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65 セシルさんとシャルの休み時間!


【セシル視点】


 エメがケーキ屋さんで仕事をしていると知ってから数日が経った。


 私はそれから毎日通うことにしたのだが、来店するたびエメは毎回顔を引きつらせていた。


 どうやら制服姿を見られるのが嫌のようだ。


 ……可愛いのに。


 まあ、それは良いとして。気になることがある。


 明らかにここ最近のエメの行動が変なのだ。


 図書室でフェルスという未開の地を調べたかと思えば、今度は日雇いの仕事を始めている。


 おかしな行動はいつもの事のような気もするけど、それにしても拍車が掛かりすぎている。


「おはようございます、セシルさん」


「あ、おはよう。エメ」


 隣の席に座るエメが挨拶をしてくれるが、どことなく声に張りがない。


 最近はちゃんとご飯を食べられているのだろうか。


「エメ、今日は朝食を食べて来たの?」


「あ、ええ……一応食べましたよ?」


 “一応”とは、また引っ掛かる物言いだ。


 肌艶も以前より悪いように見えるし、何かある気がする。


「一応ってなに、シャルロッテが作ってくれるんじゃないの?」


「あ、いえ。それがまだ作ってくれなくてですね……」


 そうだった。


 あの二人、この前から姉妹喧嘩をしているのだった。


 まだ続いているとは思わず驚いてしまう。


「セシルさんもご存じの通りお仕事を始めてしまったので、なかなか話す機会も作れずにズルズルと……」


 あはは、とエメは明らかな作り笑い。


 あまり良い状況ではないだろう。


「それじゃあ自分でご飯を用意してるの?」


「いえ、その……お恥ずかしい話なんですが、自分では用意できてません」


「なら、何を?」


「アレットさんがお店で売れ残ったケーキをくれるので、それを……」


 嫌な予感がした。


「それっていつから?」


「えっと……働いて4日くらい経ったので……それからずっとですね」


「ずっとケーキだけ……?」


「はい……、えっと、メルヘン少女みたいですよね?」


 それはエメなりの冗談だったのかもしれないが、全く面白くなかった。


 だがそれをエメに言ったところで仕方ない。


 彼女は始めたばかりの仕事に追われているのだろうし、責めることはできない。


 朝の会話が終わると、わたしは頭を整理する。


「フェルス、姉妹喧嘩、お仕事……」


 ここ最近の私が知り得る限りのエメの変化だ。


 この点と点を繋いだ先に何があるのか……考えてみる。


「……そういうことか」


 何となく察しがついてしまった。


 あまり、喜ばしい予想ではないけれど。


         ◇◇◇


「……で、何の用よセシル」


 休み時間、私はシャルロッテを人気のない廊下に呼び出した。


 時に近寄りがたい雰囲気を纏う彼女だが、今日はより一段と不機嫌オーラを全身から放っていた。


「単刀直入に言う、エメと仲直りして」


「……は?」


 予想の範囲外だったのか、シャルロッテは声を上擦らせる。


「最近喧嘩してるんでしょ?詳細な理由は知らないけど、早く仲直りすべき」


「何かと思ったら……悪いけど姉妹の間で起きたことなんだから、首突っ込まないでくれる?」


 シャルロッテはやれやれと言わんばかりに肩をすくめる。


 まあ、この反応は予想していた。


 シャルロッテはエメに対して当たりが強いし、妙なプライドが見え隠れすることが多い。


 私の言葉では他人の横槍程度にしか思わないのだろう。


「……エメが、どうなってもいいの?」


「何よ、それ」


 ぴくりとシャルロッテの肩が揺れる。


 平静を保とうとしていても、咄嗟に出る体の反応は隠せない。


 シャルロッテは黙って見ている分には芯の強い子に見えるが、エメの事となると異常に動揺する。


 だから、エメの事になればすぐに手の平を返す。


「エメは帝都を出る気よ」


「……は?」


 何言ってんの?みたいな視線はこの際、無視する。


「最近、エメ仕事を始めたでしょう。何でだと思う?」


「知らないわよ、それを問い詰めても答えなかったんだから」


