十九之巻:何奴!
謁見の後、某は帝都を旅立ち魔王の国へと向かったのでござる。
殿下が国軍を率い、神殿からも聖騎士団、親父殿の旗本衆と大所帯である。魔族の被害の大きかった地域の復興や残党狩りをするため、途中で二手に分かれたり他の貴族家に寄ったりと歩みは遅いが仕方あるまい。
某も道中では祈りと浄化を行いつつ進む。つまり毎朝光りながら進むのである。
「お疲れ様、シルヴィア」
「お嬢様、朝食の用意ができております」
「うむ、忝い」
殿下と行動を共にしているのはともかく、気になるのはいつの間にか軍に帯同しているメイドである。
聞いてみると「お嬢様付きのメイドですからね」と分かるような分からぬような事を言う。
……実のところとても助かっている。某はちょっくら魔王領まで走って魔王を殺ってくるくらいの考えであったのだが、そうではなかったのだ。
そう、社交しながら進んでいるのである。ドレスの着付けとか!貴族の知識とか!面倒なことこの上ない。
例えば先日はなんとか領のなんとか公爵のところに発生した魔物を軍が討伐し、その住処となった地域を某が浄化し、戻ったらメイドたちに洗われ着付けをさせられ、その夜に祝勝会と称したぱーてぃーで挨拶させられ、殿下とだんすして、飯でも摘もうと思ったところになんとか公爵令息からだんすに誘われ、そこに殿下が割って入ったりととても疲れた。……そう言えば結局飯も食い損ねたでござる。
そうして馬車でぐったりしながら移動していると、隣の領との境であるという大河に差し掛かった。
このあたりは前世では見れないような平原の広い国土である。幅が十町程もある穏やかな流れの河である。
先行していた者たちが丸太を組んで作った筏船に、馬ごと乗り込み渡河していく。
船の上、水鳥が水面を滑るように飛んでいくのを殿下と眺めていると、暖かな日差しの好天が一天俄かに掻き曇り、冷たい風が吹きつけた。
その風は鎌鼬と転じて襲いかかった。
武装した歴戦の兵たちには効かぬ。
だが筏を繋ぐ綱が斬られ、いくつもの筏が分解される。河に投げ出される兵馬。
「ふふふ、水上では碌な動きがとれないでしょう」
背に蜻蛉の翅のようなものを生やした女性が暗い空から降りてきて、水面に足先がつくかつかぬかというところで止まる。
紫の長い髪に紅の瞳の美人、その胸は豊満であった。
「何奴!」
某の言葉に女は高らかに叫んだ。
「魔王軍、四天王が一、疾風のハルパリシアよ!」
「また風にござるか!?」




