05.夫の上司と面談?です
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私の余裕たっぷりの笑みに3人はたじろいでいるようです。
「先程、何やら私の夫について話しているようでしたが、気のせいかしら?」
「フォレスト公爵夫人はよろしいのですか?フォレスト公爵とレティア妃殿下が恋仲であったという話は、社交界でも有名ですわ」
3人の中でも一番爵位が高い、ラインハイナー侯爵令嬢が応戦してきます。
「ええ、もちろん。ですがそれが何か?私は夫を信じています」
淑女教育の賜物である、凄みを増した笑みを浮かべると3人の顔色が悪くなりました。
――まだまだですわね。この程度で顔色を変えるなんて。
「それよりも、夫の仕事についても何かお話しされていたと思ったのですが……空耳かしらね。どう思います?ロズベルグ伯爵令嬢?」
「えっと……それは…………」
「それよりもサハリン伯爵令嬢にお聞きした方がよくて?ラインハイナー侯爵令嬢の方がいいかしら?」
私がそれぞれの名前を告げると、彼女たちは明らかに動揺し始めました。
暗にあなたたちのご実家に抗議することもできると告げているのです。
そして身分が上のものに話しかけられたにも関わらず、名乗っていないあなたたちは非常識ですよ、とも。
「ねぇあなたたち、最近議会で通った法案についてはご存知?」
彼女たちは顔を青くしたまま首を横に振りました。
「そうなの。女性雇用に関する法案なんですけどね、実力があれば女性でも役職につけるというものです。もちろん貴族である私たちも実力があれば働けるのですよ。私たち女性の地位を向上させる素晴らしいものだとは思いませんか?」
何の話をしているのかわからない、という顔で私を見つめています。
私は広げていた扇をパチンと閉じました。
「この法案はクリストファー王太子殿下と夫が必死になって議会に通した女性の将来を大きく変える法案でしてよ。ええっと、公爵の地位しか取り柄がない……だったかしら?」
ギロリと睨みを利かせると、彼女たちは「申し訳ありません!」と頭を下げて逃げていってしまいました。
――口程にもないわね。
いつの間にか騒がしかった周囲が静まり返っています。
そのせいか、王宮楽団の奏でる音がよく聞こえました。
「いやぁ、私の出る幕はなかったね」
一際通る、明るい声が響きました。
人混みが割れたその場所に、色素の薄い金髪に碧い瞳を持つクリストファー王太子殿下が微笑んでおられました。
「クリストファー王太子殿下、フォレスト家のトリシャにございます。この度はシャーロット王女殿下のご婚約おめでとうございます」
膝を折り、カーテシーをするとクリストファー王太子殿下は「楽にしていいよ。堅苦しいのは好きじゃないから」とお声をかけてくださいました。
「いつもサイモンには助けられているよ。最近は特に忙しくてね。サイモンをなかなか邸に帰せず申し訳ない。新婚なのにね」
「いえ、とんでもないことでございますわ。夫もクリストファー王太子殿下の力になれることを誇りに思っておりますから」
「そう言ってもらえるとありがたいよ。少し別の場所で話そうか。シャーロットが君に会いたがっていた」
「恐悦至極に存じます」
私はクリストファー王太子殿下に付いて、ホールを後にしました。
殿下には頭が上がりません。
先ほどの会話でフォレスト公爵家にまつわるさまざまな懸念を一気に払拭していただいたのですから。
まずサイモン様の王城での地位は揺らがないということ。
それから公爵邸へ滅多に帰らないため噂されていた不仲説を、仕事のせいだと示してくださったことです。
実際は……どうなのかわかりませんが、殿下ご自身が発した言葉を否定するような話はしばらくされないでしょう。
私が通されたのは王族のみが使用を許された休憩室でした。
細やかな金の刺繍が施されたソファーへと腰をかけます。
「クリストファー王太子殿下、先ほどはありがとうございました」
改めてお礼を申し上げると、殿下は柔らかく微笑みました。
「サイモンにお世話になっているのは本当のことだからね。それに、フォレスト家ご自慢の公爵夫人と話してみたかったのもある」
"ご自慢"と聞いて、私は首を傾げました。
前公爵夫人のレーヌ様のことでしょうか。
私のことではないような気がいたします。
「ははっ、間違いなく君のことだよ。トリシャ・フォレスト公爵夫人」
ええ?!
なぜそのようなことになっているのでしょうか?
目を丸くする私を見て、殿下はさらに声を上げて笑いました。
なんだか揶揄われている気がします。
解せません。
「フォレスト家のお茶会に呼ばれたいご婦人は数知れないと聞くよ。公爵夫人は博識で話も面白いと。それに加えて領地経営までやっているというではないか。そんな人物を自慢に思わない人はいないだろう」
「そ、それは買い被りすぎです」
「先ほどの御令嬢たちとの応戦を見る限り、間違っていないと思うのだか?」
「お見苦しいところを……申し訳ありません」
こんな風に直接誉められたことはありません。
恥ずかしいやら嬉しいやらで、顔に熱が集まっていると鏡を見なくてもわかります。
「君の姉君もそれくらい優秀だったらよかったのだが……」
「クリストファー王太子殿下?」
「いや、独り言だ。それから私のことはクリスでいい。公爵夫人のことはトリシャと呼んでも?」
「ええ、構いません。畏れながら、クリス殿下と呼ばせていただきます」
何かおっしゃっておられたようでしたが、うまく聞き取れませんでした。
重要なことだったような気がしますが、はぐらかされてしまったのでそれ以上は追求できません。
それからクリス殿下といくつか言葉を交わしました。
主にサイモン様の働きっぷりについてですが……。
お義父様やお義母様、レナルドから聞いていたように、サイモン様はとても優秀な方だそうです。
頑張っているお姿を想像して誇らしく感じました。
しばらくその調子でクリス殿下とお話ししていたのですが、突然扉が開き、シャーロット王女殿下が休憩室に入って来られました。
「きゃあ!本物のフォレスト公爵夫人!!!」
クリス殿下と同じ、綺麗な碧い瞳をまん丸にして叫ぶシャーロット王女殿下。
クリス殿下が頭を抱えながら大きなため息を吐かれたのを横目に、私は優雅にカーテシーをいたしました。