九之巻:心配無用にござる
鳥兜の花の根を乾燥させて得る毒を附子と呼ぶ。こちらの世界でも似た物が使われておるようだな。
ふん、雑なものよ。酒の中に微細な粉が浮いておるわ。
某が酒器を睨んでいると、殿下がこちらに囁きかける。
「シルヴィア、どうかしたか?」
「毒ぞ」
某は顔に笑みを浮かべたまま答える。
殿下の顔が一瞬強張るが、すぐに表情を隠す。
「どうする」
「心配無用にござる」
うむ、給仕を捕まえても良いが、おそらくそれは皇帝やこの皇太子の顔に泥を塗る所業でござろうからな。
ふふ、某も気遣う程度には殿下に絆されているらしい。
「乾杯!」
そう声が上がった際に、某は杯を天に掲げ、体内を巡る聖女の力を放った。
指先から杯が輝き、部屋を眩く照らす。
どよめく広間、某は酒の中に粉が浮いていないのをそっと確認して杯を干した。
実は屋敷でも確認していたのである。聖女の力は害を成すものを消し去れると。ちなみに某が持つ毒も浄化されてしまう故、自身が毒を扱えなくなるのと光るのが難点にござるがな!
某は呆けている殿下を肘で突く。
「新たな聖女の覚醒を神も祝福したもう!」
殿下はそう言い放ち酒を飲んだ。感心の声が上がり、貴族の者たちも酒を飲む。
給仕が酒器を回収に参ったのでにやりと笑って見せる。
音楽の演奏が始まり、広間があけられたので殿下と中央へ。
皆が注視する中、某は膝を折る。見上げ微笑みあい、殿下が下から差し伸べる手に某の手を乗せ、引き上げられる勢いで軽やかに回転。
殿下と手を取り見つめ合う。そしてわるつが始まった。くるくると舞台を回りながら殿下が言う。
「毒は?」
「浄化した故、問題ござらん」
「君はいつも驚かせてくれる」
某は踊りながらも耳を澄ませ周囲の音を聞き取る。
「絵画のような二人」「シルヴィア嬢は表に出てこなかったがなんと美しい」「何よあの女」「ハルトヴィッヒ殿下素敵」「なぜ毒が効かぬのだ」
ふむ。声のした方の顔ぶれ、記憶に留めておこう。
わるつは続く。
広間に大きな円を描くように回り、足捌きを変えて逆回りに。
「シルヴィア、美しいよ」
「殿下も良き男振りにござる」
踊りながらも殿下は甘く囁いてくる。
そうして音楽が佳境にさしかかり、最後の回転をするところで殿下は某を持ち上げくるりと回る。
ふむ、悪戯者にござるな!
降ろされた瞬間、勢いに乗ってさらに回転を決め、手を繋いだまま片膝をついてお辞儀する形でわるつを終える。
割れんばかりの歓声。
しかしその時、兇刃が某を襲った。