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88 昔の記憶とシャルの想い!


~シャルロッテ視点~


 わたしは、お姉ちゃんに何でも勝つことが出来た。


 それは記憶がある5歳の頃からそうだったと思う。


 両親の手伝いはわたしの方が上手に出来たし、駆けっこはわたしの方が速かった、お絵かきはわたしの方が綺麗に描けたし、どんなゲームをしてもわたしが勝った。


 それはまだ何もかもが幼いわたしにとって、ちょっとした自慢だった。


 姉より優れた妹。


 双子で誤差のような上下関係だけれど、それでもわたしにとっては唯一の姉。


 その姉より優れていることはわたしに特別な優越感をもたらした。


『シャルはすごいねぇ。おねえちゃんはそんなに上手にできないから……。自慢のいもうとだよっ』


 でも、その気持ちはすぐに萎んでいく。


 お姉ちゃんはこうして、毎回わたしを褒めるのだ。


 わたしが絶対に勝って、お姉ちゃんが褒める。


 それは様式美のようで、段々それが当たり前だと感じ始めるようになった。


 その気持ちは徐々に屈折し、姉に対する尊敬の念は薄れはじめ、いつからか自分より劣った存在だと見下すようになっていた。


『ねえねえ、シャル。今日はなにしてあそぶ?』


 お姉ちゃんはいつものように、ニコニコと笑いかけて遊びに誘ってくる。


 でもその時のわたしは……。


『あそばない』


『え……なんで?』


『おねえちゃんとなにやってもわたしが勝つもん。やる意味ない』


『ええ~……。そんなこといわないで、いっしょに遊ぼう?』


 一瞬だけきょとんとした表情を浮かべても、お姉ちゃんは何事もなかったのようにまた笑顔に戻ってしまう。


 それが理解できなくて、わたしは自分でもよく分からない苛立ちを募らせた。


『いや、おねえちゃんとなにやってもつまらないもん』


『おねえちゃんは、シャルと遊ぶのたのしいよ?』


『わたしはつまんない。相手にならないから』


『なら、お人形あそびとかは?』


 それは確かに勝ち負けのない遊び。


『やだ。あんな子どもみたいなあそびはしたくない』


『そんなぁ……』


 それも謎のプライドで断った。


 よく覚えてないけど、妙に女の子らしく振る舞うお姉ちゃんに何となく負けを感じていたからだと思う……。


『じゃあ、何だったらしてくれるの?』


 それでも食い下がるお姉ちゃんに、わたしも根負けした。


『じゃあ、わたしと勝負になるもの。お姉ちゃんが得意なやつ』


『んー……。あっ、それなら、かくれんぼはどう?』


 それなら確かにいずれ決着はつく。


 勝ち負けの判断は難しいけれど、悪くないなと思った。


『いいよ、してあげる』


『ほんと?やった』


『じゃあ、わたしが先にかくれるから。おねえちゃん探して』


『うん、わかった!』


 躊躇なく受け入れるお姉ちゃんは本当に人がいいなと今でも思う。


『絶対みつけるからね!』


『はいはい……』


 わたしはそのまま庭にある木陰にある草原に身を隠した。


 テリトリーは家の敷地内。


 でもきっとお姉ちゃんは外まで探したりはしない、そう踏んでわたしは庭を選んだ。


 数を数えているお姉ちゃんの声が終わったのを確認して、わたしは身を隠した。





『……やっぱりおねえちゃんはアホの子なんだ』


 一向に見つかる気配がなかった。


 そもそも家の中から出て来ない。


 だからわたしが見つかるのはずっと先のことだろう。


 やっぱり、お姉ちゃんと遊んでも楽しくない。


 だってわたしと釣り合ってないんだから。


 そうしてまた心の中で見下した。


 毎回、心の中でマウントをとるわたしはきっと子どもだったんだと思う。


『もしかして、お外にいたり?』


 しばらくして、お姉ちゃんが外に出て来た。


 見つかっちゃう!と緊張感が走る。


『あれれー?シャル、どこにいるのー?』


 でもきょろきょろと辺りを見回すだけで、この場所には気づかない。


 ほっと胸を撫でおろした、その時だった。


 ――ドン


 そんな鈍い音と共にむわっとした熱気が肌に絡みついた。


 何かと思って視線を遠くに離すと、その景色が一変していた。


 全てが火の海だった。


 家は半壊し、ありとあらゆるモノの形が変容していた。


 緑豊かな大地は何もかも燃えていた。


 その圧倒的な暴力を前に、言葉を失った。


『……まだ、生きている人間がいたか』


 地獄の底のような低い音。


 黒くて巨大なシルエットは、一目でそれが人間ではないことを理解した。


 後にイリーネから知らされる“魔王”という存在。


 そんな恐怖の対象が、お姉ちゃんを見下ろしていた。


(こ、殺されちゃう……!あんなのぜったいに殺されちゃう……!)


 わたしはただ息を潜めて、その場から動けなかった。


 ただ、自分の命が惜しかった。


 その存在が消え去ることを、ただ祈った。


 そんな時、お姉ちゃんはちらりとこちらを見た。


(……えっ)


 目が確かに合った。


 ――しっ


 お姉ちゃんは指先を唇に当て、“大人しくしてて”とジェスチャーで伝えてきたのだ。


 いつもの、笑顔で。


(……なん、で……?)


