十六之巻:猊下め。奮発したな
「シルヴィアお嬢様、あなたが魔王と戦わねばなりませんか?」
「当代の聖女はわたしだから」
シルヴィアは毅然と答える。
「ごめんね、カチューシャ。あなたに説明する間もなくおいしそうさんを呼んでしまった。わたしが女神様から啓示を受けた時に、魔王と対抗できそうな魂がすぐに消えそうだったの」
ふーむ、某が魔王と対抗とな。某はただの忍者であって対魔の忍びではないのでござるが。常人の三千倍の力も有さぬしな。
「おいしそうとはそれほどの人物なのですか?」
「考えてもみてよ、わたしの身体で天井に張り付いたりできるのよ!」
カチューシャが微笑む。
「そうですね、何も無いところで転べるお嬢様ですものね」
「もう!ひどい!」
ぼすぼすとシルヴィアはカチューシャの尻を叩く。
そして二人はしばらく戯れつつ話し、シルヴィアは欠伸を漏らした。
「ふあぁ、わたしはまた眠るね」
「お嬢様……。また戻って来られますか?」
「精神の奥で女神様を感じ、魔王に抗する力を練らないといけないの。それがわたしの仕事。大丈夫、必ず戻ってくるわ」
こてんとシルヴィアはカチューシャの胸に顔を埋めた。
「……いつもありがとう、カチューシャ。大好きよ」
「わたしもです、シルヴィア様」
カチューシャが涙声で答える。
おいしそうさん、ありがとう。シルヴィアの思念が某に伝わった。
……む、身体の主導権が戻ったか。
……むふー、柔い。
スパァン!
「戻ったなら離れろ!」
勘の鋭いメイドである。
それから暫し時が過ぎる。
まず某が魔王討伐の旅に出るとの話に皇帝陛下や親父殿たちも難色を示し、屋敷にとどめ置かれることになった。
某は日々修行し、また祈り、たまに殿下と出掛けるなど帝都は平穏であった。
だが地方からは魔族の被害が増え、さらには魔王の兵どもが強くなっているという報告が寄せられるようになった。
聖女を派遣するよう要請が上がるようになったのである。
そして某は皇帝陛下との謁見に臨むことになった。
謁見の前日、神殿からは某のため、聖女の衣なる服なるものが与えられた。
ふむ、女神を象徴するという白に金糸で刺繍された美しき衣である。
メイドたちに衣を着せられるとくるりと回ってみせた。ドレスに比べ、ずっと動きやすく神の加護とやらで丈夫である。
「ふむ、クレナウッド猊下め。奮発したな」
門前には猊下が屋根の無い馬車で某を待ち、その脇にはうちの旗本衆と神殿騎士団とやらが両翼を護る。そして帝都の民が集まっていた。




