三十一之巻:では行ってくるでござる!
シルヴィアが引っ込み、殿下の前で某に戻る。
某の眼前にて跪き、某の手を取っている殿下。……手を撫でるな!くっ、滅多にない殿下の上目遣いの体勢困るでござる!
某が黙すと殿下は立ち上がり、某を抱き締めた。
「シルヴィア……いや、おいしそうさん。君にも最大の感謝を」
「まだ早い。その言葉は某が魔王を討伐してから戴きとうござる」
「分かった。君が戻ったら感謝と愛の言葉を捧げよう」
「う、うむ。では行ってくるでござるよ」
殿下は某の額に唇を落とした。またか!もう!
「あなたに女神の加護がありますように」
「殿下たちも武運あれ。某は魔王を直接叩きに行くでござる。魔王の軍はこちらに向かっているであろう。食い止めていてくだされ」
「分かった、約束しよう」
某は聖女の衣装に着替え、杖を背に、懐剣と数多の忍者道具を衣装に忍ばせる。
「壮健にな」
着付けを手伝ってくれたカチューシャに告げ、彼女が頭を下げたのを見て屋敷を出る。忍び故、夕暮れに出発し、夜陰に乗じて魔王領へと潜入せん。
鉤縄を使い城門を飛び越える。だが降りた先、城門から続く坂の脇に、うちの領地の旗本衆が並んでいた。
「シルヴィアお嬢様!いってらっしゃいませ!」
その先には教会の神殿騎士たちが剣を捧げて並ぶ。
「聖女シルヴィアに女神様の祝福あらんことを!」
次いで辺境伯領の旗本たちが。その先頭には父子。
「シルヴィア様に感謝を!」「シルヴィアお姉ちゃんがんばって!」
この領地の民衆たちも集まり、某に声をかける。
「聖女様!」「ありがとうございます聖女様!」
そして王国軍、先頭には正装した殿下が立つ。
「シルヴィア、いってらっしゃい」
「うむ!」
某は振り返り、みなを視界に収めて言った。
「では行ってくるでござる!」
砂煙を巻き起こし、それと共にスカートの下から茶色の外套を取り出して着込み、走り去る。土遁の術にござる!
はは、身体が軽い。
思えば前世で任務に赴く前に見送られることなど無かった。
良きものにござるな!
風を追い抜く速度で町を駆け抜け、田畑広がる平原を越え、荒れ果てた地を越える。
無数の魔族が平原に駐留している。
聖女と魔王は対、その居場所は感じ取れる。この軍にはいない。
魔族軍を彼らに任せるという信頼を以て迂回、切り立った崖を越え、毒の沼の上を飛び、昼夜を問わず駆け続ける。
そして城が見えた時、威圧感ある声がかけられた。
「聖女よ、よくぞ来た!我は四天王の長、烈風のビシャモン・テーン!」




