三十三之巻:某は……思い上がっていたな
「秘剣、落椿」
しかし毘沙門天はにやりと笑って上を見上げた。
「落椿、破れたり」
奴はその角で某の剣を受けた。
闇の魔力の込められた角が某の剣と拮抗する。
奴が大きく振った腕は、某の腹を打った。
打たれる瞬間に背後へと跳ばんとするが、力は逃しきれず腹が捩れ、吹き飛ばされる。受け身も取れず地面に投げ出され、強く背を打つ。
――おいしそうさん!
「ごほっ」
胃の腑が痙攣し、酸味の強い液が喉の奥を焼いた。脚が震える。
あー……。
「ふはは、立ち上がれぬか!」
毘沙門天は十字手裏剣を倒れる某に投げつける。
何とか取り落とさなかった懐剣を使い手裏剣を弾いた。聖女の魔力が身体を癒していき、よろよろと立ち上がる。
「某は……思い上がっていたな」
「魔王陛下に立ち向かう愚に思い至ったか?」
「否、そうではない」
転生、聖女の光の力。常識ではあり得ぬ経験、人智を超えた力を手にし思い上がったか小石惣二郎。
某が忍びとして、五里飛与助として日本の夜闇を駆けていた時、こんな戦い方をしていたか?
否。
なぜ某は正面から戦っているのだ。某は名誉ある侍ではない、闇に生きる忍びぞ。
もっと薄汚く、戦いから逃げ、襲いかかる時は不意を討ち、集団で囲み……。
――おいしそうさん?
「すまぬな、シルヴィア。毘沙門天もだ」
「む?」
「「卑怯を行う」」
「なにぃ?分裂しただと!」
「「「忍法、影分身」」」
「くっ」
「「「「一人が二人、二人が四人……」」」」
高速機動による動作の緩急。不規則な上下動、視線を切る動き。
さらに女神の力は光、それを操って鏡写しのように……。
「ニンポー、カトーンノジュチュー!」
毘沙門天が印を結び、口から火焔を吐き出すことによって、巻き込まれた分身が二体搔き消される。
……風の四天王と言いながら火を吐くのかお主。
「ふはは、所詮残像よ!」
「「「それはどうでござるかな?」」」
分身の一つを近づける。毘沙門天が殴り掛かり、搔き消されるが、交差の刹那に神聖力を僅かに込め刃と化す。
毘沙門天の腕に傷が走った。
「質量を持った分身だと!」
「「「「ふはははは」」」」
木霊の術、相手の全方位から声を放つ、居場所を悟られぬ術である。
毘沙門天が攻撃を加えようとすれば煙のように掻き消え、また傷を残す。
「ぬおおお!」
態と小さい傷を負わせ続け、冷静さを奪うのだ。
毘沙門天は全身から闇を放つと、それを吸い込んでから焰と共に吐き出した。
「ニンポー!アンコクダイカトーンノジュチュー!」




