三十五之巻:お初にお目に掛かる、魔王殿
「良くぞここまで来た。聖女シルヴィア、そして小石惣二郎よ」
謁見の間の最奥、高くなった場所に置かれた玉座に座る男が声を放つ。
壮年の、白髪混じりの黒髪を伸ばした男。その顔立ちは平たく、身の丈もハルトビッヒ殿下などと比して低い。
某は頷くように軽く頭を下げる。
「お初にお目に掛かる、魔王殿。お主やはり某と同郷の者、そして忍びにござるか」
その顔立ち、体つき。某の名の正確な発音、そして毘沙門天という部下の名や奴の使った忍法。
「ああ、俺はある日突然この世界へと転移したのだ。
だがお前はそうではないようだな。惣二郎という男の名でありながら、お前の身体は完全にこの世界の女のものだ」
「うむ、某は魂のみがこの世界の聖女、シルヴィアの身体に宿ったものよ」
なるほど。と魔王は頷き玉座より立ち上がった。それだけで威圧感に膝をつきたくなる。
「惣二郎、忍びとしての名を名乗れ」
「五里飛余助」
「ごりとび、聞いたこともない姓よ。どこの田舎忍びかあるいは抜け忍かは知らぬが、此方での活躍を見るに大した腕前のようだ」
「お褒めに預かり光栄にござるな。田舎忍者と馬鹿にするくらいなら、魔王殿は高名な里の忍びでござるか?」
伊賀か甲賀かあるいは御庭番衆の者か。
「服部半蔵」
なん……だと……。
――おいしそうさん、そんなにすごい人なんですかあの魔王!?
……高名な忍びの長の一人にござるよ。
「俺、服部半蔵は伊賀者を束ね、八千石の大身旗本として身を立てても渇望が満たされることはなかった」
服部半蔵は自らの手を眺め、それを力強く握りしめる。溢れる闇の力。
「そう、それはこの異界に俺の半身があったからよ。魔王として封じられていた魂を取り込んだ時、俺は完全となった」
魔王の魂を取り込んだ服部半蔵……。
「今の俺はそう、全なる一に至った者。魔王・服部一蔵!」
「まおうはっとりいちぞう……」
何と恐ろしい存在にござろうか!
「同郷の誼として聞いてやろう。惣二郎よ。俺に仕える気はないか?
我ら忍びが将軍やら大名に使い捨てにされることもなく、力ばかりの武士どもに馬鹿にされることもない。有能な者が相応の地位につく世界を俺たちなら作れる」
…………。
――おいしそうさん!
「断る」
「何故」
「女神の力と魔の力は相容れぬ。いずれお主は某を殺すであろう。
それにな、お主は偉大な王となるであろう。だが、お主の子孫がそうあり続けることはあり得ぬ。人は自らの力でその世を作らねばならんのだ」




