十七之巻:御免
民草の歓迎と感謝の声に応えながら馬車はゆっくりと王宮へ。
ふぬう、注目されるのは好まぬ。大名行列かと。
心を忍の一文字にして大人しく手を振る。
まあ行列に頭を下げるよりはこうして手を振っている方が解放的ではあるな。護衛は気が休まらんだろうが。
「貧民共に人気だな」
と猊下が小声で囁く。
「うむ、それでも彼らから神殿への喜捨は増えたのでは?」
某の答えに苦々しく鼻を鳴らし肯定された。
王宮の前では殿下が直々に出迎えるという待遇、これも民への宣伝というものか。
殿下の手を取りゆっくりと馬車を降りる。
「普段の活動的な君も素敵だが、今日は一段と美しいね」
余計な話をするなと言われている某は、にこやかに微笑むのみである。
王宮では謁見の間なる巨大な広間に重鎮たちが居並び、その最奥には皇帝・皇后陛下なるこの国で最も尊き人物が座っておる。
陛下の一段下に立つ男が、「皇帝陛下のお言葉である!」と広間全体に響く声で言い放ち、某も練習した通りに腰を折る。
恭しくも偉大なる、なんとかかんとか皇帝陛下のうんぬんかんぬん。
某はそれを、ははぁ、相撲の呼び出しのようでござるなと聞き流していた。式次第は事前に聞かされておる故。
「聖女シルヴィアよ、旅の無事を願い、伝来の聖杖と、懐剣が与えられる」
お、某の出番であるな。
立ち上がってゆっくりと前へ歩み、まずは美麗な錫杖を授かり、控えの者に渡す。
「次にドワーフの名工が聖女の旅立ちのために鍛えた懐剣である」
某は恭しくそれを受け取り、皇帝より離れて跪いた。
「御免」
そういって懐剣を一寸ばかり抜く。
美麗なる装飾、女神の姿の象嵌された鞘より現れる銀光。おお、と周囲より声が上がる。
ふむ。
「陛下、その名工とやらはどちらに」
式次第には無い展開に広間がざわめく。
殿下も少し心配そうな表情でこちらを眺めた。
陛下は咳払い一つで広間を静めると、謁見の間に居並ぶ重鎮たちの中より、小柄で筋肉質の御仁を示された。
某はその前に立ち、名工とやらと視線を合わせる。女の某と同じくらいの背丈だがその腕は某の腹回りほどの太さである。胸元には斧を意匠化した紋章。
「なんでございますかな。聖女様」
「ふむ、髭。お主がこの国一番の名工のどわぁふとやらにござるか」
怒倭斧だろうか。変な名であるが、職人らしい頑固で気難しそうな面をしておる。
髭面の男は重々しく頷いて見せた。
「田舎の刀工でも、もっとマシなものを作ろうぞ!」
謁見の間は騒然とした。




