八之巻:ぐぇー。
舞踏会の日は朝から大勢のメイドたちに全身を隈なく磨かれ……磨かれ……。
「くすぐったいでござる!」
「我慢ください」
こるせっとなる道具で腹を締め上げられ……。
「出る!内臓が出るでござる!」
「はいお嬢様息を吐いて!」
「ぐぇー」
透けるような薄手の白い絹を幾重にも重ねた衣装に、金鎖と輝く宝石の首飾り。髪は結い上げられて簪のようなものでとめられる。
「首周りを剥き出しとは扇情的に過ぎるのでは?」
金で飾られた青の肩掛けを羽織らせた。ほう。
カチューシャに鏡の前に立たされる。ふむ。前世の美意識とはまあかけ離れた装束である。だが……。
「いかがですか、お嬢様」
「うむ……某は美しい」
「とんだ変態ですね」
メイドたちがくすくすと笑っておる。
その後は親父殿とお袋殿に散々褒められているうちにまたハルトヴィヒ殿下の馬車が。
殿下と逢うのはこれが三度目であるが、今日の服はまた格別に煌びやかで、全面に精緻な刺繍がなされた翠の上着、手袋と靴下は純白の絹。
なるほどこれがこちらの男の正装にござるか……!
「ああ、シルヴィア。なんと可憐な……!」
某が殿下の装束を見詰めていると、殿下が感嘆の声を上げた。
殿下が手を差し伸べたので、作法通りに手を添える。
今度は屋敷の者共がため息をつく。
「まあまあ、お似合いだわ!」
お袋殿がまたくねくねとし、親父殿も機嫌は良さそうである。
某たちは王家の馬車へ、親父殿たちは侯爵家の馬車へ乗り込んでいざ王宮へ。
夕暮れの王宮、通された大広間は巨大な硝子が吊り下げられ、それに立てられた無数の蝋燭によって煌めいている。
着飾った男女がさざめく中を某たちが進むと、そこだけ音が静まり、頭が下げられる。
ふむ、これが権力か、美貌のなすわざか。
しかし忍びである故にこう……某、注目集まるのとても苦手である。
逃げたい!遁術使って消えたい!
某は表情を変えぬよう、いざという時の逃走経路を探る。
殿下がそっと耳に口を寄せた。
「緊張してる」
「うむ。実はかなり」
「わたしもだよ。こんなに美しい人の手を取っているからね」
殿下はたらしでござるな!
某は曖昧に微笑んでおいた。
皇帝陛下、皇后陛下の前で頭を下げ、傍に控えて皇帝陛下の挨拶を拝聴する。
この良き日に云々かんぬん。素晴らしき力の聖女を迎える事が云々かんぬん。
ううむ、緊張のあまり頭に入らぬ。
まずは乾杯とのことで、紅の酒が給仕によって配られる。
某は硝子の器を受け取り、香りを嗅ぐ。
「鳥兜か」