04.夫をバカにされたので反撃したいと思います
よろしくお願いします!
シャーロット王女殿下とご婚約者であるウィザード公爵家の嫡男、ハインリヒ・ウィザード様が入場された後、国王の挨拶があり夜会がスタートしました。
シャーロット王女殿下はストロベリーブロンドの髪を結い上げ、ハインリヒ様の瞳と同じエメラルドグリーンのドレスを身に纏われています。
ハインリヒ様は銀色の髪を後ろに纏め、シャーロット王女殿下のストロベリーブロンドに合わせたリボンを使用されておりました。
ダンスが始まると、お二人にスポットライトが当たります。
まさにおとぎ話の世界から出てきたような美男美女に、全員が魅入りました。
二人の間に流れる甘い雰囲気に思わず頬が緩みます。
中には妬ましく思っている方々もおられるようですが、誰も二人の間に割って入ることはできないでしょう。
国王陛下と王妃殿下も満足げにホールを見下ろしています。
一曲目が終わると、次は王族の方々が、さらに来賓の方と続き、私たちの番になりました。
「行こうか」
サイモン様に差し出された手を取り、私たちもダンスの輪に加わりました。
心地よいワルツの音に合わせてステップを踏みます。
ダンスは決して得意ではありませんでしたが、サイモン様に恥をかかせないようにと婚姻前に猛練習しました。
サイモン様のリードが上手なこともありますが、それなりに踊れていると思います。
曲が終わったタイミングで私たちはダンスの輪から抜け出し、少し休憩をすることにしました。
人混みは少し苦手です。
サイモン様が持ってきてくれた飲み物を飲みながら、テラス付近で涼んでいたその時です。
「トリシャ!サイモン!」
懐かしい声がして、私は肩をびくつかせました。
振り向くと、キラキラした笑みを浮かべたレティアお姉様が立っておられました。
そこにジュリアス殿下はおられません。
ダンスの輪を見てみると、ジュリアス殿下は他の御令嬢と踊られています。
やはりジュリアス殿下とレティアお姉様のご関係が、以前とは異なってきているようです。
「久しぶりね!元気だった?」
「ええ」
「あぁ」
声を弾ませ、私たちに近づいてきたレティアお姉様は、あろうことかサイモン様に腕を絡ませたのです。
その様子に私だけでなく、周りにいた方々も騒然としました。
タトラス王国にいる貴族であれば、サイモン様とレティアお姉様の関係はご存じのはず。
それをわかった上でレティアお姉様はこのような振る舞いをしているのでしょうか?
サイモン様は表情を1つ変えず、されるがままになっています。
やはり、レティアお姉様のことをまだ想っておられるのでしょうね。
胸がチクリと痛みます。
「サイモンとはずっと会ってなかったものね。久しぶりに色々お話ししたいわ!そうだ、サイモン。久しぶりに踊ってくれませんこと?」
何をおっしゃっているのでしょうか?
レティアお姉様は。
ジュリアス殿下がおられながら、サイモン様にこのようなこと言えば誤解を招きかねません。
胸の中に真っ黒い感情が溢れ出るのを感じました。
サイモン様を捨ててジュリアス殿下を選んだレティアお姉様。
ずっとサイモン様はレティアお姉様が忘れられなくて苦しんでいるというのに……。
天真爛漫なレティアお姉様の笑顔が、今は残酷に見えます。
「トリシャ、レティア妃殿下の申し出を断るわけにはいかない」
「そ、うですわね。私は構いません」
精一杯の笑顔で見送ります。
本当はもうレティアお姉様に触れてほしくない。
その瞳にレティアお姉様を映してほしくない。
でもそれは私のわがまま。
未だにレティアお姉様を想うサイモン様にとって、この上ない至福の時間なはずです。
それにレティアお姉様は今や王族。
王族の申し出を断るなんてことはできません。
「では、私と踊っていただけますか?レティア妃殿下」
「ええ、喜んで」
レティア妃殿下の手を取り、ダンスの輪へと加わっていくサイモン様。
二人が並ぶ姿は眩しくて、直視できませんでした。
――やはり私ではダメなのね。
わかっていたことですが、改めて突きつけられた現実に心が苦しくなりました。
「見て!フォレスト公爵とレティア妃殿下がダンスされているわ」
「本当だわ。レティア妃殿下に捨てられたのでしょう?よくダンスを申し込めたわよね」
「奥様も可哀想よね。未練がましい男が夫だなんて」
「奥様には夫を引き留めておけるほどの魅力がないのですわ。本当に可哀想。あぁならないように、私たちは殿方選びは慎重にしないといけませんわね」
周りからくすくすとサイモン様と私を嘲笑う声が聞こえてきます。
声のする方へ視線を移すと、開いた扇子を口元に当てながら令嬢が3人、こちらを見ていました。
確かあれはロズベルグ伯爵令嬢とサハリン伯爵令嬢、それからラインハイナー侯爵令嬢。
御三方とも婚約者はおられなかったと思います。
ほかにも周りから嫌な視線を感じます。
まあ、その方々は私に聞こえないようにお話しされているだけマシでしょうか。
「あんな方がクリストファー王太子殿下の側近だなんて……本当に大丈夫なのかしら?」
「私も同じことを思っていましたわ。今度お父様に進言して頂こうかと思いますのよ」
「あんな女々しい男が国を担う重要なポストに就くなんて……考えただけでも悍ましいですわ」
「クリストファー王太子殿下も哀れに思って側に置いているのではなくて?」
「そうかもしれませんわね!」
私の中で何かがプツンと切れました。
私のことだけなら我慢できます。
しかしサイモン様のお仕事は関係ありません。
サイモン様が努力して培ってきた実績や地位を、何も知らないお嬢様方にやいのやいの言われる筋合いはないのです。
カツンっとヒールを鳴らして近づくと、3人はニヤリと意地悪な表情をこちらへ向けています。
こう見えても私は公爵夫人。
彼女たちより身分は上です。
その私にこのような態度を示すとは……教養の無さを露呈しているといっても過言ではありません。
フォレスト公爵家としてもこのように侮られて黙ってはいられません。
「ご機嫌よう。何やら面白いお話をされていたようですが、私にもお聞かせ願えますか?」
反撃の狼煙が上がりました。