六之巻:ひいふうみい……。
翌日、部屋の真ん中に一人立ち、親父殿とお袋殿の踊りを思い返しつつ、忍法・猿真似の術でお袋殿の動きを再生する。
「まずはくるりから膝をついて……ひいふうみい、ひいふうみい、ひいふうみい……ここでくるり、反転してひいふうみい、ひいふうみい、ひいふうみい……」
「お嬢様、素晴らしく優雅なのですがその言葉は何とかなりませんか」
某は最後の足捌きを終えると動きを止めて、カチューシャに言う。
「練習して覚えるためぞ。なに本番では言わぬ」
手拭いが差し出されたので、汗を拭う。
「お嬢様の動き、そのにんぽーとやらは完璧に奥様の動きを真似ております。練習は必要なのですか?」
「うむ。シルヴィアはあまり身体を動かすのが得意ではなかったのでは?動きを覚え込ませねば。
それに殿下の動きが親父殿とまるで同じなら問題ないのだが、そうもいくまい」
「……なるほど」
同じ動きをされても体格も脚の長さも違うでござるしな。
斯様な話をしていると門の方から、金の装飾に白い馬車の入ってくるのが見えた。ううむ。
「冠を被り剣を構えし獅子の紋章、左上に青き旗」
「王家、皇太子殿下の紋じゃないですか!」
ハルトヴィヒ殿下がお忍びでやってきたとのことで慌てて着替えて出迎えたのである。
お忍びとは一体……。
親父殿が仕事で出ているのでお袋殿と揃って頭を下げる。
「ようこそお越しくださいました」
「うん、内々の話ではあるけど婚約の申し出を受けてくれたのが嬉しくてね。
王宮の庭を見ていたら薔薇が見頃で、あなたに届けたくなったのだ」
そう言うと控えていた従者から鮮やかなる大輪の花の束を受け取り、某にさしだした。
「なんと見事な……!」
某の国元にこれほどの花はあったのだろうか。椿や菖蒲も美しかりしが、これほどに大きく、鮮やかで、匂い立つ花を切って束とするとは!
「まあまあ、情熱的ね!」
お袋殿がくねくねとしておる。他の使用人達も見惚れた様子だ。
間違いなく素晴らしいものであろう。某は頭を下げ、笑みを浮かべて言った。
「かたじけのうござる。ありがたく頂戴いたす。困ったなこれに報いるだけのものを差し出せぬ」
殿下は照れたように笑って言った。
「では、わたしにあなたの名前を呼ぶ権利を、婚約者殿」
某が頷くと、嬉しそうに「シルヴィア」と口にした。
殿下は花束を持つ某の片手を取ると、なぜかそのまま動かない。逆の手でそっと某の手の甲を撫でて微笑みかけた。
「良かった。今日は木人形にならなくて」