三十之巻:出陣の時が来たにござる
殿下が日夜、某への愛を知らしめようとするので、某は居た堪れなくなり、ドレスの内側に木や壁を描いた布を仕込んで、それを広げて身を隠すことしばしば。
木遁の術にござる。
最初は良く隠れられていたのだが、カチューシャとハルトビッヒ殿下とクリストフ殿が段々隠れるところを見極めるようになってきて苦しいところ。
特に殿下とクリストフ殿は見つけ次第、某に抱きついて来るので心臓に悪いにござる。
殿下に腰を抱かれ、或いはクリストフ殿に手を引かれて歩いていると、此度の騒動で辺境伯家に皇太子殿下や聖女がいるとして集まってきた地方貴族やその令嬢たちが温かい目で見てくるのがまた居心地悪いのである。
「草木に紛れる衣装、王都での流行りに違いない」
「素敵ですわ」
絶対流行ってないと思うでござるなぁ……。
とまあ、軍がこの地の魔族と戦い、某はこの地の浄化と治療活動に従事。
そしてある朝の祈りで、辺境伯領の隅々まで女神の力が行き渡ったのを感じた。
そして内なるシルヴィアもまた、女神の力が自らの身体にも充分行き渡った旨を伝えてくる。ふむ。
「出陣の時が来たにござる」
昼食の際にそう告げると、クリストフ殿の瞳にうるうると涙が盛り上がる。
「お姉ちゃんいっちゃうんですか?」
――はー尊い……。
某は立ち上がり、クリストフ殿の頭を撫でる。
「うむ、行ってくるにござるよ」
「戻ってきてくれますか?」
シルヴィア、代わるが良い。
――ええっ?
「はーとうと……。ええ、ここに必ず戻ってくるわ」
シルヴィアはぎゅっとしがみついてきた彼の背をぽんぽんと撫でて離れた。そしてメイドの前へ。
「カチューシャ」
「シルヴィアお嬢様……」
今度はカチューシャにシルヴィアがしがみつく。
「ここまでついてきてくれてありがとう、カチューシャ。わたし行ってくるわ!」
カチューシャの手が回された。
「お嬢様、あなたを信じています。ご無事で。おいしそう、お嬢様をお願いいたします」
うむ。
そして殿下の前へと歩み、淑女の礼を取る。
「初めまして、ハルトビッヒ殿下」
殿下は立ち上がると胸に手を当てて礼を取る。
「聖女シルヴィア、あなたのお陰で魔族を討伐し、ここまで来ることができた。最大限の感謝を」
「おいしそうさんのお陰ですよ」
シルヴィアの言葉に殿下は首を振り、跪くとシルヴィアの手を取った。
「無論、それもある。だが全てはあなたが彼の魂を呼んでくれたからこそだ」
「ありがとうございます」
――代わりますね。
む?




