女のように腕を潰された時、どんな痛みに襲われるのか。


 想像するだけで恐ろしい。


 ああ、怖い。


 対等な者が現れた時、戦いとはこんなにも恐ろしいものだったのか。


 痛みと恐怖、それは僕の心の中に絡みついて離れない。


 こんな感情を覚えたことはない。


 僕は目の前の化け物に、初めて恐怖をしていた。


        ◇◇◇


~エメ視点~


 イリ―ネの言った通りです。


 初めて痛みを知る魔族の足は止まっています。


 ギルバード君の眼は明らかにさっきまでとは違う感情を孕んでいます。


 迷い一つ感じさせなかったその眼光は影を生み、焦点の定まらない視点。


 彼はきっと初めての痛みに恐怖しています。


「もう今のギルバート君じゃ、わたしには勝てません」


「僕が、僕が負ける……?ありえない、そんなこと許されていい筈がない……!!」


 言葉とは裏腹に、体の動きが追い付いていません。


 感情と剥離してしまった行動に、強さは伴いません。


 わたしが負ける事はないでしょう。


「……忘れたのか、僕にはまだ魔神がいるんだっ!!来い、ハルート、マルート!!」


 ギルバード君は扉の向こうに叫びます。


 ――ギギッ


 と、呼応するように扉が開かれます。


 そこには二人の魔神の姿が。


「ははっ!エメ君、この魔神は僕よりも遥かに強いんだ!!この二人に君は八つ裂き……に……?」


 言葉は途中で詰まります。


 ――バタン


 と、魔神の二人は倒れてしまったからです。


 魔神は元々意識を失っていて、無造作に投げつけた人物がいたのです。


「ああ、これ君の魔神?こんな辺境でか弱い女の子相手に猛威を振るって偉そうにしてるのが気に障ってさ、一発伸しといたよ」


「んなっ……魔神二人も……お前がっ!?」


 口をあんぐりと開けてしまうギルバード君。


「何なら君も同じ目に遭わせてやろうか?どうやら私の愛弟子も随分と痛めつけてくれたようだからね」


 その人は、銀色に輝く髪を無造作に束ね、前髪は片方だけ長く右目を隠しています。


 綺麗な顔をしているのに、乱暴な物言いやニヒルな笑い方がどうも男性っぽい印象を与えてしまう魔法士。


「い、イリーネ!?」


「やあ、久々だねエメ」


 まさかの、よく知っているわたしの先生でした。


 10年ぶりですが、何一つ変わらぬ姿をしています。


「イリーネ、今、イリーネと言ったか!?」


 その名前に慄くギルバード君。


「んあ?そうだけど?」


「魔王様に瀕死の傷を負わた唯一の魔法士……あのイリーネ・アナスタシアかっ!?」


「だからそうだって」


 面倒くさそうに頭を掻くイリーネ。


「魔法士協会役員の誘いを幾度も断り、“あんまりしつこいとお前ら潰すぞ”という問題発言すら不問にされた鬼才。そのまま姿を隠していると聞いていたが……、なぜこんな所に……!?」


「イリーネ、そんなことになってたの?」


「そうだよ。ていうかむしろエメは何で知らないの?魔法士の中じゃ私かなり有名なはずだけど」


「……なぜでしょう?」


「相変わらずズレてるねぇ」


 そのやり取りを、驚いた様子で眺めるギルバード君。


「なんだ、君たちは……。というか、さっき愛弟子とか言ってた気が……」


「ああ、エメとシャルロッテは私の唯一の弟子だよ」


 ぽん、とイリーネがわたしの頭を撫でます。


 あ、子供扱いされてる……と思いましたが、その瞬間左腕の痛みが引いていることに気付きます。


 左腕を見ると、血は止まり傷は完全に癒えていました。


 ……しかも無詠唱で。


「“孤高の魔女”イリーネ・アナスタシアに弟子!?それもエメ君が……!?」


「イリーネ、そんなかっこいい二つ名あったの?」


「いや、ダサいでしょ。ていうか独身扱いされてるみたいでウザい」


 おお……普通、魔法士にそんな異名つかないのに、すごい生活感溢れるところを気にしています。


「イリーネ、結婚したの?」


「……エメ?大人になったから分かるわよね?お姉さんには聞いていい事と、悪い事があるのよ?」


 こ、怖いです……。


 いつもの砕けた口調じゃないのが、より一層感情の起伏を感じさせるのです……。


 あとお姉さん……?


 わたしと会った時から、全然見た目変わらないんですけどいくつなんでしょう。


 きっと怒るでしょうから、聞けませんけど……。


「バカな……魔女と、魔眼保持者の魔人が組むなんて……そんな……」


 わなわなと震えるギルバード君。


 魔神を倒され、その相手がイリーネというで戦意喪失しています。


「魔人なんだから戦いで死ぬ覚悟くらいは出来てるよな?」


「はっ……その……」


「大丈夫、痛みを感じるヒマもないから」


 ニコッと微笑むイリーネ。


 あり得ないほどの魔力が渦巻いていました。


 魔眼で視ると、デタラメな魔力量でイリーネ自身が発光しすぎぎて何も見えませんでした。


 ……これだと、弱点の掴みようがありません。


 さすがイリーネ。とんでもない強さなのだとわたしも成長してよく分かりました。


 きっとそれは同じ魔眼を持つギルバード君も同じでしょう。


「こ、こんな……こんな化け物が同時に二人も……」


「お前もその化け物の類じゃなかったのか?」


 魔力が大爆発を起こそうとしています。


「あっ……あああああああ!!」


 ギルバード君の絶叫を聞き終えると、イリーネは魔法を止めました。


「ほらね。ビビった魔族なんてこんなモンだろ?」


 ギルバード君は白目を剥いて気絶していたのです。


「でも、そんなことイリーネくらいしか出来ないよ」


「やり方はなんだっていいさ。こいつらは恐怖の扱い方を知らない、一度怯えてしまえば容易いもんだよ。それが弱いがゆえに恐怖と向き合い続けてきた人間との差かな」


 こうしてわたしたちはイリーネの助けもあって、誰一人失うことなくゲヘナを打倒することが出来たのです。

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