01.夫は神様に嘘を吐きました
なろう、初連載!
よろしくお願いしますm(_ _)m
「サイモン・フォレストはトリシャ・アーレスを生涯愛し、守り抜くことを誓います」
「トリシャ・アーレスはサイモン・フォレストを生涯愛し、支え続けることを誓います」
真っ白なドレスを身に纏った私と、白いタキシードに身を包んだサイモン様。
並んで立つ私たちは司祭様が持つ経典に手を掲げ、タトラス王国が信仰している女神リディスの前で誓いを立てました。
大聖堂を彩るシャンデリアが煌めき、まるで私たちを祝福しているようです。
参列した方々から大きな拍手も聞こえてきます。
でもサイモン様は嘘を吐かれました。
サイモン様が愛しているのは私ではありません。
――本当に愛しているのは私の姉、レティアお姉様なのです。
◇◇◇
フォレスト公爵家の嫡男であるサイモン様とアーレス侯爵家の次女である私との婚姻は、いわゆる政略結婚というものです。
しかし私は、幼い頃からサイモン様をお慕いしていました。
亡くなった母とサイモン様のお母様は古くからの友人で、お互いの家をよく行き来していました。
その頃から二人を結婚させようと両家で話が進んでいたそうです。
夜を思わせる紺色の髪に、黄金の瞳をもつサイモン様。
それに対して、くすんだ灰色の髪と瞳を持つ私。
ぼんやりとした印象しかないとコンプレックスを持つ私へ「トリシャはとても綺麗な色をしている」と優しく微笑んでくれる美青年に恋心を抱くのは必然でした。
一緒に乗馬をしたり、本を読んだり……たとえ一方的な想いだったとしても、側で微笑んでくれるサイモン様がいればそれで満足でした。
しかし母が亡くなり、継母とその子供であるレティアお姉様がアーレス家へやってきたことで状況は変わりました。
父と母が結婚した当初、父には関係を持っていた女性がいました。
それが継母であるリュリス様です。
政略結婚だった父と母。
父はリュリス様と一緒になりたかったそうなのですが、当時のアーレス侯爵、つまりお祖父様の大反対によってその願いは叶いませんでした。
無理やり母と結婚させられたと感じた父は、反発心からリュリス様との関係を続けていたそうです。
しかし母が私を身籠ったことをきっかけに、当主としての自覚が生まれ、家庭を顧みるようになっていきました。
そして父は今までのことを母に詫び、関係を修復していったと言います。
その時にリュリス様との関係も終わったようでしたが、すでにリュリス様のお腹にはレティアお姉様がおられました。
リュリス様は父と母を思い、レティアお姉様の存在をずっと伝えないままにしていたようです。
しかし母が亡くなったことを知り、父の元へ訪ねて来られたということです。
つまりレティアお姉様は異母姉。
歳は同じですが、ひと月ほどお姉様の方が早く生まれています。
初めてお姉様がお屋敷にやってきた日のことは、今でも忘れられません。
私が13歳のときでした。
腰まである金色の髪は美しく、アイスブルーの大きな瞳を持つお姉様はまるで女神のようでした。
くすんだ色しか持たない私と違い、一瞬で引き込まれるような色彩を持つレティアお姉様。
不思議と嫉妬心はなく、ただお姉様と仲良くなりたいと感じていました。
リュリス様は柔らかな雰囲気を持つ貴婦人です。
初めは私に遠慮していたようですが、次第に打ち解け、二人目のお母様として親しくしています。
レティアお姉様は天真爛漫という言葉がピッタリな方です。
リュリス様と市井で暮らしていたため、私の知らないこともたくさん知っていました。
レティアお姉様に連れられてこっそり街へ出かけ、父とリュリス様から怒られたことも数知れません。
大好きなレティアお姉様をサイモン様に紹介したのは14歳の春でした。
久しぶりにお会いしたサイモン様は16歳になり、逞しい男性へと変わっていました。
あどけなさがなくなり、大人の色気を纏うようになられていました。
誰もが見惚れるサイモン様と女神のように美しいレティアお姉様。
サイモン様が恋に落ちたのはきっとこの時でしょう。
見つめ合ったまま、甘い雰囲気が流れたのをよく覚えています。
レティアお姉様から視線を外さないサイモン様を見て、心が軋むように痛みました。
そこから急速に二人の仲は深まっていきます。
初めは三人で出かけていた乗馬も、いつの間にかサイモン様とレティアお姉様だけで行くようになりました。
決定的だったのはサイモン様に話があると呼ばれたときのことです。
「レティが好きなんだ。何か喜ぶものを送りたい。どんなものが好きなのかトリシャは知らない?」
二人で会いたいと言われ浮き立っていた私は、一瞬で奈落の底へ突き落とされました。
わかっていたことです。
サイモン様がレティアお姉様に惹かれていることは。
目の前で蕩けるような笑みを浮かべるサイモン様。
その表情はレティアお姉様を思ってのこと。
勝ち目なんてありません。
ならば潔く身を引こう。
私は悲鳴を上げる心に蓋をしました。
淑女教育を受けている私です。
感情を隠すのは得意でした。
サイモン様へレティアお姉様のことをお伝えしました。
レティアお姉様の好きな食べ物。
好きなこと。
好きな花。
好きな雑貨。
その甲斐あってか、サイモン様とレティアお姉様との仲はより深まったように思います。
サイモン様から聞くレティアお姉様のお話は、いつも喜色に満ちていましたから。
「トリシャお嬢様……」
幼少期から私に付いてくれている侍女ハンナが、今にも泣きそうな顔で私の様子を窺います。
ハンナは私がずっとサイモン様をお慕いしていることを知っています。
そしてサイモン様とレティアお姉様の仲が深いことも。
サイモン様と会ったあとの私は、いつも自室で抜け殻のようになっていました。
サイモン様から「レティ」とお姉様の愛称を聞くたびに涙が溢れそうになるのです。
その度に私は心を殺しました。
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫よ」
そう微笑むと、益々ハンナの表情は苦々しいものになりました。
サイモン様と距離を取った方がいい。
それはわかっていました。
でも私はサイモン様から離れられなかった。
愛していたからです。
愛しい人との時間を失いたくなかった。
いずれサイモン様とレティアお姉様は結婚なさるでしょう。
そして私は別の方の元へ嫁ぐのです。
そうすればサイモン様への想いを永遠に封印しなければなりません。
だから今だけは……。
報われない、伝えられない想いだとしても、サイモン様のお側にいたかったのです。