 そこで、ようやくバカなわたしは理解した。


 お姉ちゃんは最初から分かっていたんだ。


 わたしがいつも勝っていたんじゃない。


 お姉ちゃんがいつもわざと負けていたんだと。


 お姉ちゃんは負けたら不機嫌になるわたしを喜ばそうと、いつも負け役に徹してくれていたのだ。


 お姉ちゃんは大事な人には、幸せにいて欲しいと願う人だった。


 だから、勝ち負けなんてどうでも良いことだったのだ。


 なのに、わたしはそんな事にも気付けず、自分の命惜しさにお姉ちゃんの存在を気に掛けることもなかった。


 お姉ちゃんは自分の身はおろか、わたしのことまで気に掛けてくれていたのに……。





 その後、わたしたちはイリーネによって命を救われる。


 けれど魔王が放った魔法の残滓、魔光を浴びてしまったお姉ちゃんの眼には異変が起きていた。


『ああ、これは魔王と同じ魔眼だね。そうか、あいつくらいの魔法にもなるとそれだけで人間の体質が変わるのか。驚いたな』


 何でも魔王の姿を見て生き残った人間は、イリーネとわたしたちが初めてだったらしい。


 だから、そんなことも分からなかったのだ。


『シャルどこ……?』


『ここだよ』


 そして、お姉ちゃんの眼は光を失った。


 魔眼に変容していく過程で、体が拒否反応を起こしその機能が安定しなかったらしい。


 だから、お姉ちゃんが歩いてどこかに行こうとする時はわたしが支えた。


『いつもごめんね。こんなんじゃ、おねえちゃん失格だね……』


『いいよ、さいしょからわたしの方がすごいんだし』


『あはは、そうだね』


 そうして、何でもないことのようにお姉ちゃんは笑うのだ。


 でも、わたしは知っていた。


 時折、痛みと、満足に動けない自分が情けなくて、一人で泣いていたお姉ちゃんの姿を。


 それを見て、わたしは誓った。


 他の誰よりも、魔族すら凌駕してわたしがお姉ちゃんを守れるようになるんだと。


 それがきっと、あの愚かだった自分への罪滅ぼしだと。


『シャル、わたし魔法士になる』


 だから、お姉ちゃんが光を取り戻したある日、そうして決意を伝えてきたことには少なからず驚かされた。


『な、なんで……?あんなひどい目にあったのに。魔族とたたかうの?』


『うん、もうあんな思い誰にもさせたくないから』


 その目に、迷いはなかった。


『……やめときなよ。おねえちゃんドジなんだから、すぐにころされちゃうよ』


『あはは、シャルに言われるとなにも言えないなぁ……』


 でも、わたしはお姉ちゃんに魔法士になって欲しくなかった。


 誰よりも優しいお姉ちゃんは、きっと誰も傷つけたくない人だから。


 だから、ずっとお姉ちゃんに魔法士は向いていないと言い聞かせた。


 でも、それだけは聞いてくれなかった。


 何でも譲ってくれるお姉ちゃんが、それだけは譲ってくれなかった。


 だから、わたしが実力で圧倒するしかないと思った。


 わたしが圧倒的な実力で捻じ伏せ、彼女に才能がないことを認めさせようとした。


 そうして、わたしがお姉ちゃんを守るんだとそう思っていた。


『見なさいよ!わたしの入試試験の結果、第五位!ステラよステラ!それなのに、あんたは何?ビリ?ラピス?……あーあ、だから言ったのに才能ないんだって。今からでも遅くないわ、入学取り消したら?』


 だから、アルマン魔法学園に大差をつけステラで合格した時は本当に嬉しかった。


 これでお姉ちゃんはきっと諦めて、わたしを頼ってくれるとそう思ったから。


『シャルはすごいねぇ。お姉ちゃんはそんなに上手にできないから……。自慢の妹だよっ』


 嘘だと思いたかった。


 それは10年前から何も変わらないお姉ちゃんの笑顔。


 この人は、自分の夢の先を行こうとしている相手さえ褒めてくれる。


 心の底から喜んでくれる。


 でも最後は、自分の足だけで立ってどこかへ行ってしまうのだ。


 わたしが貴女を守りたいのに、強くて優しい貴女はそれを許してくれない。


 なら、あの幼い頃の罪はどうやって償えばいいのだろう?


『シャル~、一緒に学園に行こうよぉ』


『絶対ムリ!』


 だから、遠ざけた。


 一人にしたら、今度こそ諦めてくれると思った。


 でも、やっぱり無理だった。


 いつの間にか、お姉ちゃんの周りには人が集まっていた。


 わたしだけのお姉ちゃんだったはずなのに。


 それが嬉しくて、悔しくて、悲しくて、苦しくて……。


 だから、もう多くは望まない。


 せめて貴女の近くで。ほんの少しだけでも、傷つくことを守れたらそれでいい。


        ◇◇◇


「――だから人間のふりをしていないで、君はこっちに来るべきなんだ」


「ちっ、ちがっ……」


 お姉ちゃんが言葉を詰まらせている。


 心を痛めていたのが手に取るように分かった。


 わたしの全身の血液が沸騰する。


「はあ!?ふざけた事言ってんじゃないわよギルバート!!あんまり舐めた口を利いてるとブッ飛ばすわよ!!」


 許さない。


 わたしの大事なお姉ちゃんを傷付ける奴は、誰であろうと許しはしない。

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