52 わたしの理由です!
「ちょちょっ!ちょっとセシルさん!?」
わたしの制止の声など一切聞かず、セシルさんは走り出そうとしています。
「シャル、止めて!」
「ああ、もういきなり何なのかしら……!疾風!」
シャルは風を巻き起こし、玄関の扉を閉めようとします。
閉じ込めてしまおうという作戦ですね。
「どけて……!岩の拳!」
――ドゴーン!!
拳の形をした岩が、扉を崩壊させてしまうのでした。
「セシルさん力づく過ぎません!?」
「ああ……まあ、いいわ。わたしが後で直しておくから」
風穴が空いてしまった我が家……その穴からセシルさんが逃げていきます。
「セシルさん何か驚いたような反応だったね……」
「完全に誤解されたわね」
シャルは少し青い顔をしています。
「どんな誤解?」
「……それは……察しなさいよ!」
「ええっ!?」
それが分かれば苦労はしないのですが。
ですが、今はそんなことをしている場合ではないのでした。
「セシルさんを追わないと!」
わたしは急いで床から立ち上がります。
「こらっ!ちゃんと服着なさいよ!」
「分かってるけど、脱がしたのシャルだよね!?」
なぜわたしが注意されないといけないのですか!?
そうこう言いつつ、残り少ない魔力を搔き集め加速を使い一瞬で着替えたわたしはセシルさんを追いかけるのでした。
「外に出てみたのはいいものの、セシルさんはどちらに……?」
着替えている間にセシルさんにはある程度の距離を取られてしまいました。
闇雲に探していても見つかりません。
それならばアタリをつける必要があるのですが……。
一瞬だけ、眼に魔力を通します。
さきほどセシルさんが魔力を放った影響でしょう。電流が走ったように魔力の残滓が道筋のように見えました。
それを追いかけて走り出します。
「……あ、いました!」
いくつか曲がり角を曲がると、セシルさんの後ろ姿がありました。
急加速して、セシルさんの肩を掴みます。
「セシルさん!逃げないで下さいよ!」
「エメ……?は、はやい……」
振り返ったセシルさんは目に涙を浮かべています。
「どうしたんですかセシルさん、そんな目を赤くして……?」
「どうしたって……エメとシャルロッテの方こそアレはなんだったの」
セシルさんは目を赤くしながらも隠そうともせず、どこか攻め立てるような声音で訴えかけてきます。
「アレはですね。シャルがわたしの汚れた制服を脱がそうとバランスを崩した結果であって……」
「そんなの信じると思う?」
全く信じていない表情をしていました。
「じゃあ、セシルさんは何だと思ったのですか?」
「な、なにってそれは……」
言い淀むセシルさん。
シャルもセシルさんもどうしてそこで黙っちゃうのでしょうか。
分かりそうで何も分からないのです。
「――セシル、そういうこと。そいつは本当に何も分かっていないのよ」
わたしの後を追いかけてきたのでしょう。
シャルは肩で息をしながら、わたしたちの前に現れました。
わたしへの無能発言は聞き捨てなりませんが……。
「シャルロッテ……。エメはそうかもしれないけど貴女は怪しい」
「仮にそうだとしても、気付かれなければ無いのと同じよ」
「……そうなのね」
「そういうこと」
あれ?わたしが追いかけて捕まえたのに。
シャルとセシルさんの方が分かり合った空気が出ているんですけど……。
疎外感を感じてしまいます。
「わかった」
何が分かったのでしょうか。
いつの間にかセシルさんの表情は柔和さを取り戻していたのです。
◇◇◇
「はあ……セシルさんには悪いことしちゃったね」
家に戻り、玄関に落ちていた紙袋を持ち上げます。
セシルさんは昨日のお泊まりのお礼にと、お菓子を渡しに来てくれたんだとか。
わたしはもう夜も遅いのでセシルさんを家に送ろうとしたのですが、従者が迎えに来るからとそれを拒否。大丈夫だからと念押しされ、こうして家に帰ってきたのです。
「まあ、変なもの見せたのは事実だけど……。元を正せばあんたが変な行動をしたのが始まりなんだからね」
「ええ……そうなの?」
結局わたしが悪い的な扱い?
