四之巻:庭に麻の苗を植えたい
まあハルトヴィッヒ殿下のことは親父殿たちに任せておこう。某は聖女としての修行に励まねばならん。
「庭に麻の苗を植えたい」
某はカチューシャにそう告げた。
「はぁ。観賞には向かぬ植物ですが」
「景観が崩れるなら裏庭でも良い」
早速翌日には高さ一尺程の麻の苗が用意されているあたり、有能なメイドである。
苗を庭に植えようとしたらお嬢様らしくない行為は避けるよう言われ、庭師のウッドとやらを呼びつけて植えさせる。
「なんです、お嬢様。ご禁制の薬でも作る気ですかい」
「ほう、よく知ってるでござるな」
カチューシャはぎょっとした顔をした。
「お嬢様……?」
「うむ、乾燥させて粉にすると阿呆薬という、飲むと阿呆になる薬となる……そう睨むな。……わかったわかった、作らんと約束するから」
このメイド、主人に殺気を放つのは如何なものか。
「お嬢様、では何にしますんで?麻布ですかい?」
「麻縄は作ろうと思うが、それは後でござる」
某は庭師が地面に植えた麻に如雨露で水をやると、その上をぴょんぴょんと跳び超える。
彼らは首を傾げておる。
「聖女としての修行でござる」
「絶対違うと思います。……お嬢様。スカートをおさえてお跳び下さい」
すかーと……下履きか。なぜ斯様にもひらひらとしておるのか。
うむ。……今度は髪が邪魔である。金の美しき髪であるが、跳ぶたびにさらさらと顔の方に流れてくるのである。
部屋に戻り、カチューシャに告げた。
「髪を切りたい」
「淑女が髪を切るのは許されません」
「頭巾におさめるのはどうだ?」
某は布を貰うと頭に巻き付けていき、宗十郎頭巾の形を取る。
目元だけを出し、烏賊の胴のような形状に整えたものである。
「ただの変質者ですね」
ううむ、後でこっそり鋏を拝借して切ってしまおうか。
「後でこっそり切るとかなしですよ」
此奴、某の心を……!?
「お嬢様が髪を切ると、わたしの首が飛びます」
ぐぬぬ。
カチューシャは、はぁ、とため息をついて櫛を手にした。
「あまり淑女らしいとも言えませんが、勝手に切られるくらいなら、動きやすいよう束ねて差し上げましょう」
こうして某の髪は頭の両側で角のような形の団子に纏められ、そこから顔の脇に垂らす形にされたのである。
おお、動きやすいでは無いか!
こうして髪を束ねた某が修行をしているのが、この屋敷の日常となった。
無論、一月もした頃には、身の丈を超える高さの麻の上を飛び跳ねるようになったのは言うまでも無いことにござる。