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02.夫とは仮面夫婦なのです

本日、 2話目です。

読んでくださり、ありがとうございます。


 順調に愛を育まれていたと思われたサイモン様とレティアお姉様。

 ですが、私たちが16歳のとき。

 デビュタントをきっかけに大きな変化を迎えます。


 タトラス王国を訪問していた隣国カハサールのジュリアス・カハサール第三王子殿下がレティアお姉様を見初めたのです。

 初めは困惑していたレティアお姉様でしたが、熱烈なアプローチを受け、すぐにジュリアス殿下へと心が傾いていきました。


 サイモン様は必死になってレティアお姉様を取り戻そうとしました。

 しかしサイモン様とレティアお姉様は恋人同士というだけで、婚約は結んでおりませんでした。

 しかも相手は王族。

 勝ち目はありません。

 そして何よりレティアお姉様の心が、サイモン様から離れてしまったのです。


 相思相愛となったジュリアス殿下とレティアお姉様は、すぐに婚約し、その一年後に結婚いたしました。


 レティアお姉様が婚約したと知ったサイモン様は荒れました。


 元々表情豊かな方ではありませんでしたが、完全に心を閉ざしてしまわれたように思います。

 心の底から愛した女性を奪われたのです。

「将来を約束した」とハツラツとした笑顔で報告をされた日が遠い昔のように感じました。


 レティアお姉様の結婚式が終わった後のサイモン様は特に酷かったように思います。

 

 艶のある紺色の髪は荒れ、黄金の瞳は仄暗く濁っておいででした。

 目の下にクマを作り、無精髭を生やしたサイモン様は、氷の貴公子と社交界で騒がれていた方とは思えません。


「なぜレティがいない。レティは私の妻になるはずだったのに……そうだろう?トリシャ」


 ゆらり、と私に近づいたサイモンの瞳には覇気がありません。

 狂ってしまうほどレティアお姉様を愛していたのだと思うと、私の心はズキズキと痛みました。


 サイモン様とレティアお姉様が結ばれないとわかり、私は安堵していたのです。

 もう仲睦まじい二人の姿を見なくて済む、そう思ったのです。


 そんな醜い自分を嘲笑うかのように、サイモン様の心にはいつまでもレティアお姉様がいました。


 レティアお姉様が婚約し、隣国へ行ってしまわれてから一年近く経とうというのに……。

 

「サイモン様、泣いてくださいませ。ここには私しかいません。思いっきり泣けばよいのです」


 その言葉に目を見開いたサイモン様は大きく顔を歪めました。

 そして声を上げ、泣き出したのです。


「お、俺は!!!レティを愛していたんだ!!!!」

「ええ、よく知っています」

「こんなに好きなのに……どうしていなくなったんだ……レティ…………うぅっ……」


 とても複雑な心境でした。

 愛する人がほかの愛する人を想って泣いている。


 でもサイモン様が抱える痛みは私が一番わかっています。

 心が抉られるような、鈍く、深い痛み。


 私は泣き続けるサイモン様の背を、ただゆっくり摩り続けました。

 泣けるうちに泣けばいい。

 泣けなくなるよりはマシだわ。

 それはサイモン様を通して、自分自身を慰めているような気持ちでもありました。


 サイモン様の心はずっとレティアお姉様にあり続けるのでしょう。


 そう悟ってしまったからです。

 永遠に私へ向くことはない気持ち。


 心を殺し続けた私はもう、うまく泣けませんでした。

 

 

 ◇◇◇


 

 レティアお姉様が結婚してすぐ、私とサイモン様は婚約しました。

 両家、特にサイモン様のご両親のご意向が強かったと聞いています。

 

