七之巻:結構なお手前で
某の朝は寝床の上での五十回の腹筋と……、
「お嬢様、ミルクをお持ちしました」
一杯の牛の乳から始まる。
ごくごく。
「お嬢様、腰に手を当てて飲むのはおやめください」
「ぷはぁ」
「おっさんか」
身体を布で拭い、着替えて食堂へ。親父殿・お袋殿と揃って朝食である。
「シルヴィアちゃん、今日のご予定は?」
「家庭教師が来るのは午後でござったか?午前中は聖女の力を増すよう修行にあてるでござる」
お袋殿の質問に答える。
さすがはやんごとなき姫君、仕事もしてなければ家事を手伝う訳でもない。茶会などでの交流を除けば一日を学びに当てられるのである。
本来はお袋殿の茶会にくっついていったり、聖女としての修行として神殿とやらに出向かねばならんのだが。殿下との舞踏会のために作法を学び直したいと言ったら、その時間を取りやめ家庭教師をつけて下さったし、神殿は先代の聖女殿が教えられることはないと申したので行っておらぬ。
某はこの世界の神々を知らぬ。ここが三千世界のどこかであるのだとすれば如来なのかもしれんし、吉利支丹の言う天帝やもしれん。
どのみち祈りの作法は分からんので、神殿には行かぬ。ただ、裏庭でそちらを向いて手を合わせて祈るのみである。
祈り終えたら麻の上をぴょんぴょんと跳びはねる。
そして薪を並べたところにないふを投げる訓練である。
食器から、ないふとふぉーくをちょろまかし、薪に向かって投げていたところ。
スパァン!
とカチューシャに叩かれ、そのうえ執事の頭からもこんこんと説教を受けたのである。
銀器を投げるのは不味かったらしい。今は使用人用の鉄の食器を投げている。
お袋殿もカチューシャも、昼の一番陽射しの強い時間に外に出るな、肌が黒くなるというので、屋敷に戻る。
親父殿の書斎からちょろまかした羊皮紙を胸に当てて、それが落ちないように長い廊下を勢いよく走る。走法の修行である。
スパァン!
また叩かれたでござる。……解せぬ。
午後は作法の時間である。茶会のための作法とのことで、家庭教師の方の淹れてくれた茶を喫する。
この世界の茶は紅い。供された茶を両手で持って回し、ぐいっと……熱いでござるな!
いやいや、それを面に出す訳には。
「結構なお手前で」
そして懐から出した手巾で器を拭って頭を下げた。
めっちゃ笑われたでござる。
とまあ良く食い、良く動き、良く学ぶ。
夜は化粧水などで身体を磨かれてからの就寝である。
そしていよいよ、王宮での舞踏会の日を迎えた。