二十七之巻:お主は某を恨んでくれても良い
殿下の眉間に皺がよる。
 
「彼女は私の婚約者だが」
 
伯は呵呵と笑い飛ばした。
 
「うちの息子はまだ十ですよ」
 
話によると伯の奥方、つまりクリストフ殿の母上が病で儚くなってより、彼は塞ぎ込んでしまっているようだ。
確かにこの館に滞在しているが見ておらんな。
某はメイドの先導で屋敷の一角へ。メイドは扉を開けて言った。
 
「坊っちゃま、お客様ですよ」
 
「お客様?」
 
中から声変わり前の高い少年の声がする。
某は淑女らしく礼を取り、中へと入った。
 
「はじめまして。クリストフ殿」
 
顔を上げると、窓際に線の細い少年が立っていた。金の髪や長い睫毛が陽光を浴び、きらきらと輝いているかのようでござる。
親父のレオポルド殿には似ておらんな!
――ふおぉぉぉ!
んん?
 
少年は徐にこちらへと近づいてくる。ううむ、少し窶れているようでござるな。
彼は小首を傾げて尋ねた。
 
「……お姉ちゃんが聖女様?」
――美ショタァァァァッ!
シルヴィア?
 
「うむ。シルヴィアと申す」
 
「ようこそお越し下さいました」
 
そう言って頭を下げ、戻した時には瞳に涙が蓄えられておった。
 
――憂いショタァッ!
ショタとはなんでござろうか。
 
彼は手拭いで涙を拭う。
 
「ご、ごめんなさい」
「……失礼」
 
某は彼を抱きしめた。ちょうど某の胸のあたりに彼の顔がある程度の背格好である。
クリストフ殿は固まった。
――ふおぉぉぉ!
シルヴィア大人しくしておれ。
「クリストフ殿、すまなんだ。お主は某を恨んでくれても良い」
びくり、と彼の身体が反応する。
「もう少し早くこの地に来られれば、御母堂を失わずにすんだかもしれぬ」
某の胸のあたりで彼は身動ぎし、否定の言葉を告げる。
「い、いえ!そんなことは」
「だがそう思う心があろう。
自分は母を失ったのに、この城にて領民達が癒やされているのは妬ましかろう」
びくり、と再び肩が揺れる。
「ご、ごめんなさ……」
「謝らなくて良い。それは当然の思いである。
某を恨んで良い、泣いて良い。だが民は恨むな。……御母堂は何と?」
「っ!……幸せに……なってねと」
某は彼の頭を撫でる。さらさらとした髪が指の間を流れてゆく。
――儚い系!さらっさらよ!ふんすふんす!
ううむ、内なるシルヴィアが荒ぶっておる。
「そうであるな。クリストフ殿は幸せか?」
彼はふるふると首を振る。
「では、今は泣くが良い。そして泣き終えたら幸せになろうぞ」
某は彼の背を叩く。
「う、うわああぁぁぁん!」
――ふう、尊てぇ……。
……台無しにござるな!
 




