二之巻:某の忍びとしての名は
「どこからどうみてもシルヴィアお嬢様なのに、その言動は明らかに違う。
そして、お嬢様が聖女としての力不足に嘆いておられたのは事実……」
カチューシャはっと顔を上げる。
「お嬢様のお心は無事なのですか!」
「判らぬ。かの魂は口寄せの際に失われたのか、深く眠っているのか」
カチューシャは服の裾を皺になるほど握り締め、何かを堪えるようにして考え絞り出すように言った。
「……お嬢様があなたを求めたならあなたに仕えましょう。
お嬢様のお心について分かったらすぐに教えて下さい」
ふむ、忠義の部下であるな。某は頷いた。
「承知した」
「では、あなたの名は?」
「うむ。某の忍びとしての名は……」
「忍びとしての名!?」
む、忍びが分からぬか。
「蘭学で言うところのニンジャ・ネームは……」
「ニンジャ・ネーム!?」
「うむ、ニンジャ・ネームは五里飛余助」
「ごりとび!?」
「本名は小石惣二郎」
「おいしそうじろう!?」
……なぜいちいち叫ぶのか。
「……呼び名を変えても混乱するだけです。お嬢様と呼びますので、あなたもごりとびやら、おいしそうと名乗らぬように」
「おいしそうでは無く、おいし・そうじろうでござる」
「どちらでも構いません。名乗らぬように。
旦那様と奥様にはそれとなく誤魔化します」
「隠し通せるものか?」
「旦那様と奥様は細かいことを気になさらぬ性質なので……お嬢様も不自然な言動を取らぬようご注意ください」
大丈夫なのであろうか。とりあえず朝餉の時間とのことで、早速、カチューシャを従え食堂へと向かう。
廊下の隅を歩こうとしたら、肩を掴まれ、真ん中に移動させられたでござる。
食堂に入ると親父殿とお袋殿がもう席につかれていた。
座布団では無く腰掛けている。南蛮の文化か。
「おはよう、シルヴィア」
「ふふ、今朝はちょっと慌ただしかったわね、悪い夢でも見たかしら?」
と声をかけられる。
「おはようにござる。親父殿、お袋殿」
スパァン!
後頭部が引っぱたかれる。
このメイド、某に避けられぬ速度で頭を叩くだと!?
「……おはようございます。オトウサマ、オカアサマ」
某はシルヴィアの記憶を思い起こし言い直した。
実際、親父殿もお袋殿も細かいことを気にせぬ様であった。
カチューシャはシルヴィアが女神より神託を賜り、その影響で言動が珍妙になったという説明をし、親父殿とお袋殿はそれを受け入れたのである。
「まあ、ステキなことね!さ、食事にしましょう!」
驚きの流され方であった。