 その婚約式で私はサイモン様に告げられました。


「トリシャ、すまない」


 きっと神様は私に罰をお与えになったのでしょう。

 サイモン様の心の中には永遠にレティアお姉様がいる。

 私ではないのです。


「いいのです、サイモン様」


 うまく、笑えていたでしょうか。

 あまり表情を変えないサイモン様の雰囲気が幾分か和らいだ気がします。


 レティアお姉様へ向けられていた、熱の篭ったような金色ではなく、安堵の色が濃い黄金の瞳。


 いつかサイモン様は私を見てくれるかもしれません。

 でもそれは家族へのものであって、私がサイモン様へ向けるものとは違うものです。


 私の想いは、永遠に私の心に留めたまま。

 こうして私はずっと心を殺し続けるのです。


 ◇◇◇


 私たちは婚約して半年後、結婚式を終えました。

 それから3ヶ月。

 王太子であるクリストファー殿下の側近として働いておられるサイモン様は、あまり家に帰ってきておりません。

 王城での仕事が忙しく、あちらで寝泊まりをされています。

 だいたい週に1度は帰宅されますが、長居はされません。


 私たちは新婚初夜も含め、閨を共にしたことはありません。

 清い関係を続けています。

 サイモン様はエスコートなど、必要なとき以外は私に触れることもないのです。

 夫婦の部屋も離れた場所にあります。


 公爵家の筆頭執事レナルドと侍女長のマリーがこの状況を憂いておりましたが、サイモン様が頑として譲らなかったそうです。


 きっとレティアお姉様を愛しているサイモン様は、彼女に操を立てているのでしょう。


 こうなることは予めわかっていました。

 サイモン様が婚約式でおっしゃっていた『すまない』という言葉には、こういったことも含まれていたのでしょう。

 愛されていない私は、公爵夫人として一番大事な役目を担うことができない。


 お飾りの公爵夫人なのです。

 

 サイモン様の頑な態度については、義父であるランドル様と義母のレーヌ様からも謝罪を受けました。


 「サイモンがごめんなさい。私たちはトリシャがフォレスト家に嫁いできてくれて、本当に嬉しいのよ。小さい頃から見てきたトリシャは私たちの娘みたいなものだったから」

 「あぁ、トリシャが来てくれる日をずっと心待ちにしていたんだ」


 公爵家に嫁いできたのに、お役目が果たせそうにないと謝る私にお義父様とお義母様は優しく微笑んでくださいました。

 私の手をぎゅっと握ってくれるお義母様から伝わる温もりに安堵したのを覚えています。


 跡継ぎを産むという役割は勤められませんが、フォレスト公爵家のためにできることは何でもしよう。

 この時私は強く心に誓いました。


 それから私は、領地経営についても学ぶようになりました。

 もともとお勉強は大好きです。

 お義父様にお願いしたところ、驚きつつも快諾してくださいました。

 お義父様は公爵領のお屋敷に滞在されているため、執事のレナルドが領地経営のノウハウを教えてくれています。

 

 「奥様、もうそろそろ休憩されてはどうですか?」

 「キリのいいところまでやってしまうわ。ありがとう」


 執務室でペンを走らせていると、レナルドが心配そうに声をかけてきます。


 「トリシャ様は頑張りすぎです。昨夜は次のお茶会について、遅くまで準備されていたでしょう?今日はほどほどにしてください」


 私に厳しい声をかけるのは、アーレス侯爵家からついてきてくれた侍女のハンナです。

 さすがハンナ。昨夜はこっそりお茶会の準備を進めていたつもりだったのですが、ハンナにはバレバレだったようです。


 「わかったわ。休憩にするから、サンルームにお茶をお願いできるかしら」

 「かしこまりました」


 ハンナはそういって執務室から出て行きました。


 「奥様は本当に頑張り過ぎです。過労で倒れてしまうのではないかと、我々も心配しております……旦那様も気にされておりました」

 「……そう」


 レナルドの口から発せられた“旦那様”という響きに心が騒めきます。

 方便であるとわかっています。

 きっとサイモン様はお飾りの私のことなど、何とも思っていないでしょう。

 ……もしかしたら余計なことをするなとは思っておられるかもしれません。


 「そういえば、昨日も渡してくれたのですね。いつもありがとうございます。……今日も渡しておいてくださるかしら?」


 私は引き出しから取り出した小さなメッセージカードをレナルドに差し出しました。

 帰ってこないサイモン様へ近況をお伝えするため、こうしてメッセージカードをサイモン様に渡していただいています。

 これは結婚当初から、サイモン様が邸へ帰ってこない日は欠かさずお渡ししています。

 サイモン様から返事が届いたことはありません。

 私が一方的に送り続けているものです。

 少しでも距離が縮められたら……と思って始めましたが、効果はありませんでした。

 でも習慣となってしまった今もそのまま続けているのです。


 「奥様、先ほど旦那様がお帰りになると連絡がありました。ですので……」

 「そうなの?ならこのメッセージカードは不要ね」


 私は手にしていたメッセージカードをそのままゴミ箱へと入れました。

 なぜかレナルドの眉が下がったような気がしましたが、気のせいでしょう。

 

 それよりも、サイモン様がお帰りになります。

 久しぶりにお会いできると思うと、色を失ったはずの恋心が騒めき出します。

 もう諦めたはずなのに……自分の浅ましさを罵りました。


 

 ――バカね、トリシャ。サイモン様に愛される日なんて永遠に来ないのよ。


 

 私はそう心に言い聞かせて、サイモン様を迎える準備を始めました。


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