「私、エメが地図でフェルスを調べているのを見たの。恐らく、そこに向かうための資金を稼いでるんだと思う」


「え、なにそれ、ほんと……って、セシルが嘘をつくメリットないものね」


 訝しがるのも一瞬、すぐにその理由を考えようとシャルロッテは思案する。


「理由は分からない。だけど、喧嘩なんてしている場合じゃないと思う」


「……分からないわね。あんたがそこまでして首を突っ込んでくる理由ってなに?」


 シャルロッテは納得しつつも、どうして私がそんなことに気を回しているのかが分からないようだ。


「そんなの当たり前」


「……なによ」


 私にとって彼女の心配をする理由なんて明白だ。


「あの子、一人で旅なんて出たら絶対飢え死にする。貴女と喧嘩しただけで“ここ最近ケーキしか食べてない”とか言い出す子なのよ?」


「……マジ?」


「……マジ」


 シャルロッテは目を細めながら、眉間に皺を寄せる。


 真剣に悩んでいるようだ。


「いや……うん。確かに、あんたの言ってることは有り得るわね……」


「そうでしょ。止めるべきだと思う、あの子にそんな能力ないんだから」


「それはそうね……」


「だから姉妹喧嘩なんてしてないで、早く仲直りして止めさせて。あなたの言葉なら、届くでしょう?」


「どうだろ……。アイツ、どうでもいいことは決められないくせに、自分の大事なことは意地でも曲げないから」


 ……確かに、そんな気もする。


 シャルロッテが言うのだから、きっとそうなのだろう。


「でも、それならせめて助けてあげないと」


「助けるって、あんた……もしかして……?」


 シャルロッテの言葉も届かないと言うのなら、せめて近くて見守らなければ。


 エメを一人にすることは出来ないのだから。


 その覚悟が伝わったのか、シャルロッテは面白くなさそうに頭を掻く。


「セシル……あんたいつの間にアイツにそんなお熱になったのよ」


 それを今答えるのは止めておこう。


 そう言うシャルロッテの方こそ、自分の気持ちを言葉にしてないのだから。


「とりあえず、仲直りはするべき」


「わかった、わかったわよ……すればいいんでしょ、すれば」


「うん、あとちゃんとしたご飯食べさせて」


「分かったっての」


 シャルロッテはこれで話は終わりだと、踵を返す。

  

「って……あれ?」


 方向転換と同時、シャルロッテはふらついて壁にもたれてしまった。


 私は反射的にシャルロッテの体を支える。


「大丈夫?」


「ああ、ごめん。ちょっと眩暈がね……」


 いつも毅然としているシャルロッテが珍しい……。


 私と違って体調管理もしっかりしているイメージだったが……。


 それによく見てるみると顔色も悪い。というか、明らかにエメより悪い。


「シャルロッテ……体調悪いの?」


「ふん、ちょっとだけね。アイツがケーキ食べてるって知ってたら、わたしもそれくらいは食べてたけど」


 ……その発言はちょっとおかしい。


 それはまるでエメに合わせているような物言いで……。


「……もしかして、シャルロッテもご飯食べてないの?」


 エメはケーキを食べていたと言うが、シャルロッテは絶食状態ということ?


「アイツに食べさせてないのに、わたし一人だけ食べれるわけないでしょ」


 ……ああ。


 なんてこの妹は頭がおかしいのだろう。


 じゃあ食べさせなよ、とか。シャルロッテが食べないのは別問題じゃないか、とかそんな問いかけをしていたらキリがない。


 とにかく、この妹は姉に対する感情の表現が狂っているのだ。


 非効率的なエメに、効率的なシャルロッテ。対照的な二人だと思っていたけれど、間違いだ。


 この姉妹、本当に不器用すぎる。恐ろしいくらいの似た者同士だ。


 ただ違いがあるとすれば、エメは無自覚的で、シャルロッテは自覚的……という所だろう。


「私、エメにはちょっと変な所があるとは思ってたけど……シャルロッテも同じくらい変なのね」


「は!?アイツと一緒にしないでくれる!?」


 ……あ、いや。


 やっぱり二人とも無自覚でおかしいのかもしれない。


 

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