「さっきは聞きそびれちゃったけど、何があったのよ」
「えっとねぇ……」
もうここまで勘づかれてしまったシャルを誤魔化す手段はわたしにはありません。
公園で起きた出来事を素直に話すのでした。
「なにそれ物騒過ぎ……。よく無事だったわね」
話を聞き終えたシャルは血相を変えるのです。
「何とかね。でも収穫もあったよ、ゲヘナは魔王と繋がっているのかもしれない」
「魔族はともかく、どうして魔王にまで通じているって言いきれるのよ?」
「そのゲヘナの人がね。わたしの眼を見て、どうして魔王様と同じ魔眼を持っているんだって言ったの」
「それって……」
「うん、ゲヘナの人は魔王の魔眼を見た事があるってことだよ」
ヘルマン先生ですらわたしの魔眼の能力を見抜くことが出来ても、魔王と同じ物だということは知らなかった。
「いや、でもだから何?ゲヘナには強いヤツもいたんでしょ?学生が無闇に近づくべきじゃないわ」
ですがシャルはそんなことより、ゲヘナの脅威の方を危惧しているようです。
「それはそうだけどさ。でもこれってチャンスじゃない?」
「チャンスって……魔王に近づく機会だとでも言いたいわけ」
「うん、そういうこと」
わたしが魔法士を目指す理由は魔王を倒すことにあるのです。
そのためには魔法士になることが一番の近道だと思いました。けれど別の道があるのならわたしは躊躇わずにそちらを選びます。
「冗談やめてよ、そんなことしてたら命がいくつあっても足りないわ」
「でも魔王を倒さないといつまで経ってもたくさんの命が奪われるんだよ?」
「いいって、そういうの……。もっと自分の命を大切にしなさいよ」
「わたし一人の命でたくさんの人が救えるのなら本望だけどね」
それを聞いて、シャルの顔が強張ります。
なんだか不機嫌そうなのです……。
「あんた、まだ10年前のこと引きずってんの?」
10年前、わたしたちの故郷が魔王によって滅ぼされた日のことです。
「引きずるって言うより、ずっと持ってるって感じかな。もうあんな思いをしたくないし、させたくないからね」
「……本当にそれだけ?」
「それだけって……?」
シャルの問いは、疑問と同時に怒りをぶつけているようにも見えました。
「確かにわたしたちの村は無くなった、知り合いの人も親しい人もいなくなった。けど、パパとママ、わたしもあんたもこうして生き残れたのよ?こう言ったら悪いとは思うけど、半分は他人事でしょ?」
シャルの言いたいことも分かります。
けれど、わたしは素直にそうだとは頷けないのです。
「あんたは違うって思ってるんでしょうけどね。それは何でだと思う?」
「だからそれは村の人を殺した魔王が許せなくて……」
「違うわ」
「むっ……」
言い終わる前にシャルが遮るのです。
「あんたはね、ただ憎んでるのよ。その眼をもたらした魔王という存在にね」
「……そんなことないと思うけど」
故郷を失ってしまった心の穴、あんな悲しい想いを他の人にも味わってほしくないだけだ。
「自分のことは自分が一番分からなかったりするものよ」
「……そういうシャルはどうして魔法士を目指したの?」
シャルはわたしの理由に全然共感していません。同じ経験をしているのに。
もっと別の理由があるということです。こういったことは今まで話したことがありませんでした。
「……見てらんないからよ」
ジッーっとわたしを見つめるシャル。
「すっごい見てるけど」
「そういうことじゃなくて……!もうっ、いいのよわたしはっ!とにかくゲヘナとはもう関わらないでよ!命がいくつあっても足りないから!」
「ああ……うん」
「テキトーに返事しても分かるんだからね!?」
シャルがぷんぷん怒り出しちゃいました。
「まあまあ……怖い話はもう終わりにして。セシルさんから貰ったお菓子でも頂こうよ」
紙袋を上げてシャルの鋭い視線をガードします。
「ふんっ。そんなのばっかり食べるからブクブク太るのよ……紅茶でいいかしら!?」
か、緩急が凄すぎます……。
「う、うん。ありがとねシャル」
何だかんだ言っても優しいシャルが一番です。