二十五之巻:政に口を挟むのは僭越でござるが
某が触るとその農夫は消えてしまった。んー?
殿下が言う。
「今の農夫は魔族だったのでは?」
「ふむ、領土全体に瘴気が蔓延しておったゆえ、魔族の気配が分かりづらいにござるな」
某たちは領主の住む町へと向かって農地の間を進んでゆく。
この土地は困窮していたのであろう。痩せ細った百姓たちがこちらを覗いているが、瘴気が払われた故か、明るい表情をしている。
どうも痩せた百姓を見ると前世が思い起こされていかんな。
「あー、殿下。政に口を挟むのは僭越でござるが、某は彼らを助けてやりたいのだ」
「そうだね。収穫できるまでの間さえ援助できれば大丈夫だろう。後でここの領主には伝えておく」
「忝い」
殿下が某をまじまじと見て顔を赤らめた。某は首を傾げる。
「いや、いま微笑んでくれたのが破壊力高いなと」
む、某は笑っておったにござるか。むにむにと頬を摘む。もう一押ししておくか。
「おねがい、ね」
殿下は馬車の壁に頭を打った。
馬車は走る。
この領土の隣は魔族領であり、ここの領主は辺境伯という領境を守る貴族として軍権を強く有しているとか。
ふむ、防人の長というところにござろう。
領主館も魔族領の側から見れば崖の上に建てられており、こちらから登るのも厳しい坂の上であった。山城の風情を感じるでござるな。
急坂では某たちも馬車から降りて徒歩にて登っていく。絶景かな!
「シルヴィアは楽しそうだ」
「良き景色にござるゆえ」
「普通の令嬢であれば、歩きなんて言うと不平が大変だよ」
この地は重要なのだが、その厳しさもあり他の貴族たちとの交流も薄いと言う。
ふむ、武辺者の田舎大名、良いではないか。
城門前で馬車に乗り直し、中へと進む。
「ハルトビッヒ皇太子殿下のおなーりー!」
門番が大音声を放つ。庭にて出迎える騎士団と、その先頭に立つ三十路くらいの厳つい顔の大男。
「よくぞお越し下さいました、皇太子殿下。それに聖女シルヴィア殿。
シルヴィア殿は初めまして。辺境伯レオポルドと申します」
戦場で鍛えられた声がする。某は腰を折って礼を取った。
すると伯も膝をつく。
「先日、この地を覆っていた瘴気が晴れました。先触れによると、聖女殿が祈りを捧げ、瘴気を吹き飛ばしたと。御礼申し上げます」
伯は某の手を取り、それを額に押し当てた。
むむ、これは淑女に対する献身の姿勢では。向こうの騎士団は当然のようにそれを受け入れ、むしろこちらが驚かされておる。
ん、殿下が不満げだ。ふふ、悋気にござるか?