三十四之巻:それは褒め言葉にござる
暗黒大火遁の術。
闇を纏った暗き焔が吐き出される。それは毘沙門天の前方にいたシルヴィアの分身を一瞬にて溶かすと、貴奴が首を振るに従って周囲全てを扇型に焼き尽くしていく。
逃げんとするも触れるだけで焼け融けてゆく分身たち。
それはただの炎や爆発ではあり得ぬように、大地すら溶かしていく。
もはや忍法という規模ではない。魔術、いや名の知れた大妖や神仙の如き業であった。
城門前の周囲全てが焼き尽くされ、溶け落ちて煮えたぎる沼となる。
「ふはは、跡形もなく消滅したか!」
毘沙門天は息も荒く疲弊した様子、息が調うまで暫く周囲を警戒するも何も起こらない。城門を開けさせ、城内へと戻っていった。
場内に気配は極めて少ない。
魔王はその配下の殆どを人間領を攻めさせるのに向かわせている。それは魔王城から逃しているとも言い換えることができる。
結局のところ、いくら雑兵を並べたところで無意味と互いに分かっているからだ。
故に聖女は単身魔王を倒しに向かい、魔王は単身それを迎え撃たんとする。
毘沙門天がそれでも魔王城前で残っていたのはその忠義ゆえであった。
生き物の気配のない廊下を毘沙門天は歩む。
灯りが彼の影を揺らめかせたかと思うと、その影が不自然に立ち上がり、白刃が現れる。影は跳躍して首筋へと斬りつけた。
「ぐうっ!」
毘沙門天の首から鮮血が飛び散る。
影はもう一閃剣を振り、手首を斬りつけ飛び退った。
某は纏った影を払い、純白の聖女の衣装の姿へと戻る。
毘沙門天は首を押さえて言う。
「……周囲全てを焼き払い、……隠れる場所とて無かったはず」
「某は分身の中にいたのではない。お主が分身の一つを攻撃したその隙に、お主の足元、影の中に入ったのでござる。
それ即ち忍法、影潜み」
「影に……」
「言い残すことはあるか」
「……汚い、……さすが忍者汚い」
「ふん、それは褒め言葉にござる」
某は毘沙門天の心の臓に懐剣を突き立てた。
「ぐふっ」
「四天王筆頭、魔族、烈風の毘沙門天討ち取ったり!」
毘沙門天はどうと倒れた。
某は剣の血を懐紙にて拭い捨てると広い廊下を先へと進む。
毘沙門天は強力な魔族であったが、それが霞むほどの巨大な魔の気配。
そう、魔王の元へ。
人間の王城と構造は似たようなものである。
気配がするのは謁見の間。
「たのもう!」
声を放ち、巨大な扉を開けて、気配無き謁見の間の中央の絨毯の上を歩む。
最奥の宝玉で飾られた巨大な玉座、そこには人間の男が如き影が座していた。




