十三之巻:えすこーとをお願いしても宜しいだろうか
「そうだ殿下。えすこーとをお願いしても宜しいだろうか」
「おや?今かい?」
某は頷く。
「うむ、神殿に行きたいのでござる」
忙しい殿下を連れ回して申し訳ないが、ちょうど良い機会だったのである。先触れを送り、殿下の馬車に乗って神殿へ。
石造りの白き尖塔が林立するような、こちらも前世では見ぬ造型である。
中に入ると某を迎えるかの如く建物の壁が仄かに光り、正面の女神像が煌めく。
「歓迎されているみたいだね」
某の耳元に口を寄せて殿下が囁く。ふむ。周囲の信者たちが某を拝んでおる。
うーむ。目立ちたい訳ではないのだが。神官達が声をかけようとするがそれは押し留めて神像の前に立ち、頭を下げた。
すると某の頭の中にのみ響く、涼やかに神威を感じさせる女の声。
『彼方よりの強き魂、おいしそう・じろうよ……』
「おいし・そうじろう!」
『……じろうよ。我が巫女、シルヴィアの求めに応じ、この世界に来てくれたこと感謝いたします』
「まあ、死ぬところの魂を救って貰ったと思えば何ということもありますまい」
『じろうよ、何か求めることはありますか?』
「無し。いや……シルヴィアの魂はどうなっておる?」
『その身体の中で休んでおります。少し力を与え、目覚めを促しておきましょうか』
女神像より光が放たれ、某の身体に吸い込まれていった。
『あなたに祝福を……』
声が消え、光が収まる。神官や信者たちは平服しており、殿下も頭を下げている。
建物の奥からじゃらじゃらと金を身に纏った神官が現れた。
「女神像が光ったと聞いたが」
「ええ、聖女シルヴィアに祝福を」
某の前に金ぴか神官が立つ。他の神官とは異なり、ずいぶん太っておる。生臭さ坊主の類だな。某は頭を下げた。
「騒がせて申し訳ない」
「神の奇蹟であろう、問題ない」
彼は女神に祈る際の印を結ぶ。
そして某たちは応接室に通された。ふかふかの絨毯に精緻な細工の家具。王宮に見劣りせぬような絢爛たる部屋である。
殿下と某が並んで座り、向かいには金ぴか。
僧服の女より茶が供され、人払いがなされる。ふむ。
「わたしはクレナウッド。この神殿の長にして枢機卿を拝命している」
「初めまして、クレナウッド猊下。シルヴィアにござる……ですわ」
「ふん、お前は聖女シルヴィアではあるまい、おいしそう・じろうよ」
殿下が首を傾げ、クレナウッドは続ける。
「ハルトヴィッヒ殿下、この者は聖女シルヴィアではございません。それに憑依する、どこの者とも知れぬ魂です」




